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47話 どうせ破滅しかないのだから道連れよ
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ぶわりと魔力が溢れる。
殴りそうになる右手を左手で抑えた。
「……つまり、セモツは十年以上前から……件の魔法薬を、作っ、て、各国に、スパイを送り……人で実験し、ていた、と?」
「ええ。全部殺したら支配後の労働力がなくなるでしょ? 死なないけど動けないぐらいにして、属国になった後は働いてもらう。そういう塩梅の調合は難しいんですって」
「……ははっ」
「ディーナ様!」
薬を使わなくても魔力暴走はあるのね。
いくら冷静に話を進めようとしても、笑ってみせても怒りがおさまらない。
だめだ。今のまま殴ったらバラバラになるなんて言葉じゃすまない。ヴォルムを助けた時に叩いた剣のように一発入るだけで人の、ルーラの身体が霧散するだろう。
それだけは避けないといけない。生きたまま裁くために生かす。生きたまま捕らえないとだめだ。
「ディーナ様!」
「あら? 何故そんなに自分を抑えるの?」
この期に及んで煽ってきた。
私が目的なら魔力暴走の末の戦闘不能を狙っているのだろうか。
「ディーナ様!」
右手を抑える左手にヴォルムの手が重なる。
「俺がいます」
「……ヴォルム」
「俺を頼って下さい」
ヴォルムの魔力が流れる。
前にあたたかいと言ったこの魔力は今この瞬間私にあたたかさを齎してくれた。
「ヴォルム」
「一人で抱えないで下さい。たとえそれが出来ても、俺に少し分けて下さい」
一人で割となんでもできてしまう。だから今までずっとひたすら進んでいった。学びは吸収してすぐにこなせてしまう自分が自慢だったし自分がやれればそれでいいと思っていた。
「仕事は周りに振れるんですから、ディーナ様の想いも俺に振って下さい」
「想い」
「そうです。母君が亡くなった時辛かったでしょう? 俺も一緒に悲しませて下さい」
「今?」
「はい」
遅くてもいいじゃないですかとヴォルムが私の瞳を射抜く。
「今、ディーナ様が十年前の気持ちと向き合うなら、俺も一緒に向き合います」
ああ、そっか。
私がヴォルムを好きなのは長年こうしたヴォルムの気持ちをなんとなく察していたからだ。
ここまではっきり言われたことはなかったけど、側にいてずっと寄り添ってくれた。
そこだ。そこが一番、私がヴォルムだけがいいと思える揺るがない部分。先に行ってもいつの間にか一緒に向き合ってくれる。
「……とても悲しかったのよ」
「ええ」
「柄じゃないのに」
「関係ありません。大切な人を失う時は誰でも悲しいものです」
「御母様が亡くなった時、泣けなかったの」
「今泣いてもいいですよ」
でも泣けなかった。久しぶりすぎて泣くということが分からないのもあるけど、なによりヴォルムの魔力があたたかくて泣く気持ちになれなかった。悲しい気持ちですら消えてしまう。これがヴォルムの魔力、ヴォルムだけの魔法ね。
「ううん、泣かない。でも……また思い出して泣きたくなるかも」
「その時は俺の腕の中で泣いて下さい」
「……甘やかしてくるわね」
「ええ。存分に甘えて下さい」
「はは」
頭に登った血がゆっくり下がる。こんなにあっさりできてしまうなんて現金なものね。
「……ヴォルム、大丈夫」
ゆっくり左手を離せばヴォルムの手も離れた。
しっかり瞳を見れば頷かれ、安心と共に確信できる。
「行ってくるわ」
「はい」
走り出せばいつも通りの速さだった。振りかぶってきたルーラの剣に拳を打ち込むと根本で折れる。想像通り、ちょうどいい身体強化だ。元に戻れた。感情をコントロールできている。いい感じね。
ルーラは折れた剣をすぐに捨て、短剣を出し突きの姿勢をとる。動く前に剣の持つ手を抑えた。がらあきよ。
「歯食いしばれ」
「っ!」
みぞおちに一発、空に向けて打ち込む。短剣を持つ手を抑えているから空に飛んでいくことなくとどまった。掴む手を引いて転がせ、上からさらに拳で叩く。
「…………殺さないの?」
「しませんよ」
くしくも床ドンのようになった。顔面に叩き込まず、顔のすぐ傍の地面が抉れただけ。
既に一発殴った。二発目はなくてもいいだろう。
「貴方の処遇はシャーリーが決めます。私の役目は捕らえるとこまでです」
王太子妃として。
家族として。
優しいけれど、仕事はきちんとこなせる子だ。
ドゥエツ側での処分が終われば、今回の騒動の件で国際裁判所行きになるだろう。当然その二つの断罪は私が介入するところじゃない。
「……はあ」
陰鬱な溜め息を吐きながら座りこむルーラの雰囲気が変わった。
「だからあなたは昔から嫌いだったのよ」
憎々しげに囁かれる。
いっそ死にたかった、ともとれる空気を感じた。
『まーまー。セモツの皆さんに残念なお知らせだぜ』
ヴェルディスの広域放送が流れる。なんだ、もう終わったの。
『勝利宣言だな。それぞれの場所での頭をとった。残党の皆さんは逃げてもいいぜ?』
「本当煽るわね」
「……どうせ」
「ん?」
座り込んでいたルーラがなにかを取り出した。
小さな羊皮紙。
そこに描かれた魔法陣が光る。
「どうせ破滅しかないのだから道連れよ」
「おや」
「ディーナ様!」
異変に気付いたヴォルムの手は届かなかった。
慣れた引っ張られる感覚に転移だと理解し、一度目を瞑る。目を開けた先は真っ白だった。
殴りそうになる右手を左手で抑えた。
「……つまり、セモツは十年以上前から……件の魔法薬を、作っ、て、各国に、スパイを送り……人で実験し、ていた、と?」
「ええ。全部殺したら支配後の労働力がなくなるでしょ? 死なないけど動けないぐらいにして、属国になった後は働いてもらう。そういう塩梅の調合は難しいんですって」
「……ははっ」
「ディーナ様!」
薬を使わなくても魔力暴走はあるのね。
いくら冷静に話を進めようとしても、笑ってみせても怒りがおさまらない。
だめだ。今のまま殴ったらバラバラになるなんて言葉じゃすまない。ヴォルムを助けた時に叩いた剣のように一発入るだけで人の、ルーラの身体が霧散するだろう。
それだけは避けないといけない。生きたまま裁くために生かす。生きたまま捕らえないとだめだ。
「ディーナ様!」
「あら? 何故そんなに自分を抑えるの?」
この期に及んで煽ってきた。
私が目的なら魔力暴走の末の戦闘不能を狙っているのだろうか。
「ディーナ様!」
右手を抑える左手にヴォルムの手が重なる。
「俺がいます」
「……ヴォルム」
「俺を頼って下さい」
ヴォルムの魔力が流れる。
前にあたたかいと言ったこの魔力は今この瞬間私にあたたかさを齎してくれた。
「ヴォルム」
「一人で抱えないで下さい。たとえそれが出来ても、俺に少し分けて下さい」
一人で割となんでもできてしまう。だから今までずっとひたすら進んでいった。学びは吸収してすぐにこなせてしまう自分が自慢だったし自分がやれればそれでいいと思っていた。
「仕事は周りに振れるんですから、ディーナ様の想いも俺に振って下さい」
「想い」
「そうです。母君が亡くなった時辛かったでしょう? 俺も一緒に悲しませて下さい」
「今?」
「はい」
遅くてもいいじゃないですかとヴォルムが私の瞳を射抜く。
「今、ディーナ様が十年前の気持ちと向き合うなら、俺も一緒に向き合います」
ああ、そっか。
私がヴォルムを好きなのは長年こうしたヴォルムの気持ちをなんとなく察していたからだ。
ここまではっきり言われたことはなかったけど、側にいてずっと寄り添ってくれた。
そこだ。そこが一番、私がヴォルムだけがいいと思える揺るがない部分。先に行ってもいつの間にか一緒に向き合ってくれる。
「……とても悲しかったのよ」
「ええ」
「柄じゃないのに」
「関係ありません。大切な人を失う時は誰でも悲しいものです」
「御母様が亡くなった時、泣けなかったの」
「今泣いてもいいですよ」
でも泣けなかった。久しぶりすぎて泣くということが分からないのもあるけど、なによりヴォルムの魔力があたたかくて泣く気持ちになれなかった。悲しい気持ちですら消えてしまう。これがヴォルムの魔力、ヴォルムだけの魔法ね。
「ううん、泣かない。でも……また思い出して泣きたくなるかも」
「その時は俺の腕の中で泣いて下さい」
「……甘やかしてくるわね」
「ええ。存分に甘えて下さい」
「はは」
頭に登った血がゆっくり下がる。こんなにあっさりできてしまうなんて現金なものね。
「……ヴォルム、大丈夫」
ゆっくり左手を離せばヴォルムの手も離れた。
しっかり瞳を見れば頷かれ、安心と共に確信できる。
「行ってくるわ」
「はい」
走り出せばいつも通りの速さだった。振りかぶってきたルーラの剣に拳を打ち込むと根本で折れる。想像通り、ちょうどいい身体強化だ。元に戻れた。感情をコントロールできている。いい感じね。
ルーラは折れた剣をすぐに捨て、短剣を出し突きの姿勢をとる。動く前に剣の持つ手を抑えた。がらあきよ。
「歯食いしばれ」
「っ!」
みぞおちに一発、空に向けて打ち込む。短剣を持つ手を抑えているから空に飛んでいくことなくとどまった。掴む手を引いて転がせ、上からさらに拳で叩く。
「…………殺さないの?」
「しませんよ」
くしくも床ドンのようになった。顔面に叩き込まず、顔のすぐ傍の地面が抉れただけ。
既に一発殴った。二発目はなくてもいいだろう。
「貴方の処遇はシャーリーが決めます。私の役目は捕らえるとこまでです」
王太子妃として。
家族として。
優しいけれど、仕事はきちんとこなせる子だ。
ドゥエツ側での処分が終われば、今回の騒動の件で国際裁判所行きになるだろう。当然その二つの断罪は私が介入するところじゃない。
「……はあ」
陰鬱な溜め息を吐きながら座りこむルーラの雰囲気が変わった。
「だからあなたは昔から嫌いだったのよ」
憎々しげに囁かれる。
いっそ死にたかった、ともとれる空気を感じた。
『まーまー。セモツの皆さんに残念なお知らせだぜ』
ヴェルディスの広域放送が流れる。なんだ、もう終わったの。
『勝利宣言だな。それぞれの場所での頭をとった。残党の皆さんは逃げてもいいぜ?』
「本当煽るわね」
「……どうせ」
「ん?」
座り込んでいたルーラがなにかを取り出した。
小さな羊皮紙。
そこに描かれた魔法陣が光る。
「どうせ破滅しかないのだから道連れよ」
「おや」
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