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精霊暴走編
第12話 春の精霊祭を開催しましょう!!
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精霊達により外はすっかり暖かな春の陽気に包まれていた。
寂しかった通りにも沢山の人々が行き交い、明るい声がここまで聞こえてくる。
私達はお城の一角で城下町を眺めていた。
「……ちょっとやりすぎじゃない?」
「そんなことないぞ!!桜と言うのは素晴らしいな!!」
「フレディー……多いと思うぞ?」
「そうだよね……」
目下。城下町の通りという通りに、桜がにょきにょき生えてきている。
文字通りぴょこんと小さな芽が出たと思ったら、それはあっという間に大木へと成長して満開の花を咲かせていた。
大地を司る森の精霊が桜を生やしているのだ。
狭い路地にまで桜が生えているので、場所によっては道がふさがり非常に迷惑なことになっている。
上から見ると街はピンク一色だ。
子供達はきれい!!また生えた!!と下を見下ろしながらとても楽しそうだが、私としては街行く誰かが桜に串刺し…もしくは吹っ飛ばされそうで気が気でない。
(散ったあと掃除が大変なんだよ?…おまけに)
「夏になったら毛虫がいっぱい落ちてきそう…」
桜並木の道は夏になれば毛虫ロードとなる。
地面には落ちた毛虫と踏まれてつぶれた毛虫の跡、上には今にも落ちそうなぶら下がった毛虫に毛虫によって食い荒らされたぼろぼろの葉っぱ、そして夜には外灯の明かりに群がる毛虫の親達…
少なくとも私は毛虫全盛期の期間だけその道を避けて歩いていた。
「何!!毛虫!!毒はあるのか!?」
「あるよ。死にはしないけど、腫れるしスッゴク痒くて大変なんだよ」
(そう言えば小学生の頃、毛虫を手のひらに乗せて遊んでる男の子いたな)
その子が言うには緑の毛虫は大丈夫で、茶色のモジャモジャは危険なんだそうだ…。
(手に乗せるとか…私には理解できん!絶対無理!)
「それなら駆除した方がいいかもな」
「それがいいと思うよ?ボタボタ落ちて来るから…」
「そうか、なら虫対策も考えなければな。で、大きさはどの程度なのだ?」
「馬ぐらいはあるんじゃないか?森にいる奴らはそれくらいだろう」
「はっ?」
「やはりそうか。なら虫専門の討伐隊を編成し、体液で街が汚れた時のために専門の掃除屋を用意したほうが良さそうだな」
「この調子で樹木が増えるならできるだけ早い方がいいだろうな。俺も知り合いに声をかけてみよう」
私はただ唖然と二人の話を聞いていた。
(馬くらいの、毛虫…?)
ちょうど良く荷物を運んでいる馬車が目に入った。
こちらの馬は本当に綺麗で優美だなぁなんて思いつつあれくらいの毛虫が桜の幹に張り付いている姿を想像して見る…
(…ひぃぃぃ。二人の話からするとそんなのが存在するって事よね?…こんな世界嫌だぁ)
ぞぞお~と寒気が体を走り、一瞬で鳥肌がたった。
「そ、そんなに大きくないから!毛虫がどんなに頑張っても親指くらいの大きさだから!…きっと」
しかしながらここは私の常識が通用しない異なる世界。
本当にそのときになれば、馬サイズの毛虫が街をかっ歩しているかもしれない。
「そうなのか?なら、特別何かする必要もないか?」
「いや、待て。ぼたぼた落ちてくると言ったな。小さい虫は集団で獲物を襲う習性があるやつが多い。何十万もの毛虫に襲われれば血肉を食い荒らされ助からないぞ」
(何十万って…血肉、食い荒らされって…。もうやだ…帰りたい)
私の知識にある毛虫は落ちてくるのは多くても2、3匹、よっぽど風の強い日なんかはいっぺんに落ちてくるかもしれないが…こちらの毛虫は肉食らしい。
夏に無惨な葉っぱを見なくて済むことになりそうだけど、変わりに街から人が消えそうだと思った。
フレディとルゥが対策を講じうんうん頷いている間も下では桜の木がどんどん増えていっている。
(さすがにちょっと増え過ぎよね?毛虫が嫌だからじゃないからね?)
