猫屋敷奇譚

東雲蒼石

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第八章 濡れた足跡

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私は息を呑んだ。土間の隅に残された小さな足跡——それはまるで、誰かがずぶ濡れのまま、ここに立っていたことを示しているようだった。

 「……これは、一体……」

 私は玄関の外を見回した。しかし、そこには誰もいない。ただ、ひんやりとした夜の空気が流れ込むばかりだった。

 黒猫が静かに近づいてきた。

 「見つけたな」

 私は猫を振り返った。

 「この足跡……何か知っているのか?」

 猫は答えず、じっと土間を見つめていた。

 私は躊躇いながらも、足跡に触れてみた。指先が湿る。まだ乾いていない。

 ——今さっきまで、誰かがここにいた。

 私は喉が渇くのを感じた。だが、それ以上に胸の奥で膨らんでいく疑問があった。

 「……この足跡、どこから来たんだ?」

 私はゆっくりと視線を玄関の外へ向けた。

 ——その瞬間、背筋が凍りついた。

 門の前の地面に、濡れた足跡が続いていたのだ。

 しかも、それは外から内へではなく、内から外へ向かっていた。

 「……まさか……」

 私は思わず後ずさった。

 「これは、下宿の中から外へ出て行った足跡……?」

 では、一体誰が? そもそも、そんな人物がこの下宿のどこにいたというのか?

 背後で、黒猫が静かに言った。

 「お前が開けたのさ」

 私ははっとして振り向いた。

 「……何?」

 「お前が、戸を開けた。だから、『それ』は出て行った」

 私は喉を鳴らした。

 「それって……誰だ?」

 猫は何も答えなかった。ただ、冷たい夜風が、開け放たれた玄関からゆっくりと流れ込んでくるばかりだった。

 私は、急にひどく後悔した。

 ——あの時、戸を開けなければよかったのではないか?

 しかし、もう遅い。

 何かが、この下宿から出て行ってしまった。

 それが何なのか、私はまだ知らない。

 だが、知ることになるのは、もう時間の問題だった。
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