54 / 59
第3章 『雪解け』
27.眺望
しおりを挟む
「おー! これは良いね! いい景色!」
すぐ隣で、ミツキが腰に手を当て、うんうんと頷いている。
溢れんばかりの笑顔を湛えるその横顔は、二ヶ月と少しで、とても大人になった。
身体つきだけではない。口調も、あの頃から比べてとても流暢だ。
まだまだ垢抜けないところはあるが、それでも隣に立つ少女は、女性、と呼べるくらいに成長している。
たったの二ヶ月でここまで――そう思うのは、ユウが人間だからだろう。
妖の成長速度はおろか、ヒト型の妖魔の成長速度など、知る筈もない。
「でしょ? 何せこの鐘楼は、僕の秘密の『懲罰必至展望台』だからね」
「え、懲罰? なんで?」
「ここ、咲夜様と師匠、あとハク様以外は、立ち入り禁止なんだよ。なんでも、聖域だとかなんとか。詳しい謂れは僕も知らない」
「ふぅん……で、ユウは許可取ってるの?」
「そう思う?」
ユウは悪戯に笑う。
ミツキも、同じようにニヤリと笑いながら首を振る。
「ううん、ぜーんぜん。でも、そっちの方が何だかワクワクする!」
「あははっ! ミツキは、僕譲りの悪い子に育っちゃったか。雪姉が見たら落胆するぞ、これは」
「すっごい真面目だったもんね。でも、昔はそうじゃなかったって、前に言ってなかった?」
「うん。よくふたりで、露店のおっちゃんに怒られてたよ。もちろん、おまけで師匠にもね」
「ししょーがおまけなんだ。やっぱりユウって変わってるよ」
「妖魔が何を言うかな、まったく」
「あはは!」
明るく笑って、ミツキはまた風景に見入る。
「受け入れてくれて、嬉しいなぁ」
感慨深そうに言うミツキに、ユウは小さく頷いた。
ここへ来た当初こそあまり思いはしなかったが、種族が異なる世界に独り紛れ込んで、本当によくぞ受け入れてくれたものだ。
自分もそうであったように、少なからず『妖魔』というものを知った今だからこそ、ミツキも思うところがあるのだろう。
無論、全員が全員受け入れてくれた訳ではない。それはミツキのみならず、ユウも同じだ。
同じ人間同士で好き嫌いが有れば、種族も見た目も大きく異なる妖の世界では、尚顕著だ。
ここへ来てから、綺麗なものも、汚いものも、幾らも目にしてきた。
「さて――ミツキ、そろそろ時間だ。行こうか」
「えー、まだ来たばっかりなのにー!」
頬を膨らませて憤慨する様は、子どものように邪気の無い幼さだ。
「僕も、もう少し見てから仕事に出たかったんだけどね。ただまずいことに、今日のここら辺の見回りは――」
「残念ながら私だ、馬鹿弟子ども」
見合うふたりの少し後ろから、ひりつく声が聞こえた。
視線だけで仰ぐそちらには、ニヤリと笑いながら仁王立つ、菊理の姿。
「――ミツキ」
「うん!」
見つかってしまったのであれば、選ぶ択は一つ。
「「逃げるが勝ち!」」
威勢のいい声とともに、ユウとミツキは一斉に飛び降りた。
空中で姿勢を整えると、軽やかに着地を決め、そのまま走り去って行ってしまう。
「待たんか、この馬鹿弟子ども!」
「ごめんなさい師匠、懲罰は帰ってからでお願いします!」
「あははっ! ししょー、行ってきまーす!」
清々しいくらいに笑いながら言うふたりに、いよいよ怒る気も失せてしまう。
溜息交じりに肩を落としながら、菊理はみるみる遠ざかってゆくふたりの背中を見送った。
「あらあら、あの子たちったら。懲罰はいいのですか、クク?」
その隣から顔を覗かせた咲夜が、菊理の横に並んでそちらを見やる。
「まったく、あの馬鹿どもは。あんな調子に育ってしまったなどと知ったら、紗雪が悲しむぞ」
「私は、子どもは元気な姿であればこそ、あの子も喜ぶかと思いますけれど」
「……どっちも、だろうな」
「ふふっ。ええ、そうですね」
笑い合い、また、愛弟子たちの背中に視線を落とす。
「強く、なりましたね」
「当然だ。私が心身共に鍛え直してやったのだからな」
「それだけ?」
「……うるさいぞ、咲夜」
「ふふっ。素直じゃありませんね、ククは」
恥ずかしさを隠すように顔を逸らす菊理。
その表情を何とか拝んでやろうと覗き込む咲夜を、どうあっても見せてなるものかと顔を逸らし続ける菊理に、ついぞ諦めて隣に並び直した。
「私たちも、頑張らないといけませんね」
「無論だ。巡礼の日も近い。今日を迎えられていることは不思議そのものだが、奴がいつまたしびれを切らし攻め込んでくるかも分からぬからな」
「ええ。まあ、ともあれ――」
「うむ。再びこの道を選ぶとは……まったく、本当に馬鹿なニンゲンだ、あいつは」
師匠が揃ってそんな会話をしているなどとは、露とも知らないミツキとユウ。
追いかけられていないことに安堵しつつ頷き合うと、請けた仕事の為、そのままの足で桜花を後にした。
