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初めての友達

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 屋敷を出発してかれこれ三十分。
 俺は遂に足を踏み入れた。
 いつも自室から眺めていたあの質素な村。
 
「着いたぞ、リュート。 ここが我がヴェルエスタ家が治める唯一の村。 その名も……!」

 ヴァレンシールへと。
 
「うわぁ……」
 
 な……なんて田舎臭い村なんだ。
 遠くからでも田舎だなとは思っていたが、これは予想以上に酷い。
 どこもかしこもボロボロじゃないか。

「スゴいだろう、リュート。 これがいずれお前の財産となるんだ。 楽しみにしていなさい」

 まったく楽しみじゃないです。
 凄い要らない。
 と言いたい所だが、一人息子である以上、いずれはヴァレンシールを治めなきゃならなくなる。
 ならせめて今のうちから色々計画を練っておいた方が良い。
 村の開発計画とか行商とか色々。
 その為には……。

「これはこれは、アンドリュー様。 ようこそ、ヴァレンシール村へ。 して、此度はどうされましたかな。 もしや、我々に何か至らぬ点でも……」

「いや、そうではないよ。 君達はよくやってくれているから、安心してくれ」

「では、何用で?」

「なに、そろそろ僕の息子をみんなに御披露目しようかと思ってね。 ほら、リュート。 ご挨拶」

 父さんに促されるまま、俺は衆人環視の中心に一歩踏み出す。
 そして、老若男女に見守られる中。
 この三年間で鍛え上げた演技力を、俺は遺憾なく発揮した。

「こ……こんにちは、村の皆さん…………ぼ、僕はアンドリューお父さんの息子のリュート、です。 あの……これからは僕とも仲良くしてくれると嬉しいな。 えへ」

 見よ、これがこれまでに培った演技スキルの一つ。
 モジモジしながら上目遣いで甘える仕草をする、だ。
 これにかかったら最後。
 抵抗できる大人など存在しない。
 全員漏れなくこうなる。

「か、可愛いー! なにあの子、めちゃくちゃ可愛いんだけど! ナデナデしたーい!」

「こら! 領主様の息子になんて口を聞くんだい、この子は! すいません、リュート様。 娘には口酸っぱく言い聞かせておきますので、ここはどうか……」
 
「あ、あの! リュート様! 一回だけで良いのでギューッてしても良いですか!? お願いします!」

「お前も何を言っているんだ! やめなさい! 相手は貴族だぞ、命が惜しくないのか!」
 
 計画通り。
 どうよ、俺の可愛さは。
 これぞ子供の特権って奴だ。
 存分に愛でるがよい。

「ギューッ! これで良い、お姉ちゃん?」

「……アンドリュー様、すいません。 この子、お持ち帰りします!」

「…………へ?」

「ズルい! 私にもダッコさせなさいよ! ほらリュート様、こっちも空いてますよー」

「リュート様に触らないで! 私が面倒見るんだから!」

 やばい、効きすぎた。
 射止められた女の子達が、やいのやいのと俺の争奪戦を始めてしまったではないか。
 このままだと厄介な人が武力介入し始めない。
 騒ぎが大きくならないうちになんとか止めないと。
 じゃないと父さんが……。

「ははは、リュートはモテモテだなぁ。 流石は僕の息子。 将来が楽しみだ」

 おい、それどころじゃねえんだよクソ親父。
 本当にお持ち帰りされる勢いなんだぞ。
 止めろよ。
 と、数人の村娘の奪い合いに目を回し始めた最中。
 突然村の入り口に魔方陣が────

「あらあら、これは一体どういう事かしら。 皆さん、説明してくださる?」

「おお、これはこれはマリア様! ようこそおいでくださいました! どうぞこちらへ! 今歓迎の準備を……」

 来ちゃった。
 今一番来て欲しくない人が、テレポートで来ちゃった。

「私の息子に……」

「あれは……いかん!」

「一体何をしているのですか! 断罪の雷よ、我が怨敵を打ち砕け! ライトニングブラスト!」

「え……?」

 ちょ、母さん! 
 ああもう!

