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第三の瞳 中編

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 ───1───

「はぁ……はぁ…………ちくしょうが。 ようやく着きやがった。 くそ……」

 このまま玄関で倒れたかったが、そういう訳にはいかない。
 せめてこの子を……ロゼをベッドに寝かせてやらないと。
 介抱してやるまでは堪えなきゃならない。
 もう少しの辛抱だ、ソーマ。
 男ならもう少しぐらい気張りやがれ。

「ふんっ!」

 疲労困憊の身体を引きづり、なんとか自室へ辿り着いた俺は、直ぐ様ベッドまで行き、背負ったロゼを寝かせてやった。
 
「う…………うぅ……」

 凄い汗だ。  
 あれから結構時間が経っているからな。
 傷のせいで熱が出始めたのかもしれない。

「…………熱いな」

 やはり熱が出ているようだ。
 額が熱い。
 このままでは悪化するばかり。
 せめて傷の手当てをしてやらないと。
 服を脱がして。

 ………………。

「げほげほ」

 ちくしょう。
 わかったよ、やれば良いんだろ、やれば。

「すまん、服脱がすぞ。 後で怒られてやるから今は我慢しててくれ」

 俺は決心して、まず布と水、それと薬草を用意。
 続けてロゼの服を脱がしていく。
 ロゼの服装はワンピースタイプの服と、短パン。
 脱がすのは簡単だ。  
 コルセットやドレスなんかより遥かに楽。
 身体を支えて脱がしてやるだけだ。

「細いな……よくこれであんな戦い方が出来るもんだ」

 ロゼの身体はとてもスレンダーだった。
 スピードを重視してか、必要以上のトレーニングはしていないらしく、上半身は標準より少し筋肉がついてる程度。
 下半身はかなり鍛えられていて、太ももや腱がなかなか固い。
 
「いかんいかん。 何をじろじろ見てるんだ、俺は。 治療しないと」

 一旦ロゼを横にした俺は、最初に傷口の消毒をする為、薬草を浸けておいた水で脇腹の切り傷を消毒。
 その後、布で水気を拭き取り、薬草を押し当て、包帯代わりの乾いた布で巻いてやる。
 これで応急手当は出来た筈。
 後は汗を拭いてやらないと。

「さて……じゃあ失礼して、まずは顔から……」

 さっきまでは暗くてよくわからなかったが、ロゼの髪は綺麗な銀色をしている。
 その輝きはまるで月のよう。
 肩まで伸びる髪も彼女の雰囲気にとても似合っている気がする。
 
 それから俺は、出来るだけデリケートな部分は触れないようにして彼女の汗を吹き、服をまた着せてやった。  
 看病した甲斐があったのか、朝方にはロゼの体調はやや回復。 
 静かな寝息を立てるまでに回復したようで。

「ふぁ……」

 安心した俺はつい眠ってしまった。



 ───2───

「ん……」

 どれだけ寝ていたのだろうか。 
 いつの間にか朝日が昇っている時間になっていた。
 窓から朝日が差し込んでいる。
 眩しい。

「んんー! あー、腰いてぇ。 やっぱ椅子で眠るもんじゃねえな」

 と、伸びをして立ち上がろうとしたその時。
 ベッドから声がした。

「おはよー」

「ん……? うおっ、びっくりした。 起きてたのか。 どうだ、身体は。 少しはよくなったか?」

「うん、だいじょーぶ。 ありがと、お兄さん」

 見たところ血色も良いし、顔色も良い。
 だいぶ落ち着いたようだ。

「そうか、そりゃよかった。 死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ」

「お兄さん、変わってる……ね。 ロゼ、敵なのに助けるなんて。 どーして? どーしてロゼを助けたの? どーして?」

「どうしてもなにも、特に理由はないんだが……。 まあしいて言うなら、ロゼが女の子だったからかもな」

 俺の言葉の意味が理解できず小首を傾げるロゼに、照れながらこう続ける。

「あー、なんていうかその……女の子を助けるのに理由は要らないっていうか。 有り体に言えばそんな感じだ」

「……やっぱり変なの」

 ロゼはそう呟くと、ベッドから降りようとする。

「おい、何してんだ。 まだ寝てろって。 倒れちまうぞ」

「そういう訳にはいかない。 報告にいかないと。 一晩空けたから」

 それはまずい。
 報告されたら非常に困った事になる。  
 どうしたら……。
 
「ま、待て! どうしても報告しないとダメなのか?」

「うん、それが契約だから。 お客様との契約は絶対」

「そこをなんとか頼む。 報告されたらこの村は……」

「知らない。 それはロゼの仕事に含まれない」

 傭兵は金にうるさい分、契約を裏切る事はない。  
 それが傭兵の流儀なんだとか。
 
「じゃあ、もう行く。 バイバイ」 
  
 ま、まずい!
 なんとかして引き留めないと!
 でもどうしたら引き留められる。
 傭兵にどうやったら言うことを…………傭兵? 
 …………そうか、その手があったか!

「待て、ロゼ!」

「……なに?」

「一つ聞きたいんだが、傭兵ってのは金払いの良い方にもつく事もあるんだよな? 前にそんな話を聞いた事があったから、本当かどうか確かめたくて」

 そう、傭兵の流儀にも穴はある。
 契約厳守の傭兵も、金には逆らえない。
 もし向こうの契約金を上回る額で雇うことが出来れば、傭兵は簡単に裏切るのだ。
 まあその場合、金が足りなければ意味のない話なんだが。

「…………うん、本当。 高い方に、つくよ」

 よし!
 
「なら単刀直入に聞く。 向こうからは幾ら貰った?」

「……金貨二枚」

 おお、かなりの大金だな。
 半年は食っていける額だぞ。
 これならなんとかなりそうだ。

「そうか、金貨二枚か。 なるほどなるほど。 じゃあ……金貨二枚以上出したら、こっちにつくんだな?」

「…………? うん。 出せるなら、だけど」

 完璧に見くびってるな。 
 良いだろう、なら俺の秘密兵器を出してやろうじゃないか。

「もちろん出せるさ。 ……ほら、この中身を確認してみろ。 絶対に気に入ると思うから」

 投げ渡したのはかの銅貨袋である。
 ロゼはそれをまじまじ見ながら。

「これ……銅貨袋……。 これじゃあ全然足りない……」

「良いから開けてみろ。 驚くぞ」

「…………わかった」

 全く信用していない感じだったが、ロゼは渋々袋を開けてみた。
 するとその中身を見たロゼの銀色の瞳が、徐々に生き生きと。  
 
「これ……」

「さあ、どうだロゼ。 それでも足りないか? なんなら入りきらなかった……」

「なんでもおっしゃって、お兄さん。 ううん、ご主人。 一生お供する」
 
 やはり金!
 金が全てを解決する……!
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