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「――な。朝比奈!」

 真正面から大声で名を呼ばれる。ネガティブ思考に囚われていた璃空は、ビクッと身体を揺らせた。

「な、何」

「話し聞いてなかっただろー」

 弁当を全部平らげた前原が口を尖らせる。

「あ、悪い。全然聞いてなかった」

「正直者か。だから今日、合コン行くから晩飯いらないぞって」

「分かった。万が一にもお持ち帰りできそうだったら連絡くれ。違うとこに泊まるから」

 一言余計だとぶつくさ言いながら、前原はふと、璃空の手元を見た。

「あ、朝比奈。また飯残すつもりだな」

 まだ半分残っている弁当の蓋を、璃空はしめようとしていた。

「違うって。今日前原が晩飯いらないんだったら、この残りですまそうかなと思って。別に腹は空いてないし。つか、またって何だよ」

「いつも残すじゃん」

「残してるんじゃなくて、次に回してるだけだ。そんな勿体ないこと、誰がするか」

「でも、それっぽっちで足りるか? 今日も夜中までバイトだろ?」

「ああ、それは平気。まかないあるし。それに誰かが出し巻き卵を失敗したら、それがもらえたりするし」

 ふうん、と前原が頬杖をつく。

「朝比奈って、あんま量食べないよな。前からそうだっけ?」

「さあ……どうだったかな」

 元々そんなに食べる方ではない。でも確かに、優斗がいなくなってから、食べる量が確実に減った気がする。

 というより、食べなければ身体がもたない。だから食べている。そんな感覚に近い。身体があまり欲していないのだ。

 夜も、あまり眠れていない。優斗に彼女ができたと知った、あの日からは特に。

 優斗に出逢う前の自分は、どうだったのだろう。

 そんなことを、頭の隅でぼんやり考えた。





 バイト前の午後6時。

 いつもなら、前原の家に一旦帰り、夕飯を作っている時間である。

 前原の家に居候する前は、学校から直接バイト先に向かうことが多かったが、前原が作り置きの料理を嫌がったため、バイト時間を1時間遅らせるようにしたのだ。

 嫌がったというより、例えば餃子を作り置きしても焼き方が分からない。ハンバーグも同じ。

 ならレンジで温めるだけのものにするからと言ったが「やっぱり出来立てがいい」とぼそっと呟いたため、まあ、1時間入りを遅らせればいいかと考え、今に至る。

 たまに弟といるような錯覚を覚えるせいか、やっぱり前原には甘い気がする。

 今日は前原も居ず、晩御飯を作る必要もないため、璃空は大学内にある食堂にいた。

 5限が終わったこの時間帯なら、優斗に会うこともないだろう。

 前原の部屋の鍵は、一応持っている。璃空のバイトは深夜まであり、前原が寝てしまっていることも多い。

 流石に不便なため、予備の鍵を貸してもらっている。だが、璃空はあくまで居候の身である。前原がいない時に部屋にいるのは気が引けるため、食堂で課題をしていた。

 課題をやるなら、図書館の方が何かと便利なのだが、璃空は図書館があまり好きではない。

 本が嫌いというわけでも、司書のおばさんが嫌いというわけでもない。



 学校の図書館という場所が、嫌いだった。


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