うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第二章

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 二人は都内にある、別々の大学に進学した。一翔は大学に受かると同時に大学近くに引っ越し、部屋が片付くとすぐに彰太を招待してくれた。

 彰太は実家から大学まで一時間もかからなかったので、引っ越しはしなかった。だが、一翔の部屋からの方が大学が近く、一翔の部屋に泊まることが多々あった。「一緒に住む?」と言ってくれたときは嬉しくて泣きそうになったけど、何とか押しとどまった。

 そんな自分を褒めてあげたい。そう彰太が思ったのは、大学一回生で迎えた元旦。

 一翔が年末年始に急な仕事が入ったということで、彰太は年末を、家族と過ごした。スマホの着信音に目を覚ましたのは、年が明けてから九時間経ってからのこと。

「──一翔だ!」

 寝惚け眼でスマホの画面を確認した彰太は一気に覚醒し、叫んだ。新年の挨拶かな。そわそわしながら通話ボタンを押し、耳にスマホをあてた。

『……ごめん。別れてほしいんだ』

 それが、一翔の第一声だった。

 彰太は吐かれた言葉の意味を理解するのにしばらくかかった。それは、数秒だったのか。数分だったのか。よく覚えていない。ただ、その間一翔は何も言わず、電話を切ることもなく、待ってくれていた。

「うん。分かった」

 やっと発した言葉は、自分でも驚くぐらい、落ち着いていた。

『……理由、聞かないの?』

 一翔の声が微かに震えているのが分かった。それが罪悪感からくるものだと理解した彰太は「いい、大丈夫」と、わざと明るく振る舞ってみせた。

『……彰太』

「ん?」

『……ごめんね』

 それは、本当に辛そうな掠れた声音で。きっと、たくさん悩んでくれたんだろうなって思った。決して、軽い気持ちで吐かれた言葉ではないのだと。

 彰太はすうっと息を吸った。

「明けましておめでとう。去年まで、お世話になりました。本当にありがとう。そして──さよなら」

 返事を待たず、通話を切った。
 今度は息を大きく吐いた。込み上げそうになる熱を無理やり呑み込み、彰太は前を向いた。

 コンコン。
 ドアがノックされた。

「しょうちゃん、起きてる?」

「起きてる。入っていいよ」

 ドアが開き、母がいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべる。

「明けましておめでとう。お雑煮出来たから、一緒に食べましょう」

「おめでとう。お母さん。着替えたらすぐに行くから」

 待ってるわね。
 母がドアを閉める。良かった。いつも通りに振る舞えたと安堵する。

 一つ。自分の中で決めていたことがあった。

 もし一翔に別れを告げられたら、笑って、お礼を言おうと。決して縋らない。泣かない。理由も聞かない。

 せめて、嫌われたくないから。
 うまく出来ただろうか。

 立ち上がり、カーテンを開けた。泣きたくなるぐらい綺麗で、澄んだ空が、そこにはあった。

「……いい天気だなあ」

 思ったのは、いつから一翔は別れたいと考えていたのかということ。最後に会ったのは、クリスマスの夜。少なくともあの日は、普段と変わらないように見えた──あくまで、彰太の目には。

 幸せに浮かれ過ぎて、一翔の変化に気付けなかった。どのぐらい前からかはわからないが、いつ別れを切り出そうか、ずっと悩んでいたのかもしれない。一翔は優しいから。

「……ごめんね」

 優しさにすがって、甘えて、ごめん。届くはずのない言葉を、彰太は何度も胸中で繰り返した。


「まったく。正月ぐらい顔を出せばいいのに」

 食卓を囲むのは、両親と彰太の三人。兄の琉太の姿はない。父は朝からご機嫌斜めだ。

「仕方ないわよ。きっと今頃、瑠花さんと二人でおせちでも食べているんじゃないかしら」

 琉太は社会人となり、一人暮らしをはじめた。ここからそう遠くないところに住んではいるのだが、滅多に帰ってはこない。琉太が家を出ていくとき、彰太と一翔の交際は順調だった。琉太は「もうオレが聞くのは、ほとんど惚気だな」と呆れ半分。安心半分で呟いていたのを思い出した。

「──おれ、琉兄のとこ行ってくる」

 唐突発言に、父は「そうだな。じゃあ、みんなで行くか」と言い、母は「瑠花さんとゆっくりしているのを邪魔するのはよくないんじゃ」と言った。

「おれが一人で様子を見てくる。琉兄が一人でちゃんと生活してるかどうか」

「でも、ひと月前に連絡なしに家に突撃したときも、ちゃんと部屋は片付いていたし。そのあたりは平気じゃないかしら」

 母が呟くと、父は「おい。はじめて聞いたぞ」と母を睨んだ。そこからやいやい言い合いがはじまったが、彰太はさっさと出掛ける準備をし「いってきます」と家を後にした。


 電車に揺られること、一時間。そこから徒歩十分のマンションの前で彰太は足を止めた。引っ越しの手伝いで一度訪れただけだったが、幸い、道順はきっちりと頭に入っていたようだ。

 連絡はいれてない。もしいなかったら帰ろう。そんな軽い気持ちで、インターホンのボタンを押した。彰太自身、どうしてここに来たのかよくわかっていなかった。

(……琉兄に泣きつくため、なのかな)

 何だかそれも、違う気がした。

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