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第2章 ◆ 見えるものと見えないものと
24. 不思議な部屋の精霊②
しおりを挟む昔々、精霊王がある一人の青年を闇から救った時に、お守りとして剣を渡したのがことの始まり。
青年はその剣で闇を払い、人々から尊敬され、魔を祓う者としてその地を守り続けた。
ある日、そんな青年のもとに小さな子どもがやってきた。
人々はその子どもを快く受け入れ、ともに暮らした。
すると、その地に不幸が度々起きるようになった。
農作物の不作、疫病、洪水、日照り…不幸はその地を散々痛めつけた。
その度重なる不幸により、人々の心はやがて荒み、穏やかだった地は争いと哀しみの地になった。
人々はこの幾重にも起こる不幸は災いだと怖れ、受け入れたあの子どものせいだと思うようになった。
その子どもは、人にしては異様な白い髪と深い闇を湛えたような黒い目を持っていたからだ。
「…それって…」
ゼロ…?
あの底の見えない黒い目を思い出して自分を抱きしめました。
それを労わるようにリィちゃんが優しく肩を抱いてくれて、強張った体から力が抜けていきます。
フォルトも傍に来てくれたので、親友達に甘えて背中を預けました。
『その子どもは、もともとは精霊王に仕える上位の精霊だったようだ。私はその時のことをよくは知らぬが、精霊王の怒りを買い、精霊ではなくなったと聞いている』
精霊王の怒りを買った。
フォルトがカイトだった時代は、すでにゼロは精霊王様から怒りを買っていた。それよりも昔の時代は精霊王様に仕えていた…ということ?
精霊さんとロジーちゃん達が言っていた話からすると、この剣が封印された時代はフォルトが人間の体を貰った以降の出来事になる。
…あれ?なんだかおかしい、何か忘れている気がする。
『その子どもを封じるために使われたのがこの剣だ。青年は最後まで子どもを庇ったが、人々は青年ごとこの剣で子どもを貫いた。その後、子どもに宿る力の一部を青年ごと剣に封印し、誰にも悪用されないようにこの場所に封じられることになった』
「…では、ルミナ様が仰られたある者とは、その子ども…元精霊のことなのですね?」
リィちゃんが顔を歪ませてそう言いました。
リィちゃんもゼロのことだと思ったのかもしれません。
『そうだ。その者が封じられた力を取り戻すのを防ぐため、この神殿が建てられ、何重にも結界魔法がかけられた。そして、切り離された空間としてひっそりとここに封じられ、私はこの場所を守る精霊として主に遣わされたのだ』
蔦の精霊さんが話し終えて、辺りがしんと静まり返ります。
この場所に封印された剣に目を向けると、さっきまでは感じなかった哀しみが胸に広がりました。
青年は、子どもだったゼロを庇って、自分が守り続けてきた人達に剣を向けられた時、何を思ったんだろう?
怒り?哀しみ?悔しさ?
それとも…絶望…?
そう思うと、ざわりと鳥肌が立つ感覚に襲われました。
これは、ゼロと対峙した時に感じていた空気。
あの時の黒い靄も、同じ空気をしていた。
ああ。これが憎悪なんだ。
どんな色も黒が塗りつぶしていくそんな感覚。
希望も親しみも何もかもを飲み込み、そのすべてを覆してしまうほどの感情。
この身を押し潰すように、重く息ができないような感覚に囚われそうになったその時。
「…熱っ!」
首にしていたペンダントが熱を持ったのを感じました。慌てて服の下から出すと、それは今まで見たこともないほど眩く光っていました。
もしかして、魔法の石が光ってるの?
そう思って石を取り出してみると、そこには磨かれて一番美しく輝けるようにカットされた高価な宝石のような輝きを放つ石がありました。
えっ!?これ魔法の石!?
また形が変わった!?
『やはりその石の持ち主であったか』
蔦の模様が輝きを増して、足元が虹色に光ります。
「この石のこと、知っているんですか?」
『もちろんだ。暗闇の中、その石の光が私の希望の光となった。其方にこうして深い憎悪の闇の中から掬い上げてもらえたのも、その石が其方に出会わせてくれたからだ』
「魔法の石が…」
手の中の魔宝石を改めて見つめます。
クリスタルのような透き通った色をした宝石だけど、その中には散りばめられたいくつもの色の輝きがある。
もう最初にもらった時の半透明な白く靄がかかったような、くすんだ色じゃない。
『其方がその石を持っているということは…あの方はついに動かれるのだろう』
蔦の精霊さんはそう言うと、ふわんと、まるで蔦がゆらゆら揺れているように淡く光ります。
あの方が動かれる…って、精霊王様が?
