千年巡礼

石田ノドカ

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第3章 『雪解け』

23.抱え込まないで

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「如何いたしましたか? お身体の加減は――」

「咲夜様。僕に、居合術を――雪姉に叩き込んだものと同じ刀術を、僕にも教えてください」

 庭園にて。
 花々の手入れをしながら振り返らないままに、咲夜は会話を続ける。
 九つの大きな尾が、小さく揺れた。

「――どうしてです?」

 迷いはある。恐怖もある。
 未だ全て拭い去れたわけでもない。
 それでも、これは口にしておかなければならないことだ。

「今度こそ……大切なものを、護りたいんです」

 ユウの言葉に、咲夜が振り向く。
 不安気な、心配そうな面持ちだ。

「無理はしなくてもよいのですよ。貴方は、本当によく尽力してくださいました」

「恐れ多い言葉です。だけど、自分から進もうと決めた道を、ここで全て勝手に丸投げするのは……なんて、ミツキに言われてようやく言葉に出来ているものですが……我ながら、情けない話です」

「ミツキさんに、ですか。ふふっ。あの子は、とてもいい子ですね。城下に解放するのは流石に性急かも分かりませんが、その内、民衆とも打ち解けられるような、そんな気がします」

「……咲夜様。あいつのことは――」

「妖魔である、という身分を、極力隠せるよう方法は考えます。民衆らはそれほど強く妖気を感じ取ることは出来ませんが、中にはおられますからね」

「ありがとうございます」

「いいえ。私と、それから菊理ともが、あの子は現段階に於いて完全に無害であると判断しました。ですので、万一の責任は我々も等分です」

 咲夜は、穏やかに笑って言う。

「……それで、咲夜様」

「そう心配そうに尋ねられては、こちらの決心も揺らいでしまいます」

「え……?」

「ユウの中で、そしてミツキさんとの話し合いの中で、或いはそれ以外の要因で、心境がどうなったのかは、委細は尋ねません。それは、貴方だけが大切にしていればよいものですから」

「は、はい……」

「ただ――そうですね。一つ、よろしいでしょうか?」

「ええ、何でも」

 頷くユウに、咲夜は優しく微笑むと、

「あっ……――」

 細くしなやかなその両の手、大きく柔らかな九つの尾で、ユウを優しく包み込んだ。

「辛い時には、独りで抱え込まないように」

「ちょっ、咲夜様……?」

「泣きたい時には、いつでも私も元へおいでください。この庭園には、菊理とハクを除いて、基本は誰も尋ねて来ません」

「…………はい」

「貴方がどれだけボロボロになろうとも、貴方がどれだけ感情に押し潰されそうになろうとも、私は、ただそのお傍に在り続けます。どれだけ不格好でも、どれだけみっともなくとも、私はそれを、私の中だけに留め、他言しないと誓いましょう」

「…………咲夜、様……」

 もう、今にも泣いてしまいそうな気分だった。
 この方には、どれだけ助けられて来ただろうか。

「……言っておきますが、もう涙は出ませんよ。出しません」

「あらあら。それは、ミツキさんのところでわんわんと泣き切ったからでしょうか?」

「……ええ、まあ」

「ふふっ、そうですか。では――」

 昨夜は明るく笑って、抱擁を解く。
 そうして真っ直ぐに視線を合わせた。

「言っておきますが、私の修行はとても厳しいですよ?」

 目元に僅かに浮かんでいた雫を拭うと、ユウは改めて、その目をしっかりと見据える。

「勿論です。今度こそ、僕は貴女の――いえ。幽世の、ヒーローになってみせます」

 この先、自分がどうなってゆくかは分からない。
 それでも、見ていてくれる菊理に咲夜、隣にミツキが居てくれるのなら、全てを失ったような気分にはならないはずだ。
 深く、深く頭を下げてから、新たな決意を胸に、ユウは庭園を後にし、自宅を目指す。

 壁に立てかけ、ただ眺めているばかりだった長巻を、手にする為に。
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