うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第三章

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 唇を噛みしめ、義母は両親から一翔に視線を移し、静かに頭を下げた。

『一翔さん。知らなかったとはいえ、本当にごめんなさい』

 涙を流しながら、何度も何度も謝ってくれた。

 胸が熱くなる。
 こんな風に同情してくれた人は、はじめてかもしれない。最初から諦めていた。どうせこの人も、妻や義父と同じなのだろうと。でも、違ったのだ。一翔は「いえ」と拳を握り、義母に背中をおされるように右隣に座る義父に頭を下げた。

『仕事は、きちんと引き継ぎます。だからお願いします。会社を辞めさせて下さい』

 義父は一度口を開きかけたが、何も言わず、再び口を閉じた。一翔は次いで、正面に座る書類上だけの妻に頭を下げた。

『離婚して下さい。お願いします』

 妻は両手で顔を覆い、静かに泣きはじめた。義母は妻に寄り添い『……あなたに泣く資格なんてないのよ』と哀しげに妻の背中に手を添えていた。

 そして。
 一つ深呼吸をしてから、左隣に並んで座る両親に頭を下げた。今までで、一番深く。

『親子の縁を切って下さい。もう二度と、俺に関わらないで下さい。お願いします。貯金は渡しますから、これで終わりにして下さい。育ててもらった恩は、俺なりに返したつもりです』

 声が掠れ、震える。かっとなった母親が『お前、何てことを……!』と席を立った。一翔は頭を下げたまま、びくりと身体を震わせた。殴られるかもしれない。覚悟したが、母親を押さえつけるように、義母が口を荒げた。

『言わせたのは親であるあなたたちでしょう?!』

 一翔の母は『すみません。他人は黙っていて頂けますか。これは私たち親子の問題ですので』と義母を睨み付けた。義母は一瞬黙ったあと『……親子ですって?』と呟いてから、机を両手で思い切り叩いた。

『よくもそんな科白が吐けたものですね。子供を不幸にして自分たちだけ幸せになるなんて……そんな馬鹿な親がありますか?』

 義母は『恥を知りなさい!!』と目を血走らせた。いつもはおっとり、おしとやかな義母の剣幕に、その場は静まり返った。


『罪は私にもあります。娘と夫の罪は、私の罪ですから。知らなかったでは済まされません』

『……お義母さん』

『あなたの両親の会社との取り引きは止めません。逆恨みで、何をするかわかったものではありませんからね。けれどもし、あの人たちが再びあなたの望まぬことをしようとしたらすぐに連絡を。もう容赦はしません。私に、償いのチャンスをくれたら嬉しいわ』

 荷物をまとめ、妻と義理の娘が住む部屋から出ていこうとしたときに、義母から言われた言葉だ。全てを諦め、声を上げなかった。でもそれは、間違いだったのかもしれない。手を差し伸べてくれる人が、こんなに近くにいたなんて。

 一翔は深々と頭を下げ、お礼を述べた。

 それから半年間、一翔は会社近くのホテルから通勤した。その間に離婚も成立し、親にも一度も会わずにすんだ。義母の計らいかもしれない。そんなことも思ってみた。ただ単に、もう用済みとなっただけかもしれないが。


 梅雨もあけ、汗ばむ季節となった七月。

 全ての用を終えた一翔は、その足で新幹線に乗り込んだ。荷物は、スーツケースが一つ。心は信じられないぐらい、晴れやかだった。

 
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