猫屋敷奇譚

東雲蒼石

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第九章 戻るもの

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 翌朝、私は不思議な倦怠感に包まれて目を覚ました。まるで、夜の間に何かを失ってしまったような気分だった。

 私は布団から起き上がり、昨夜のことを思い返した。

 玄関に残されていた濡れた足跡。外へと続くその跡。

 ——私は、何かを外へ出してしまった。

 そんな考えが頭をよぎるたび、胃の奥がじわりと重くなるのを感じた。

 私は廊下に出た。階下から、いつもと変わらぬ下宿の朝の気配が漂ってくる。

 食堂へ向かうと、坂本が新聞を広げていた。

 「おはよう。ずいぶん寝起きの顔をしてるな」

 私は返事をせず、彼の前に座った。

 「なあ……昨夜、何か変わったことはなかったか?」

 坂本は眉をひそめた。

 「変わったこと?」

 「誰か、夜中に出て行ったとか……」

 「いや、そんな話は聞かないな。何かあったのか?」

 私は昨夜のことをどこまで話すべきか迷った。

 黒猫の言葉。玄関に現れた足跡。そして、何かが外へ出て行ったこと。

 坂本は私の沈黙を見て、少し笑った。

 「お前、最近妙な顔をするようになったな。まるで、何かを見てしまったみたいな顔だ」

 私はドキリとした。

 そのとき——

 コン、コン……

 玄関の戸が、ノックされた。

 私は思わず顔を上げた。

 下宿に訪問者は珍しくない。しかし、このノックの音には、妙な既視感があった。

 私は立ち上がり、ゆっくりと玄関へ向かった。

 ——まさか。

 心のどこかで、そんな考えが浮かぶ。

 私は震える手で戸を開けた。

 そこに立っていたのは——

 ずぶ濡れの男だった。

 私は息を呑んだ。

 男は青白い顔をしていた。髪は濡れて顔に張り付き、着ているシャツも水を吸って重たげに垂れている。

 だが、それよりも——

 その顔に、見覚えがあった。

 私はかつて坂本が話していた「消えた住人」のことを思い出した。

 ——こいつは、あの部屋にいた男だ。

 ずぶ濡れの男は、ゆっくりと口を開いた。

 「……ただいま」

 私は声を失ったまま、ただ男を見つめることしかできなかった。
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