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第一章
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「何も望んでない。白沢がおれの気持ちを知ったうえで、それでも抱き締めてくれるなら、そうしてほしい」
彰太が顔を伏せたまま、一気に吐露する。白沢は、傷付けないためにそう言ってくれただけ。頭の隅では理解しているのに、優しい言葉にすがりたくなった。
白沢が「……それはあまりにも、多比良に対して失礼だよ」と苦し気に眉を寄せる。
駄目だ。これ以上は。
頭ではわかっているのに、心が止まってくれない。彰太は顔を上げ、必死に訴えかける。
「そう思ってくれるだけでいい。気持ち悪いって思ってないなら、それだけでいいんだ。それだけで、おれは幸せなんだから」
「……でも」
「それとも、さっき言ったことは嘘だった? ほんとはおれのこと、気持ち悪いって思ってる?」
「思ってないよ。それは本当だから」
優しいこの人は、人を傷付けることは言わない。わかっていて、そこにつけこむ。
──最低だな、おれ。
「なら、行動で示してよ。お願い」
白沢が「──俺はそんな風に想ってもらえるような人間じゃないよ」と、そっと目を伏せる。
「それはおれの方だよ、白沢。おれは白沢に、一目惚れしたんだ。中身を知る前に、外見だけで好きになった。だから気に病む必要なんてない。いっぱいいる白沢のファンの中の一人だよ」
困っていることは承知で、彰太はたたみかけるように続けた。もう止まらなかった。だってこんな機会、もう二度と訪れないかもしれない。
「どんな理由でも、おれが男だからっていう理由だけでハグしてもらえるなら、こんなに嬉しいことはないよ。だってはじめて、男に生まれて良かったって思うことが出来るんだから」
「……多比良」
白沢が困ったように口をつぐむ。彰太は、はっとして白沢から離れた。同時に、予鈴のチャイムが学校内に響いた。
「ごめん……無茶なこと、言って」
否定しないでくれた。気持ち悪いと吐き捨てず、受け入れてくれた。それだけで充分過ぎるほどなのに、更に欲張ろうとした自分が信じられなかった。
顔から血の気が引いていくのがわかる。
おれ、先に教室に戻るね。
小刻みに震えはじめた身体を無理やり動かし、彰太が背を向ける。白沢が「期待を持たせられるのが一番辛いって、言われたことがある」と呟いた。彰太は前を向いたまま頬を緩め「……それは女の子の話しだよ」と小さく返した。
「おれは男だから、はじめから期待なんてしてないよ。だから辛くもないし、傷付いたりもしない」
白沢は優しいね。
振り向き、彰太が笑う。嬉しくて泣きそうだった。男相手でも、女と変わらずに悩み、考えてくれる。それだけでも、ひどく救われる気がした。
「……優しくなんかないよ」
「優しいよ。少なくとも、おれにとっては」
あの。
拳を強く握り、彰太は思いきって口を開いた。
「勝手なことばかり言って申し訳ないんだけど……今後、白沢に近付いたり話しかけたりしないって約束するから……出来たらこのこと、誰にも言わないでほしいんだ」
気持ちを押し付けるだけ押し付けて、何て勝手な言い種だろうと思う。こんなお願いをしなくても、白沢は誰にも言わないかもしれない。でも改めて口にすることで、きっと確率は上がる。そんな自分勝手な考えにうんざりしつつも、彰太は頭を下げた。
「ちょ、ちょっと待って。最初から誰にも言うつもりはないよ。だからそんな悲しいこと言わないで」
「……悲しい?」
「近付いて、話しかけてよ。俺は多比良と、友達に──」
白沢がはたと口を右手でふさいだ。彰太は思わず笑ってしまった。白沢が好い人過ぎて、嬉しくて──少しだけ哀しかった。
「白沢が本当にそれでいいなら、おれは嬉しい。でも、無理はしなくていいからね。どんなに優しい人でも、距離を取ろうとするのが普通なんだから」
白沢は右手を口元から外しながら「……本当に」とぽつりと吐露した。
「本当に、辛くない? 俺がしたいことは、多比良にとって少しでも幸せだと思えることなの?」
彰太の双眸が瞬時に輝いた。したいこととは、ハグのことだろうか。ここにきて、嘘でも同情でもそんなことを言ってくれるとは思っていなかった彰太は、これまでのやり取りなど全てぶっ飛び、首が取れるのではないかと心配になるぐらい頭を上下にふった。
「思える。思えるよ!」
「……そっか」
白沢はつかの間、迷う素振りを見せたあと──まわりを確認してから、彰太を静かに抱き締めた。
(……うわっ)
心臓が早鐘を打ちはじめる。顔がどんどん赤くてなっていくのを自覚する。昨日とは違う。気持ちを知られた上で味わうそれは、溶けてしまいそうなほどの幸福感で。こんな感覚は、生まれてはじめてだった。
「……やっぱり、多比良は体温高いね。あたたかくて、柔らかい」
耳元で響く、艶を含んだ声音。ふわっと香る甘い匂い。自身より低く、心地よさを感じる体温。だがそれは、あっという間に離れていってしまった。
「ありがとう、多比良。元気出たよ」
教室に行こうか。
白沢が微笑み、先を歩き出す。
夢のような時間は、まさに一瞬だった。でも彰太にとっては、充分過ぎるほどの奇跡だった。
