精一杯のバレンタインーあたしが千紗だ、文句あるか3

たてのつくし

文字の大きさ
3 / 5

千紗の作戦

しおりを挟む
 さて、その週の日曜日の午後のこと。千紗は一人、駅前のスーパーにいた。別に母に買い物を頼まれた訳ではない。自分の用で来た。
 いつもは行かないコーナーを探してうろうろしながら、千紗は不気味なニヤニヤ笑いを浮かべている。昨日、いいことを思いついたのだ。

 あの日、さやかが軽やかに走り去った後に残った、花の香り。それが、いつまでも千紗の心に残った。あんな風に、すれ違ったときに、ほんのり良い香りが残るような、そんな女の子になりたい。でもそれは、母親が使っているような香水を振りかけることではない。そうではなくて、何かもっと自然な香りだ。

 そんなことを思いながら、どうすれば良いのかわからずに、数日が過ぎた。そして昨日の夜だ。風呂上がりに、濡れた髪をタオルでゴシゴシやっていた時、突然、閃いたのだ。
 それは、以前読んだ本にあったエピソードがヒントとなった。その人は、少女の頃、香水の代わりにバニラエッセンスをつけて女学校に通っていた、と言う話だった。

 これだ、と、千紗は思った。でも、あたしはバニラじゃなくて、そう、レモンだ。レモンエッセンス。これこそ、香水とは違って、中二女子でもおかしくない、自然な香りってもんだ。それに、レモンエッセンスなら、お小遣いで買える。千紗は自分の思いつきに興奮して、昨夜は、あまり眠れなかった。

 そんな訳で、日曜の午後に、なけなしのお小遣いを握り、こうして駅前のスーパーまでやってきたという訳なのだった。
 明日はバレンタインデーだから、あちこちの店で、最後の頑張りとばかりに、チョコレートを売っていた。それはこのスーパーも例外ではなく、いつもと違って、仰々しくレイアウトされたチョコレートのコーナーには、まだ人だかりがしている。

 しかし千紗は、チョコレートのコーナーには見向きもせずに、目的のコーナーにやってきた。ここもまた、手作り用のチョコレートキットや、飾り用の銀色のアザランやカラースプレーが並んでいたが、千紗の目的は、それらに隠れるようにひっそりと並んでいる香料が並ぶコーナーだ。

 あるある。バニラと並んで、レモンエッセンス、オレンジエッセンスもある。一つ手に取って値段を見る。300円ちょっとだ。安い。これならオレンジエッセンスも買っちゃえ。千紗はおそろいの小瓶を二つ手にすると、意気揚々とレジに向かった。

 家に帰ると、早速その小瓶を開けて、香りを嗅いでみる。それはまさに、千紗の望んでいた香りだった。明日は、これを振りかけて学校にいこう。レモンの香りをさせた自分なら、チョコレートを持ったさやかを前にしても、それを受け取った菊池を前にしても、俯いたりせずに、真っ直ぐに前を見られる気がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

処理中です...