桜の花の隙間から覗き見ると、歩きづらそうな人達が右往左往している。
「はぁ。もう…」
私は短く精霊歌を歌い大地の精霊を呼び出した。
何処からともなくふわりと現れた彼はご機嫌な様子で顔を綻ばせていた。
《あ~こんにちわ。どうですか?なかなか綺麗でしょ~?》
「こんにちわ、うん。綺麗なんだけどね。半分減らして紅葉を間に少し入れてくれる?」
《はぁ、紅葉は秋ですよね?》
「うん、このままだと春しか楽しめないよ?交互に植えといたらどうかな?数は減らしてね?」
《なるほど~!!それは素敵ですね~了解ですよ》
そう言って大地の精霊は、桜を増やしている森の精霊に何か合図を送ると、ズボボボっと桜が大地に呑まれていき、代わりにモミジがにょきにょき生えてくる。
(うわぁ…絵的に災害よねでも…毛虫が
増えるより!……モミジって毛虫いないよね?いたらどうしよう…)
にょきにょきと生える樹木、これがあちこちの町や村で起こっている。
幸い国からの御布令により、市民には大きな混乱はなかったけれど。
(わかってても怖いよこれ。なんで誰も気にしてないの?)
順応力が高い国民性なのか、それとも精霊や巨大な毛虫が存在するような世界だからか…驚くほどみなさん素通りしている。
しかも生えてくる場所が分かるのか見事に避けて歩いていらっしゃる。
(生えたり引っ込んだりしてるんですよ~!なんで驚かないんですか~!)
今では平和の象徴と化した淡い桃色の花が増えれば喜んでいる始末。
(ようやくまともに外に出られたんだから無理もないのかな?……と、いうことにしておこう)
桜やまだ黄緑の紅葉を見ていると不思議と心が落ち着く感じがした。
(変なの…全く違う町の風景なのになんか穏やかな気持ちだなぁ。風も気持ちいいし!)
毛虫と毛虫で盛り上がっている二人をスルーし、自分の中から完全抹消しようとする私。
「お花見したいなぁ~」
満開に咲く桜を眺めながらぽつりと言うと、お花見という言葉に反応した面々が一斉にこちらに向いた。
「花見!?あの映像で見たやつか!!ですか!!」
「え、う、うん」
ルゥとフレディーだけでなく、精霊達までもが食い付いてきた。
季節、四季について話した後、何かに引きずられて行ったフレディーは生還を果たし、夜には戻って来ていた。
その時に四季折々の映像を見てもらっていたのだ。
ぼんぼりが吊るしてありその下でレジャーシートや蓙、赤い絨毯を敷いてご馳走やお酒を振る舞う。
夜にはぼんぼりが優しい光を放ち、夜桜を楽しめた。
「夜桜を眺めながら、淑やかにお酒飲むのも、ワイワイ騒ぐのも好きだなぁ」
「…となると祭りか!!うむ。精霊の暴走を聖母が治めた事を、国を挙げて祝うべきだな!!」
「それはいいな!!まだ不安に思ってる市民も、安心するだろう」
「え……」
(いや、それ困る!……聖母、確実に定着するじゃない!でも、お祭りは賛成です!)
「ねぇフレディー、聖母がってとこは抜きでお祭りしようよ。ね、ね?」
「ん?何を言っているんだカリンは。そこは大々的に発表するべきだろう?」
「そ、そんなぁ。じゃあ、国民の前で王様に謁見とかしてありがた~いお言葉を頂戴したりするイベントが発生したりするのね……」
私の言葉に二人が固まった。
(えっ?何?変な事言った?お決まりな感じで、王様が国民の前でこの方が我が国を救った聖母だ!とかやるんじゃないの?……イヤだけど)
「カリンはそういうことがしたいのか?」
「いえ、むしろ御免被りたいです」
「……陛下は?」
ルゥが言った。
「相変わらずだ。部屋から出て来なくなって、今年で11年目か…?」
「へ?」
(…なんですとー!!!?)