──おれ、この一瞬だけで生きていける。
ありがとう神様。祈るように胸の前で両手を組み、彰太は初めて神様にお礼を言った。
彰太が顔を伏せたまま、一気に吐露する。白沢は、傷付けないためにそう言ってくれただけ。頭の隅では理解しているのに、優しい言葉にすがりたくなった。
白沢が「……それはあまりにも、多比良に対して失礼だよ」と苦し気に眉を寄せる。
駄目だ。これ以上は。
頭ではわかっているのに、心が止まってくれない。彰太は顔を上げ、必死に訴えかける。
「そう思ってくれるだけでいい。気持ち悪いって思ってないなら、それだけでいいんだ。それだけで、おれは幸せなんだから」
「……でも」
「それとも、さっき言ったことは嘘だった? ほんとはおれのこと、気持ち悪いって思ってる?」
「思ってないよ。それは本当だから」
優しいこの人は、人を傷付けることは言わない。わかっていて、そこにつけこむ。
──最低だな、おれ。
「なら、行動で示してよ。お願い」
白沢が「──俺はそんな風に想ってもらえるような人間じゃないよ」と、そっと目を伏せる。
「それはおれの方だよ、白沢。おれは白沢に、一目惚れしたんだ。中身を知る前に、外見だけで好きになった。だから気に病む必要なんてない。いっぱいいる白沢のファンの中の一人だよ」
困っていることは承知で、彰太はたたみかけるように続けた。もう止まらなかった。だってこんな機会、もう二度と訪れないかもしれない。
「どんな理由でも、おれが男だからっていう理由だけでハグしてもらえるなら、こんなに嬉しいことはないよ。だってはじめて、男に生まれて良かったって思うことが出来るんだから」
「……多比良」
白沢が困ったように口をつぐむ。彰太は、はっとして白沢から離れた。同時に、予鈴のチャイムが学校内に響いた。
「ごめん……無茶なこと、言って」
否定しないでくれた。気持ち悪いと吐き捨てず、受け入れてくれた。それだけで充分過ぎるほどなのに、更に欲張ろうとした自分が信じられなかった。
顔から血の気が引いていくのがわかる。
おれ、先に教室に戻るね。
小刻みに震えはじめた身体を無理やり動かし、彰太が背を向ける。白沢が「期待を持たせられるのが一番辛いって、言われたことがある」と呟いた。彰太は前を向いたまま頬を緩め「……それは女の子の話しだよ」と小さく返した。
「おれは男だから、はじめから期待なんてしてないよ。だから辛くもないし、傷付いたりもしない」
白沢は優しいね。
振り向き、彰太が笑う。嬉しくて泣きそうだった。男相手でも、女と変わらずに悩み、考えてくれる。それだけでも、ひどく救われる気がした。
「……優しくなんかないよ」
「優しいよ。少なくとも、おれにとっては」
あの。
拳を強く握り、彰太は思いきって口を開いた。
「勝手なことばかり言って申し訳ないんだけど……今後、白沢に近付いたり話しかけたりしないって約束するから……出来たらこのこと、誰にも言わないでほしいんだ」
気持ちを押し付けるだけ押し付けて、何て勝手な言い種だろうと思う。こんなお願いをしなくても、白沢は誰にも言わないかもしれない。でも改めて口にすることで、きっと確率は上がる。そんな自分勝手な考えにうんざりしつつも、彰太は頭を下げた。
「ちょ、ちょっと待って。最初から誰にも言うつもりはないよ。だからそんな悲しいこと言わないで」
「……悲しい?」
「近付いて、話しかけてよ。俺は多比良と、友達に──」
白沢がはたと口を右手でふさいだ。彰太は思わず笑ってしまった。白沢が好い人過ぎて、嬉しくて──少しだけ哀しかった。
「白沢が本当にそれでいいなら、おれは嬉しい。でも、無理はしなくていいからね。どんなに優しい人でも、距離を取ろうとするのが普通なんだから」
白沢は右手を口元から外しながら「……本当に」とぽつりと吐露した。
「本当に、辛くない? 俺がしたいことは、多比良にとって少しでも幸せだと思えることなの?」
彰太の双眸が瞬時に輝いた。したいこととは、ハグのことだろうか。ここにきて、嘘でも同情でもそんなことを言ってくれるとは思っていなかった彰太は、これまでのやり取りなど全てぶっ飛び、首が取れるのではないかと心配になるぐらい頭を上下にふった。
「思える。思えるよ!」
「……そっか」
白沢はつかの間、迷う素振りを見せたあと──まわりを確認してから、彰太を静かに抱き締めた。
(……うわっ)
心臓が早鐘を打ちはじめる。顔がどんどん赤くてなっていくのを自覚する。昨日とは違う。気持ちを知られた上で味わうそれは、溶けてしまいそうなほどの幸福感で。こんな感覚は、生まれてはじめてだった。
「……やっぱり、多比良は体温高いね。あたたかくて、柔らかい」
耳元で響く、艶を含んだ声音。ふわっと香る甘い匂い。自身より低く、心地よさを感じる体温。だがそれは、あっという間に離れていってしまった。
「ありがとう、多比良。元気出たよ」
教室に行こうか。
白沢が微笑み、先を歩き出す。
夢のような時間は、まさに一瞬だった。でも彰太にとっては、充分過ぎるほどの奇跡だった。
──おれ、この一瞬だけで生きていける。
ありがとう神様。祈るように胸の前で両手を組み、彰太は初めて神様にお礼を言った。
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