 群衆に向かって真っ直ぐ飛んでくる稲妻。
 相手が領民だと言うのが脳裏にあるからか、殺傷能力は抑えられているものの、危険には違いない雷撃から村人を守ろうと、俺はお姉さんの腕に抱かれた状態で、咄嗟に魔法を生成する。

「嘘……あれって、魔法!?」

「きゃああああ! すいませんでした、マリア様! どうかお許しを! つい出来心で悪意があったわけでは……って、あれ?」

「なんともない?」

 ふう、なんとか間に合ったか。

 属性は時。
 構成は阻害空間。
 範囲は前方。
 これらから生成した、どんな魔法も無効化する対魔法用時空結界魔法ディメンションで、母さんのライトニングブラストの破壊に成功。
 お返しに俺は、魔属性。
 魔力阻害構成。
 範囲指定の封印魔法、サイレンスで母さんの魔法を一時的に封じ、

「あら? 魔法が……」

 父さんにも物理攻撃を緩和する結界魔法を付与しておいた。
 よし、これで少なくとも村人に被害は出ない。
 後は……頼んだ、父さん。

「まさかこんな魔法まで使えるなんて、リュートちゃんは本当に凄いわねぇ。 お母さん、惚れ惚れしちゃう。 それに対して貴方という人は……」

「ま、待ちなさいマリア! 話せばわかる! まずは話し合おう! だから待っ……!」

「問答無用!」

「ぶっ!」

 その日以降、村にはこんな逸話が語り継がれるようになった。
 言うこと聞かない悪い子は聖母様にひっぱたかれる、という逸話が。
 なんとも情けない口伝に、時期領主である俺は恥ずかしさを禁じ得ない。





「皆様、この度は大変ご迷惑をおかけしました。 我を忘れたとはいえ、領民の方々にとんだご無礼を……」

「いえいえ! アンドリュー様が守ってくださったお陰でなんともありませんので、どうか頭をおあげください、マリア様!」

 なんか知らない内にそういう事になった。
 まあこんな子供が高位魔法使いである母さんの魔法をどうにか出来るとは思わないだろうから、同じくらい強い父さんがどうにかしてくれたと思うのが妥当か。
 
「そもそもは、わたくしどもがリュート様に失礼をしたのが原因。 親であれば子を心配するのは当然と思います。 ですのでお気になさらないでくだされ。 お前達もさっさと謝らんか!」

「「「すいません……」」」

 お互いの誤解が解け、なんとか仲直り出来たみたいでよかった。
 過保護な母さんが来た時はどうなる事かと思ったが、案外なんとかなるもんだ。
 父さんの犠牲に感謝。

「お父さん、大丈夫?」

 そこら辺に落ちていた木の枝でつついてみたが、父さんは一向に起きない。
 わざと薄くしたとはいえ俺の防御魔法越しに気絶させるとは、恐るべし母さん。
 いや、母さんの事だ。
 それすらも見越して本気でぶっ叩いたまであるかもしれない。
 父さんの頬に浮かぶ紅葉のアザから僅かに感じる魔力の残滓がその証。

「身体能力強化の魔法でも使ったのか? じゃないとこうはならないよな」

 言いながら、俺は何度もツンツンする。
 同時に、身体能力強化の魔法を発動。
 更に続けて、ステータスボードを表示した。
 
【リュート=ヴェルエスタ。 ステータス一覧。 体力値9999。 スタミナ999】

 この体力値というのは色々試してみた所、スタミナとは別の意味での体力らしい。
 スタミナが走る、泳ぐ、などの何らかの行動に際して消費するものに対して、体力値はゲームで言うところのヒットポイントに当たるもののようだ。
 有り体に言えば、再生力。
 ほんの少しの傷を治したいなら体力値を100程使えば瞬時に完治し、どこか欠損した場合も体力値を相当数削れば再生が可能となる。

 次に【魔力量9999】。

 これは読んで字の如く、魔力の総量。
 他の人の魔力はどうか知らないが、多分これはかなり論外な数字だ。
 なにしろ、俺が今使える最大魔力量を誇る魔法、バレットレーザーはおよそ300。
 単純計算で、30回は撃てる計算になる。
 砲台かな。
 ちなみに母さんによると、バレットレーザーほどの威力、魔力量のある魔法は他になく、使おうとしても魔力が足りなくて使えない代物なんだそうだ。
 それを加味して考えると、俺以外の人間の魔力量は恐らく200前後。
 だと思う、多分。

