桜の木の下でイケメンとモブは何をするか。

本編

5.

　桜…でもなんで？

　「先輩、なんでこの絵を描いたんですか？」　
　この疑問は何もおかしくない。
　「描きたいから描いたに決まってるでしょ～」
　「それは、おかしいです」
　「なにが？」
　先輩は本当に疑問に思っているようだ。
　「先輩は最初に会った時、私に言いましたよね？読んだんですよね？梶井基次郎の『櫻の樹の下には』を」
　そう、矢継ぎ早しに先輩に問いかける。なぜ？という疑問が私の頭の中を駆け巡っては止まらない。
　「うん？そうだけど、それが？」
　聞いてはいけないと、私の警報が鳴り響くのに、聞かずにはいられなかった。
　「じゃあ、なんで桜の絵を描いたんですか？」

　先輩は目をまるくして、やっと私が何を聞きたいのか分かったようだった。目を細めて今までの表情で一番穏やかな顔をした。　
　だけど、それは私が聞きたくない事をいう予兆である気がして、止めようと口を開く。
　しかし、それは叶わず無情にも先輩は言い放った。

　「綺麗だったから」　　

　離れの校舎ゆえに、静かで、他の音は全く聞こえなかった。それが、余計に先輩の声を響かせ、終わった後には自分の激しい心臓の音しか聞こえなかった。

　そんな静寂も先輩の声によって元に戻された。一番聞かれたくはなかった言葉によって。

　「でも、君も撮ってたよね？桜を。知っていながらも」

　今の先輩にだけは聞かれたくはなかった。その意味を、知っているだろうから。

　「っつ、それは、」

　視線が下に落ちる。唇を噛みしめ、口の中に血の味がジワリと広がっていく。

　「まぁ、別にいいけど、答えなくても…」

　その言葉を聞いた途端ホッとした。同時に恥ずかしくて堪らなくなった。先輩から、欲しかった言葉をもらえなくて悲しんだ自分に愕然とした。
　この場所から立ち去りたくてしょうがなかった。こんな自分が惨めで哀れで、疎ましかった。

　私は、初めに先輩に会ってあの言葉をかけられた時ホッとしたのだ。
　嗚呼、この人も同じだ。私と同じなんだ。先輩の瞳に隠された黒い影に喜びを覚えた。自分の最低さに反吐が出たが、そんなものはすぐに消え去り、自分を擁護する事に回した。

　でも、今の先輩の言葉を聞いて、確信した。この人は、私なんかと同じじゃない。それは、とても喜ばしい事なのに、最低な私は先輩に対して失望した。
　それが、余計に私の心の醜さを際立たせて、この場にいるのが耐えられなかった。

　先輩が何か話しかけてくれているが、それを右から左に聞き流している。先輩も私が何も聞いてない事に気づいて、話しかけるのを諦めたようだ。
　私はタイミングを見計らって帰る事を告げた。先輩から了承をもらい部室を出た。

　外に出ると春の気持ちの良い風が私の頰を撫でて、心地が良かった。でも、それ以上に口の中に広がり始めた苦い鉄の味が気持ちが悪かった。