魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ(旧題:婚約破棄と処刑コンボを越えた先は魔王でした)

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33話 告白したいエフィと逃げたいイリニ

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 エフィが死ぬことはないと分かっていた。けど、散々拒否されて、助けられなかった挙句意識まで飛ばすぐらい負担をしいてた事実に、色々ごちゃごちゃしてよく分からなくなって一人で泣いた。
 顔見たらすぐばれそうだけど、アステリもカロも何も言わない。ありがたかった。

「お前ってうさぎみたいだな」
「うさぎ?」

 そんなかわいらしいものじゃないと思うけど。魔王だよ?

「警戒心が強すぎるんだよ」
「あ、そっちね」

 見た目の話じゃなかった。

「の割に、急にデレがきやがる。十割でいきなり出てきやがって」

 というかアステリがデレという言葉を使い慣れてることに驚きだよ。
 割と色んな人の中を見てきたわけだから、人より知識も言語も長けているとは思っていたけど。

「エフィも大概本音を言わねえけど、お前も同じかそれ以上だからな」
「だいぶ言うようになったと思うけど」
「前が異常だっただけだろが」

 聖女といういい子ちゃん時代、私は本音を隠すことが常だった。
 長い王妃教育の賜物でもある。優先すべきは国民で、国の為に身を費やすことが当然の常識。
 聖女だったら人を助けるだろう、王妃だったら黙って品行方正にしているだろう、そう言った基準から出た最善で行動しなければならない。
 そこにはもちろん私の意志はない。
 友達とお腹抱えて笑ったり、くだらないことで喧嘩したり、悲しい時に思い切り泣いたり……そういったことと無縁だし許されなかった。
 だから今の私はかなり本音で生きていると思うし、自由の身を満喫していると思う。
 のに、アステリとしてはまだ本音で生きていないらしい。

「お前、エフィのこと好きなわけ?」
「え?」

 ベッドの上のエフィを見る。
 熱でうなされていたのが、アステリの魔法のおかげで改善され、今では規則正しい息遣いで眠っている。
 峠は越えたようだった。

「エフィには好きな人がいるんでしょ」
「俺はお前がどう思ってるかきいてんだけど?」

 誤魔化されてくれない。アステリってば意地悪だ。寝ているとはいえ、本人目の前にしてるのに。

「……わかんない」
「はあ? お前、そんな軽い気持ちでエフィんとこ行ったんじゃねえだろが」

 私がこの部屋に入った時点で、エフィとどうなるかはとっくに覚悟を決めていた。

「エフィを、助けたかったから」
「それがどっからきてるかきいてんだけど」

 エフィには本命の子がいる。王太子である以上、身分もちゃんとした子なんだろう。
 元々国の命で任務としてここに来ているだけ。聖女という使える駒をシコフォーナクセーに留める為にいるだけ。
 私と結婚したいって言ってたのも国の命令だから。ああ、そしたらエフィとの結婚以外でシコフォーナクセーに保護されることを考えるのが最善かな。

「責任がどうとか聖女ないい子ちゃんの回答はいらねえぞ」
「……友達だから助けたい、はだめ?」
「最悪だな」
「なんでアステリに文句言われなきゃいけないの」
「お前、エフィにこの城のいてほしいんだろ」

 それは紛れもない私の本音。
 アステリが黙る私を見て溜息を吐いた。

「あいつがなんの為にラッキースケベのハグ係やってんだ」
「シコフォーナクセーで聖女を保護する為」
「お前、」
「アステリ、私、昨日エフィに断られてるの。どうにかなってもおかしくないのに、好き合ってる人同士じゃないとだめって……私、女としての魅力ないみたい」
「あー、あいつ、んなこと言ったのか」
「誰でもいいから手が出るような状況で出ないって相当じゃない? だから私がどう思っていても意味がないの、分かる?」

 違う魔法をかけ直しながら、アステリが顔を歪めた。
 何かを言いかけて口をつぐむ。
 少し黙ってから、ぽつりと一言小さく囁いた。

「一度きちんと話せ」

 必要ないよ、とは何故か言えなかった。


* * *


 いい匂い。
 最近やたら近い匂い、エフィの香水の匂いがする。
 もうすっかり慣れてしまった。この匂いとも早く見切りつけないとだなあと思って、意識が浮き上がる感覚と一緒に光が見えた。
 あ、目が覚める。

「……」

 天蓋が見え、感触から柔らかいベッドの上だと悟る。
 ゆっくり起き上がると、窓からはあたたかい光が差し込んでいた。
 その側にあるソファに座って書類に目を通しているのはエフィ。すぐに私に気づいたエフィは視線をこちらに寄越してばっちり目が合った。

「イリニ、起きたか」
「え、と、」

 そこにきて自分の置かれてる状況が分かった。
 私、エフィのベッドで寝てたんだ。彼が目覚めるまで付き添おうと思って側にいたのに、アステリの治療中に寝てしまってそのまま。
 急いでベッドから降りる。うっかり寝てしまったのも、ベッドに寝かされているのも恥ずかしい。

「イリニ」

 ベッドから降りた私に駆け寄るエフィの足取りはしっかりしていた。顔色もいい。

「エフィ、よかった。身体はもう大丈夫?」
「ああ、すっかりなんともない。イリニのおかげだ」
「そ、う」

 と、思い出してしまう昨日のこと。
 少し顔に熱がやってくるけど、すぐに恥ずかしさを打ち消す。
 エフィも気まずさからか、背を向け慌てた様子で取り繕ってきた。

「ああ、そうだ。顔を洗う? 湯なら用意してある」
「ううん、大丈夫」
「なら、茶を淹れよう」
「大丈夫」

 否定の意味の大丈夫を二度伝えたら、エフィが振り返る。
 なんでそんな傷ついた顔をするのよ。

「私は大丈夫。エフィが無事なら、それでいいわ」
「イリニ、話がしたい」
「……私はないから」
「イリニ」
「ベッド使っちゃってごめんね。ちょっと疲れてるみたいだから、自分の部屋に戻るよ」
「待っ」
「また後でね」
「待て!」

 ドアノブに手をかけたところをエフィの大きな手が重なった。
 当然、扉が開かない。
 触れていたくなくて手を放して振り向けば、エフィがひどく近いところにいた。
 片手はドアノブ、もう片手を私の顔の横に置いて逃げられなくして。

「ん?」
「イリニ?」
「ああ」

 そっか、壁ドンか。
 ちょっとシリアスな場面だったのに、私の脳内は意外と平和な仕様だった。遠い目しちゃうよ。
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