この魔法の石をくれた、穏やかに微笑む黒髪のきれいなお姉さんを思い浮かべます。
「ではクリス。そろそろ本題に入ろうかの」
「え?」
唐突に声を掛けられて振り向くと、ずっと沈黙していたルミナさんと視線がぶつかります。
いつの間にかフォルトとシーニーもルミナさんの傍にいて、これは何か大事なことかもしれないと姿勢を正しました。
「クリス、まずはこの場を浄化してくれたこと、感謝する。あの剣も完全な魔剣にならずに済んだ」
ルミナさんが剣へと視線を移します。それに釣られるようにこの場にいる全員がその剣に注目しました。
初めて見た時と違い、透明な輝きを持つ剣。
きっと、これが本来の剣の姿なんだね…。
そう思うと、ほっとした気持ちになりました。
蔦の精霊さんが言っていた、剣に宿った憎悪はいなくなってしまったのでしょうか?
ルミナさんが剣の傍に歩み寄ると、剣の輝きが増した気がしました。
「この剣はの、主がずっと心に留めておられた代物であった。これを封じねばならぬとなったとき、大層悲しんでおられたのだ」
そう言ったルミナさんのその美しい顔に少し悲しみが浮かびます。
『あの時はあたしもその場にいたけど、剣よりも人間達を抑えるのが大変だったよぉ』
『そうなのか?禍々しい剣が封印されるんだから普通喜ぶもんだろ?』
シーニーがどこか遠い目をして、それにフォルトが首を傾げる様子を見せました。
私もフォルトと同じことを思ったのが顔に出ていたのか、ルミナさんはその疑問に答えてくれました。
「それはそうであろうな。だが、自分達が刺し貫いた青年がまさか魔王になるとは思うまい」
「えっ」
『は?』
「まあ」
ルミナさんが言った言葉に、私とフォルト、リィちゃんがそれぞれの反応を返しました。
ちょ、ちょっと待って―――!?
い、い今、魔王って言った!?
「青年はの、人々に刺し貫かれた時、剣の力と自身から湧き出る憎しみで己を変えてしまったのだ。今となってはその心はわからぬが、長い年月を経てもなお、剣の形がわからなくなるほどの憎悪だったことは知れよう」
「じゃあ…最初に出会ったあの黒い存在は……」
魔王となった青年の姿だったのかな…。
ルミナさんは小さく息をついて、眠っている妖精さんたちに目を向けました。
「あまりにも瘴気が酷かったゆえ、駆け付けたシーニーとその場にいた複数の上位の妖精たちが魔王を剣に封じたのだ。かの妖精たちが鞘を通じて祝福を施しておらねば、あの剣は魔王の瘴気を取り込み続け、完全な魔剣となってここに在ることはなかったであろうな」
『うんうん。こうして元の剣に戻ったことは喜ばしいことだよぉ』
シーニーは耳をピコピコさせながら、ルミナさんの言葉に頷きました。
魔王という大きな存在に怖くなりましたが、元の剣に戻ったということはもう鞘が無くても大丈夫…なのでしょうか?
そう思った時、ここで改めて疑問を感じました。
「私は…どうして妖精さんたちにここに連れて来られたのでしょうか?」
そう言うと、みんなが私に振り向きます。
「妖精さんたちからは、封をしていた鞘が壊れてしまったから助けてほしいと言われたのですが……私、魔剣には触ってないんです」
最初はいきなり連れて来られて混乱したけど、ロジーちゃんは私の魔力なら問題ないと言っていました。
だけど、魔剣に触れることなく武器庫に帰って来てしまったので、私が魔剣に何かしたということはありません。
『ふふふ、そうだったか。だが、少女よ。其方は私にその透き通るような魔力で満たしてくれた。それだけで十分なのだ』
蔦の精霊さんはそう言いながら、鈴を鳴らすように模様を優しく揺らしました。
ルミナさんとシーニーはうんうんと頷いていますが、私にはさっぱりわかりませんでした。
「えと…私は、私の魔力の形が、まだわかりません。でも、ロジーちゃんは実践すればわかると言っていました。それと関係ありますか?」
『それは私たちから説明するわ!』
突然、元気な声が部屋に響きました。
驚いて振り向けば、そこには眠りから覚めた妖精さんたちが。
『クリス、途中でいなくなって…怖い思いをさせてごめんなさいっ!』
『あなたを守るといったのに…ごめんなさい』
『ふえええん、本当にごめんねぇぇぇ』
ロジーちゃん、シアラちゃん、ミューちゃんがそれぞれの言葉で謝ってきました。
風の妖精さんたちは、大粒の涙で顔を濡らしていて、つられて私も泣きそうになりました。
「みんな、無事でよかった…怖いこともあったけど、大丈夫だったよ!」
ロジーちゃんたちを励ますように力こぶを作れば、3人はほっとしたように笑ってくれました。
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