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第3章 『雪解け』
6.衝動
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「――なるほど。それで、お主はこんな辺鄙な場所まで遠征して来た訳なのだな」
降り出した雨に打たれながらも、ふたりは全速力で先を急ぐ。
その最中、ユウは漢那に、事の経緯を説明していた。
「そんな道中に出会ったのが、さっき話した、妖憑って名乗る強力な妖魔だ。きっと、あいつが今回の被害の種だろう」
「妖憑、か……そやつ、お主程の者が強力だと評するのであれば、相当な手練れなのだろうな」
「ああ、かなりね。正直、今の僕じゃ太刀打ち出来ない。本当に虚を突いたギリギリの奇襲でも、触れるのが精一杯だった」
ユウの修行時代、何度も手合わせする中で、監視所付近の哨戒にも同道していた漢那は、実践に於けるユウの実力も認めている。
そんなユウの報告の内容から、妖憑という相手が如何程の力を持っているのか、想像に易かった。
「そこまでのものか。しかし、お主は今、こうして生きておる。それは何故だ?」
「それは――」
ユウは返答に困り、詰まってしまった。
話していいこともあるが、それには自身のあの不明な力のことに触れなければならないこと、そして話したところで何か伝わるものがあるかも分からなかったからだ。
「――まあ、妖皆一つ二つ程度、話したくない、或いは話せんことはあるものだ。よい、その内に分かればな」
「……助かるよ」
漢那のこう割り切った性格は、時に大変助かるものだ。
「案ずるな。儂には無いが、監視所におる面々には、そういった者を抱える者も多い。何も、お前さんが特別って訳じゃあないのだからな」
「ありがとう、漢那。それより――」
『うわっ!』
言いかけたユウの耳を打ったのは、空の声だった。
焦り、恐怖の色を孕んだ声音だ。
「副長さん、あの岩窟からだ!」
耳の良い漢那が、その位置を早くも特定する。
遠目に見えるその中には、ミツキと空を背に、全身から少しずつ血を流す紗雪の姿が見えた。
獅子一頭であれば、普段の紗雪なら倒すことは出来るだろう。しかしミツキと空の存在、生い茂る林道、更には狭い岩窟にまで後退させられたとあっては、予想通り、満足に応戦することは出来ていなかった様子だ。
「雪女さん、すぐに儂が――!」
威勢よく決め台詞の一つでも吐いてやろうかと思った漢那だったが、すぐ傍らに感じた気配に、言葉を噤んだ。
まだ踏み込むには早すぎる位置から姿勢を取り、腰背部の短刀に手を掛けるユウの姿が目に入る。
目は爛々と血走り、しかして錯乱している訳でもなく。
それでも、これ以上ないくらい落ち着いているようにも見える表情の中には、確かな怒りの色が見て取れた。
「きゃっ…!」
決定打となったのは、獅子によるダメ押しの突進だった。
長巻で防ぐことは出来たようだが、線が細く軽い紗雪は、その体重差に簡単に弾き飛ばされてしまう。
倒れ伏す鈍い音と共に、傷口からは鮮血が飛び散った。
それを認知した途端、漢那の横にあった気配が一層強くなる。
言い知れぬ力の奔流に、漢那は本能的によくないものを感じ取った。
しかし、
「副長さん、待――」
漢那が静止するより僅かに速く。
ユウは全力で踏み込むと、瞬く間に獅子の懐へと飛び込んだ。
濡れた手元も、悪い視界も、ぬかるんだ地面も関係ない。
獅子の鋭敏な嗅覚がそれを捉えるより早く、ユウは目にも留まらぬ速さで、二本の短刀を振り抜いた。
シンと静まり返ったその場で、獅子は遅れてユウの存在に気が付くと、迷いなく振り向き攻撃を仕掛ける。
それには構わないまま納刀した後で、獅子の頭が首元からずれ落ち、少し遅れて鮮血が噴水のように溢れ出した。
降り出した雨に打たれながらも、ふたりは全速力で先を急ぐ。
その最中、ユウは漢那に、事の経緯を説明していた。
「そんな道中に出会ったのが、さっき話した、妖憑って名乗る強力な妖魔だ。きっと、あいつが今回の被害の種だろう」
「妖憑、か……そやつ、お主程の者が強力だと評するのであれば、相当な手練れなのだろうな」
「ああ、かなりね。正直、今の僕じゃ太刀打ち出来ない。本当に虚を突いたギリギリの奇襲でも、触れるのが精一杯だった」
ユウの修行時代、何度も手合わせする中で、監視所付近の哨戒にも同道していた漢那は、実践に於けるユウの実力も認めている。
そんなユウの報告の内容から、妖憑という相手が如何程の力を持っているのか、想像に易かった。
「そこまでのものか。しかし、お主は今、こうして生きておる。それは何故だ?」
「それは――」
ユウは返答に困り、詰まってしまった。
話していいこともあるが、それには自身のあの不明な力のことに触れなければならないこと、そして話したところで何か伝わるものがあるかも分からなかったからだ。
「――まあ、妖皆一つ二つ程度、話したくない、或いは話せんことはあるものだ。よい、その内に分かればな」
「……助かるよ」
漢那のこう割り切った性格は、時に大変助かるものだ。
「案ずるな。儂には無いが、監視所におる面々には、そういった者を抱える者も多い。何も、お前さんが特別って訳じゃあないのだからな」
「ありがとう、漢那。それより――」
『うわっ!』
言いかけたユウの耳を打ったのは、空の声だった。
焦り、恐怖の色を孕んだ声音だ。
「副長さん、あの岩窟からだ!」
耳の良い漢那が、その位置を早くも特定する。
遠目に見えるその中には、ミツキと空を背に、全身から少しずつ血を流す紗雪の姿が見えた。
獅子一頭であれば、普段の紗雪なら倒すことは出来るだろう。しかしミツキと空の存在、生い茂る林道、更には狭い岩窟にまで後退させられたとあっては、予想通り、満足に応戦することは出来ていなかった様子だ。
「雪女さん、すぐに儂が――!」
威勢よく決め台詞の一つでも吐いてやろうかと思った漢那だったが、すぐ傍らに感じた気配に、言葉を噤んだ。
まだ踏み込むには早すぎる位置から姿勢を取り、腰背部の短刀に手を掛けるユウの姿が目に入る。
目は爛々と血走り、しかして錯乱している訳でもなく。
それでも、これ以上ないくらい落ち着いているようにも見える表情の中には、確かな怒りの色が見て取れた。
「きゃっ…!」
決定打となったのは、獅子によるダメ押しの突進だった。
長巻で防ぐことは出来たようだが、線が細く軽い紗雪は、その体重差に簡単に弾き飛ばされてしまう。
倒れ伏す鈍い音と共に、傷口からは鮮血が飛び散った。
それを認知した途端、漢那の横にあった気配が一層強くなる。
言い知れぬ力の奔流に、漢那は本能的によくないものを感じ取った。
しかし、
「副長さん、待――」
漢那が静止するより僅かに速く。
ユウは全力で踏み込むと、瞬く間に獅子の懐へと飛び込んだ。
濡れた手元も、悪い視界も、ぬかるんだ地面も関係ない。
獅子の鋭敏な嗅覚がそれを捉えるより早く、ユウは目にも留まらぬ速さで、二本の短刀を振り抜いた。
シンと静まり返ったその場で、獅子は遅れてユウの存在に気が付くと、迷いなく振り向き攻撃を仕掛ける。
それには構わないまま納刀した後で、獅子の頭が首元からずれ落ち、少し遅れて鮮血が噴水のように溢れ出した。
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