魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ(旧題:婚約破棄と処刑コンボを越えた先は魔王でした)

文字の大きさ
37 / 82

37話 下山中のラッキースケベ

しおりを挟む
「よし、いくか」

 さすがに山の上まで馬車は来れない。ので、湖の町まで下山することになった。
 そこにお迎えの馬車を呼んでくれた。さすがエフィ、仕事が早い。

「アステリ、城よろしく」
「おー、根性だせ」
「言われなくても」
「お前じゃねえ」
「んん?」

 よく分からないまま下山となった。
 下山は口数少なくて、ほぼ無言。
 足場が悪いと手を差し出してくれるけど、どこかぼーっとしてるエフィ。
 前を歩くエフィを見ながら、たまに声をかけるけど、やっぱり反応は終始よくない。
 こう、せっかく一緒に行くなら、取り留めのない話をしながら、まったりした雰囲気で山を下りたい。
 いつもは話をしながら隣歩いてくれるのに、全然そんな気配もないし。

「あ」
「?!」

 滑った。
 そしてそのまま前を歩くエフィのお尻にダイブ。
 割れ目に鼻突っ込むとか、女性がすることじゃない。
 それを見ていたカロが吹く。

「ブフッ」
「ごめん」
「いや、」
「ここでラッキースケベなの、イリニちゃん」
「だって」

 エフィを見上げる。
 お尻に突っ込まれたからか、頬を少し赤くして恥ずかしがっていたのを、すぐに思い直して私の手を取った。このままハグはだめ。

「待って、もう着いたし」

 前は対岸におりた、湖畔キャンプ地向かいの村だ。
 城の人以外の目があるのでお断りしたら、手を繋ぐだけで済んでくれた。
 しかもこのタイミングで声がかかる。よかった。

「いっちゃんだったか」
「いっちゃん?」
「村長お久しぶりです」
「え?」

 エフィが驚くのも無理はないか。
 キャンプ場として使わせてもらう話を村長さんとした時、念の為ってんで本名伏せたんだよね。
 バレバレだけど。山の魔物の管理の話とかしてた時点でばれてたよね。分かった上で付き合ってくれる村長優しい。

「王家の馬車なんて来るとこじゃないからね。いっちゃんなら仕様がない」
「お騒がせしてすみません」
「いいんだよ。いっちゃんが来てから村は平和だし」
「よかったです」
「山の城は?」
「アステリお留守番してますし、今日中には帰ってきますよ?」
「そうかい」

 ちらりとエフィを見て、村長さんは正式な礼をとった。
 エフィがいいと端的に正式な礼を断ると、村長は軽く話して村の奥へ戻ろうとする。

「村長、また顔出しますね」
「ああ」

 他の村の人たちと話すことなく馬車に乗り込んだ道中、下山も馬車もエフィはとても静かだった。
 カロは今回馬車の側を馬に乗って護衛してくれてる。
 向かい合ってだんまりか。気まずいなあ。

「エフィ」
「なんだ」
「様子変だけど、なにかあったの?」

 びくりと肩が鳴った。気まずいのか、視線が彷徨っている。
 じっと見つめながら返事を待っていると、一つ溜息を吐いて分かったと言って頷いた。

「俺は、イリニと一緒にいたい」
「ん?」
「けど、イリニは俺に帰城するよう言うから」
「あー、そこね」
「イリニが俺が側にいてもいいと言ってくれたのは、本音ではなかった?」
「ううん、いてほしいよ?」

 あの時言ったことは本音。間違いなく。
 でも、結果が散々だった。弟殿下をああいう風に追い返せば、いずれまた誰かが来るだろう。
 その時、同じことを繰り返したくなかった。
 だからエフィの立場の為にも、シコフォーナクセーに保護されることを了承した。
 まあ、この保護を選んでしまうと、エフィはもう山の城には戻ってこないとは思うのだけど。
 私と一緒にいる必要がなくなってしまうから。

「その、つい最近父上に知られたから、もうイリニの保護は必要ないんだ。もちろん、今回の謁見はあった方が父上にとって助かるんだろうが」

 それもそうだろう。
 シコフォーナクセーの手札の一つになるし、使いようによってはパノキカトを手中に収めることも可能だ。王陛下が掲げた聖女の確保という命令は間違いない。にしても何を知られたんだろう?

「帰城を勧めるという事は、その、俺の事が嫌いになったのかと」
「エフィ勘違いしてる?」
「え?」
「まあ確かに住民票移動してエフィが一旦帰城しちゃうと、もう山の城で一緒にいられないかなあとは思ったんだけど」
「帰城してほしいんじゃない?」
「うん。エフィのことが嫌いになったとかじゃないよ」

 というか、直近きちんと好きって言ったじゃん。気兼ねない仲になりたいってお互い同じ気持ちだったわーって理解しあえたんじゃなかったの?

「魔力枯渇になるような争いごとを回避したいのが一番」

 エフィが真剣なまなざしで聞いている。
 やっぱり誤解してそうだから説明して正解かも。

「あとエフィが当初の王陛下の命をきちんとこなしたことを示したい」
「俺の為?」
「そう捉えてもいいけど」

 聖女的な思考でやろうと思ったんじゃないことだけは念を入れて話した。
 あくまで私がそうしたかったからと。
 エフィはどこか期待しているような光を瞳の奥に忍ばせつつ、「別れる為じゃないんだな」「俺を追い出す為じゃないんだな」と何度か聞いてきた。ので、きちんとエフィと一緒にいたい気持ちに変わりないことは伝えた。
 なんだかなー。真面目に言えば言うだけ恥ずかしいんだけど? 加えて帰城の話を持ち出しただけで、ここまで不安にさせて申し訳なくなってくる。

「私の為に色々してくれたから、もうエフィが苦しまないようにする為に、何かできないかなって考えて」
「イリニ」
「毎日信書を出して自分の部下にも手紙書いたりしてたの見てたしね」

 立場云々ならよく知っている。その立場の危うさから脱する手段が私の住民票移動なら安いものだった。それだけだ。

「エフィは大事なものがたくさんあるでしょ」
「え?」

 国から始まり、シコフォーナクセーの民に、エフィの家族、騎士の部下のことだって。

「エフィにとって、どれも大事なだけでしょ? 私は素敵なことだと思うけど」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。 「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」 ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。 「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」 メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。 そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。 「頑張りますね、魔王さま!」 「……」(かわいい……) 一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。 「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」 国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……? 即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。 ※小説家になろうさんにも掲載

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...