 さて、ステータスについてのおさらいはこんな所か。
 じゃあ次はっと。

【熟練度一覧。 戦闘技能一覧】

 あったあった、これだ。
 これが見たかったんだよ。
 熟練度とは言わば、使用した武器に対してどれだけ熟練したかを指す。
 この熟練度が高ければ高いほど武器の扱いが上手くなり、それに伴って威力も増加していく。
 ちなみに俺の熟練度はオールSである。
 これ以上、上がる余地がない。
 だからこそ今見る価値がある。
 何故なら、身体能力強化とはとどのつまり、熟練度の一時的な強制上昇だからだ。
 魔法使いである母さんが、あれだけの威力があるビンタを出せたのもこの魔法を使ったからに他ならない。
 故に俺はこの魔法に期待を寄せるのだ。
 もしかしたら成長の見込みのない俺の熟練度が、更なる高みへと進化する可能性が……!

【剣S 鎚S 鞭S 弓S 鎌S 素手S】

 ……S、S、S。
 どこを見てもSばかり。
 だよなー、そうだよなー。
 わかってたよ、わかってたんだよ、こうなるって。
 上がるわけないんだよ、カンストしてんだから。

「はぁ……」

 期待した俺がバカだった。
 もう諦めよう。
 諦めて認めるんだ、俺はこれ以上強くなれやしないんだと。
 成長を味わえないんだと。
 最強って……孤独。

「……そういえば、戦闘技能まともに確認してなかったな。 ついでに確認してみるか」

 と、俺は戦闘技能の欄をタップした。

【一刀両断LV10。 回避上昇率LV10。 防御上昇率LV10。 疾風迅雷LV10。 未来予測LV10。 魔法強化LV10。 百発百中LV10。  緊急離脱LV10。 炎耐性LV10。 氷耐性LV10。 雷耐性LV10。 魔力耐性LV10。 毒耐性LV10。 燃焼耐性LV10────】

 なんだこの量。
 まだまだあるぞ。
 ざっと見ても100種類を超えてる。
 しかも全部レベル10って。
 とりあえず、この一刀両断ってやつの詳細を……。

【一刀両断。 対象を一撃で屠る剣技。  結界、武器防具貫通属性】

 …………。

 よし、見なかったことにしよう。
 うん、俺は何も見ていないし、何も知らない。
 そういう事で、はい終了!
 クローズボタン、ポチっとな。

「ふぅ、これで一件落ちゃ……」

「リュートちゃん? 何してるの?」

「くうううわあああ!」

「きゃあ!  どうしたのリュートちゃん、いきなり大声だして!」
 
 そりゃ大声も出る。
 いきなり背後から声かけられたんだから。

「もう、お母さん! 急に声かけないでよ! ビックリするから!」

「ふふ、ごめんね。 それで……何してたの?」

 チラッと見た俺の手元には、一本の木の枝。
 木の枝は見事に、未だのびている父さんの頬にぶっ刺さっている。
 
「お父さんで遊んでたの?」

 母よ、言い方。

「うん、お父さんで遊んでた」

「そっかぁ。 でもそんなので遊ぶより、向こうの子達と遊ぶ方が良くないかしら?」

 母さんが指差した先。
 広場らしき場所で、六歳前後の子供が数人こちらに向かって手を振っていた。
 中でも一人目立つ女の子が居る。
 茶髪のツインテールがよく似合う、とても快活そうな可愛い女の子だ。
 
「おーい! 一緒に遊ぼー!」

 女の子が声を張り上げると、周囲に居る子供達も揃って俺を遊びに誘う。
 そんな子供らを見て、俺は……。

「うん! 行ってくるね、母さん!」

「行ってらっしゃい。 夕方には帰るから、そのつもりでね」

「はーい!」

 子供達の元へと駆けていった息子を見届けた母さんは、小さく鼻息を漏らしながら父さんにこう言った。

「よかったわね、貴方。 あの子がようやく、普通の子になれそうで」

「……ぐぅ」

「…………ふふ、この男……どうしてくれようかしら。 うふふ……」

 年々母さんの父さんを見る目が冷めていってる気がするのは気のせいだろうか。
 気のせいと思いたい。

 
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