すぐ隣で、ミツキが腰に手を当て、うんうんと頷いている。
溢れんばかりの笑顔を湛えるその横顔は、二ヶ月と少しで、とても大人になった。
身体つきだけではない。口調も、あの頃から比べてとても流暢だ。
まだまだ垢抜けないところはあるが、それでも隣に立つ少女は、女性、と呼べるくらいに成長している。
たったの二ヶ月でここまで――そう思うのは、ユウが人間だからだろう。
妖の成長速度はおろか、ヒト型の妖魔の成長速度など、知る筈もない。
「でしょ? 何せこの鐘楼は、僕の秘密の『懲罰必至展望台』だからね」
「え、懲罰? なんで?」
「ここ、咲夜様と師匠、あとハク様以外は、立ち入り禁止なんだよ。なんでも、聖域だとかなんとか。詳しい謂れは僕も知らない」
「ふぅん……で、ユウは許可取ってるの?」
「そう思う?」
ユウは悪戯に笑う。
ミツキも、同じようにニヤリと笑いながら首を振る。
「ううん、ぜーんぜん。でも、そっちの方が何だかワクワクする!」
「あははっ! ミツキは、僕譲りの悪い子に育っちゃったか。雪姉が見たら落胆するぞ、これは」
「すっごい真面目だったもんね。でも、昔はそうじゃなかったって、前に言ってなかった?」
「うん。よくふたりで、露店のおっちゃんに怒られてたよ。もちろん、おまけで師匠にもね」
「ししょーがおまけなんだ。やっぱりユウって変わってるよ」
「妖魔が何を言うかな、まったく」
「あはは!」
明るく笑って、ミツキはまた風景に見入る。
「受け入れてくれて、嬉しいなぁ」
感慨深そうに言うミツキに、ユウは小さく頷いた。
ここへ来た当初こそあまり思いはしなかったが、種族が異なる世界に独り紛れ込んで、本当によくぞ受け入れてくれたものだ。
自分もそうであったように、少なからず『妖魔』というものを知った今だからこそ、ミツキも思うところがあるのだろう。
無論、全員が全員受け入れてくれた訳ではない。それはミツキのみならず、ユウも同じだ。
同じ人間同士で好き嫌いが有れば、種族も見た目も大きく異なる妖の世界では、尚顕著だ。
ここへ来てから、綺麗なものも、汚いものも、幾らも目にしてきた。
「さて――ミツキ、そろそろ時間だ。行こうか」
「えー、まだ来たばっかりなのにー!」
頬を膨らませて憤慨する様は、子どものように邪気の無い幼さだ。
「僕も、もう少し見てから仕事に出たかったんだけどね。ただまずいことに、今日のここら辺の見回りは――」
「残念ながら私だ、馬鹿弟子ども」
見合うふたりの少し後ろから、ひりつく声が聞こえた。
視線だけで仰ぐそちらには、ニヤリと笑いながら仁王立つ、菊理の姿。
「――ミツキ」
「うん!」
見つかってしまったのであれば、選ぶ択は一つ。
「「逃げるが勝ち!」」
威勢のいい声とともに、ユウとミツキは一斉に飛び降りた。
空中で姿勢を整えると、軽やかに着地を決め、そのまま走り去って行ってしまう。
「待たんか、この馬鹿弟子ども!」
「ごめんなさい師匠、懲罰は帰ってからでお願いします!」
「あははっ! ししょー、行ってきまーす!」
清々しいくらいに笑いながら言うふたりに、いよいよ怒る気も失せてしまう。
溜息交じりに肩を落としながら、菊理はみるみる遠ざかってゆくふたりの背中を見送った。
「あらあら、あの子たちったら。懲罰はいいのですか、クク?」
その隣から顔を覗かせた咲夜が、菊理の横に並んでそちらを見やる。
「まったく、あの馬鹿どもは。あんな調子に育ってしまったなどと知ったら、紗雪が悲しむぞ」
「私は、子どもは元気な姿であればこそ、あの子も喜ぶかと思いますけれど」
「……どっちも、だろうな」
「ふふっ。ええ、そうですね」
笑い合い、また、愛弟子たちの背中に視線を落とす。
「強く、なりましたね」
「当然だ。私が心身共に鍛え直してやったのだからな」
「それだけ?」
「……うるさいぞ、咲夜」
「ふふっ。素直じゃありませんね、ククは」
恥ずかしさを隠すように顔を逸らす菊理。
その表情を何とか拝んでやろうと覗き込む咲夜を、どうあっても見せてなるものかと顔を逸らし続ける菊理に、ついぞ諦めて隣に並び直した。
「私たちも、頑張らないといけませんね」
「無論だ。巡礼の日も近い。今日を迎えられていることは不思議そのものだが、奴がいつまたしびれを切らし攻め込んでくるかも分からぬからな」
「ええ。まあ、ともあれ――」
「うむ。再びこの道を選ぶとは……まったく、本当に馬鹿なニンゲンだ、あいつは」
師匠が揃ってそんな会話をしているなどとは、露とも知らないミツキとユウ。
追いかけられていないことに安堵しつつ頷き合うと、請けた仕事の為、そのままの足で桜花を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる