黒猫は闇に泣く

ギイル

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第1章 黒猫の友人

お茶会

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時計の針は午前零時を指していた。
夜も次第に濃くなり始め人々も寝静まり始める時間。
「今日は随分と早い時間に始めるんだね」
到着を告げるように刻は言った。
議会に行くと偽りやって来たのはギルドルークスの本部基地、紅茶の香りが仄かに漂う廊下の奥の一室。
変死事件から定期的に開催されるこじんまりとしたお茶会は、招かれた人間のみが入ることを許される。
この部屋に辿り着けるのは思考系能力者のみ、そう決まっていた。
「今回は辿り着けたのは三人・・・か」
収集方法は簡単で、心の中で「おいで」そう呼びかけるだけだ。
能力者は大きな属性そしてその次に部類と個々人によって枝分かれするのだが、その収集は思考系能力という属性の人間のみ受信が可能だ。
言い換えれば思考系能力者でしかその収集は受け取れない。
更に今回はその収集を微弱なものとし、人数を最小まで絞り込んだのだ。
「少ないな」
「仕方ないです」
本日の紅茶は甘みの強いアップルティーだ。
「強くなれる思考系能力者はレアだからね」
刻の言葉に三人は顔を見合わせた。
思考系能力は他人の心が全て覗けてしまうため気が狂いそうになると誰もが言う。
それ故か自ら能力を捨ててしまうか自ら命を絶つという選択をすることが多い。
「そうなると必然的に俺たちの中の誰かが犯人になるな」
不意に言い放たれた言葉。
核心を突いたリヒトの言葉を刻は軽く受け流す。
グラスは依然として動じていない。
例えこの中の誰かが犯人であっても両者共にどうでもいいのだとリヒトには感じられた。
「で、何か手がかりは?」
「ないね。尻尾さえも掴ませてくれない」
お手上げといったように刻は手をひらひらと降る。
リヒトも口を噤むところからして何も掴めていないようだ。
「議会でさえもまだ気がついていないようですしね」
身内の犯行だからこそ気づけるといったところだと言っているようだった。
積まれた角砂糖に刻はそっと手を伸ばした。
「今回の議題は?」
「記念すべき第三回にしてようやく事件の本質ってね」
変死事件の被害者の死因は様々だが不審なまでに自然な死に方をしていることは議会も薄々感づいていた。
解剖のうえで外から攻撃を受けたわけでも内から攻撃をされたわけでもない。
「もし貴方ならどう殺しますか?」
グラスは刻に問いかける。
刻は躊躇することなく口を開いた。
「俺なら人形技師マリオネットを使うね」
それぞれ人は自分の技に名前を付ける。
人形技師マリオネットとは一種の思い込ませの能力であり、その能力は人間の脳に直接作用してしまうもの。
例えば自分は死んだと脳に思い込ませると、そのまま身体は自然と死んでいく仕組みだ。
これは良いように使えば医学に使えるとされているが、悪用されれば甚大な被害を与えるとされ禁忌能力の内の一つとされていた。
「まあ、それを扱えるのはS級ルークだがな」
議会内で確認されているの生存者のS級ルークはソラスのみであり、他のギルドマスター達はA級ナイトとなっている。
三人は全員サブギルマスだけあってA級だが、ソラスやギルマス達には到底及ばないA級ビショップ。だ。
つまり人形技師マリオネットを使うには必然的に力不足なのだ。
人形技師マリオネットってさ、原理は証明されてるけど実践した人間っていないんでしょ」
「そうなるな」
「だったら今まで誰も出来なかった事を可能にした能力者が出てきたってことだね」
不意にリヒトがカップを置いた。
新たなS級ルークの誕生を知った今、呑気にお茶を飲んではいられない。
リヒトは議会に情報を伝達するべく固定電話に手を伸ばした。
基本的に同じ能力者には能力は効かないとされているが、自身より強い相手には能力は押し負けるという法則がある。
思考系能力者が犯人であるとなると盗聴される可能性のある脳内伝達よりも、固定電話の方が安全なのだ。
「止めといた方がいいよ」
ダイヤルを回そうとした時、刻が呟いた。
リヒトは咄嗟に手を止め振り返る。
二人の視線を受ける刻はさも気にも留めていない装いでお茶を飲んでいた。
「どういうことだ」
問いかけに答える事なく刻は笑った。
不意にグラスが察したように眉を寄せた。
「議会に裏切り者がいるのですか?」
「裏切り者じゃないけど・・・」
言葉を濁す刻。
その視線はリヒトに向けられた。
「なんだ、俺が犯人だとでも言うのか」
「そうじゃないよ」
「言っておくがお前の方が怪しいのは分かっているのか」
噛み付くようにリヒトは言う。
グラスは止めに入る事なく様子を伺っているようだった。
座れと刻が手で招く。
リヒトは受話器をそっと戻しソファに腰掛けた。
「あんたには悪いんだけど・・・ソラスが何か企んでるっぽいよ」場の空気が凍りついたように固まった。
冷静なグラスに対しリヒトは大きく目を見開いていた。
「嘘だ!ソラス様はそんな事をする方じゃない!」
お茶をひっくり返す勢いでリヒトは刻につかみ掛かった。
刻の目は何も映さずリヒトを見つめていた。
グラスはため息を一つ吐くと、着席を指示した。
「ソラスと聖教会、特に師匠が何か企んでる。罪の子について調べまわっているみたい」
リヒトが力なく刻から手を離した。
「罪の子・・・」
心当たりのあるような素振りを見せるグラス。
視線が集まるのをグラスは感じた。
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