千年巡礼

石田ノドカ

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第3章 『雪解け』

27.眺望

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「おー! これは良いね! いい景色!」

 すぐ隣で、ミツキが腰に手を当て、うんうんと頷いている。
 溢れんばかりの笑顔を湛えるその横顔は、二ヶ月と少しで、とても大人になった。
 身体つきだけではない。口調も、あの頃から比べてとても流暢だ。
 まだまだ垢抜けないところはあるが、それでも隣に立つ少女は、女性、と呼べるくらいに成長している。
 たったの二ヶ月でここまで――そう思うのは、ユウが人間だからだろう。
 妖の成長速度はおろか、ヒト型の妖魔の成長速度など、知る筈もない。

「でしょ? 何せこの鐘楼は、僕の秘密の『懲罰必至展望台』だからね」

「え、懲罰? なんで?」

「ここ、咲夜様と師匠、あとハク様以外は、立ち入り禁止なんだよ。なんでも、聖域だとかなんとか。詳しい謂れは僕も知らない」

「ふぅん……で、ユウは許可取ってるの?」

「そう思う?」

 ユウは悪戯に笑う。
 ミツキも、同じようにニヤリと笑いながら首を振る。

「ううん、ぜーんぜん。でも、そっちの方が何だかワクワクする!」

「あははっ! ミツキは、僕譲りの悪い子に育っちゃったか。雪姉が見たら落胆するぞ、これは」

「すっごい真面目だったもんね。でも、昔はそうじゃなかったって、前に言ってなかった?」

「うん。よくふたりで、露店のおっちゃんに怒られてたよ。もちろん、おまけで師匠にもね」

「ししょーがおまけなんだ。やっぱりユウって変わってるよ」

「妖魔が何を言うかな、まったく」

「あはは!」

 明るく笑って、ミツキはまた風景に見入る。

「受け入れてくれて、嬉しいなぁ」

 感慨深そうに言うミツキに、ユウは小さく頷いた。
 ここへ来た当初こそあまり思いはしなかったが、種族が異なる世界に独り紛れ込んで、本当によくぞ受け入れてくれたものだ。
 自分もそうであったように、少なからず『妖魔』というものを知った今だからこそ、ミツキも思うところがあるのだろう。
 無論、全員が全員受け入れてくれた訳ではない。それはミツキのみならず、ユウも同じだ。
 同じ人間同士で好き嫌いが有れば、種族も見た目も大きく異なる妖の世界では、尚顕著だ。
 ここへ来てから、綺麗なものも、汚いものも、幾らも目にしてきた。

「さて――ミツキ、そろそろ時間だ。行こうか」

「えー、まだ来たばっかりなのにー!」

 頬を膨らませて憤慨する様は、子どものように邪気の無い幼さだ。

「僕も、もう少し見てから仕事に出たかったんだけどね。ただまずいことに、今日のここら辺の見回りは――」

「残念ながら私だ、馬鹿弟子ども」

 見合うふたりの少し後ろから、ひりつく声が聞こえた。
 視線だけで仰ぐそちらには、ニヤリと笑いながら仁王立つ、菊理の姿。

「――ミツキ」

「うん!」

 見つかってしまったのであれば、選ぶ択は一つ。

「「逃げるが勝ち!」」

 威勢のいい声とともに、ユウとミツキは一斉に飛び降りた。
 空中で姿勢を整えると、軽やかに着地を決め、そのまま走り去って行ってしまう。

「待たんか、この馬鹿弟子ども!」

「ごめんなさい師匠、懲罰は帰ってからでお願いします!」

「あははっ! ししょー、行ってきまーす!」

 清々しいくらいに笑いながら言うふたりに、いよいよ怒る気も失せてしまう。
 溜息交じりに肩を落としながら、菊理はみるみる遠ざかってゆくふたりの背中を見送った。

「あらあら、あの子たちったら。懲罰はいいのですか、クク?」

 その隣から顔を覗かせた咲夜が、菊理の横に並んでそちらを見やる。

「まったく、あの馬鹿どもは。あんな調子に育ってしまったなどと知ったら、紗雪が悲しむぞ」

「私は、子どもは元気な姿であればこそ、あの子も喜ぶかと思いますけれど」

「……どっちも、だろうな」

「ふふっ。ええ、そうですね」

 笑い合い、また、愛弟子たちの背中に視線を落とす。

「強く、なりましたね」

「当然だ。私が心身共に鍛え直してやったのだからな」

「それだけ?」

「……うるさいぞ、咲夜」

「ふふっ。素直じゃありませんね、ククは」

 恥ずかしさを隠すように顔を逸らす菊理。
 その表情を何とか拝んでやろうと覗き込む咲夜を、どうあっても見せてなるものかと顔を逸らし続ける菊理に、ついぞ諦めて隣に並び直した。

「私たちも、頑張らないといけませんね」

「無論だ。巡礼の日も近い。今日こんにちを迎えられていることは不思議そのものだが、奴がいつまたしびれを切らし攻め込んでくるかも分からぬからな」

「ええ。まあ、ともあれ――」

「うむ。再びこの道を選ぶとは……まったく、本当に馬鹿なニンゲンだ、あいつは」

 師匠が揃ってそんな会話をしているなどとは、露とも知らないミツキとユウ。
 追いかけられていないことに安堵しつつ頷き合うと、請けた仕事の為、そのままの足で桜花を後にした。



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