「じゃっじゃあ、政務とかどうなってんの!?それで国を治められるの!?」
「陛下の替わりを全部こいつがやってる。毎回言うが、桜を眺めてる暇などないはずだぞ?」
呆れたように言ったルゥにフレディーはカラカラと笑った。
(…笑い事じゃないよ!!)
「なっなんで、王様は引きこもっちゃったの?」
聞いてもいいのだろうかと内心思ったが、それにも何の気にもせずこう言ったのだ…
「結婚を誓った愛しい女性にフラれてね」
(へっ?)
「それ以来部屋から出て来なくなっちゃってね。あ~大丈夫だよ!ご飯はしっかり食べてるから!」
(…えっ??)
「まったく、兄上もいい加減立ち直ってくれないと、私が遊びに行けないじゃないか!困った兄だよ本当」
「えぇぇぇー!!」
(王様、失恋で10年引きニートぉ~!!何やってんですか王様!!えっ?ちょっと待って?引きニート歴10年ってことは…)
「……フレディー歳、いくつなの?」
「今年で18だが?」
「おっ王様は?」
「兄上は29だったか?」
同意を求めるようにルゥの顔を見ると、困ったように頷いた。
(結構、年離れてるのね。えっとじゃあ…7才くらいの子供が国を背負うことになったの?それはないよね?さすがにお父さん、前の王様がいるはずだよね)
「フレディーのお父さん、前の王様は?」
「兄上に政務を任せられて母上と共に、世界!愛の逃避行旅!!…に出かけられて、未だ帰って来られてないな」
(なんじゃそりゃー!!)
「じゃあ、7才の頃から王様の替わりをしてきたってことはないよね?他に誰か…」
「いや、やってることは今と大してかわらない。私には優秀な友や宰相が居たからな。まぁ、一番優秀なのは私だろうが!!」
そう言って面白可笑しく笑うフレディー。
「わ、笑えない…」
「というわけで…カリン」
フレディーはいつの間にか私の両手を握りしめていた。
(ん?)
「私の妻にならないか?」
「は、…い?」
(どういうわけよ~!!)
ズイッと顔が近くなりそして、ハートが乱舞する。
(…するなー!!)
私が舞い上がるハートを気にしている内に、ルゥがベリッっとフレディーから離し、私を庇うように間に入った。
「なんのつもりだ」
「聖母と王族の結婚。政治的に考えても良いだろう?」
その言葉にルゥは睨んだ。
政略的な結婚、一度はルゥに対してもそんなふうに思ったことはある。
だけどルゥの言葉も想いも真っ直ぐで、そんな風に思ったこと少し後悔した。
「カリンを利用するような事は絶対させない」
「ルゥは怖いなぁ。でも、彼女の事は本気だよ?」
「たとえお前でもカリンは渡さない」
(えっと、何でこうなった?)
「落ち着こうよ!そんな話はどうでもいいから!今はお祭りの話でしょ?」
(もう引きこもってる王様どうでもいいから、お祭りの話に戻ってほしい)
ねっ?と微妙な笑顔を二人に向けると、仕方ないなという顔が返ってきた。
(なんで?私が悪いの!?納得いかない!…けど、ここは我慢よ)
「そういえば、あのぶら下がってた、明かりはなんだ?」
「ぼんぼり?提灯とか行灯とか色々呼び方あるけど…それがどうかした?」
「作れるか?」
「折り紙なら…」
妙に真剣な眼差しのフレディーに私は少し困惑しながらも答えた。
子供と七夕飾りに作った事はある。
本物はよく知らない、たぶん和紙は使うんじゃないかなぁというくらいの記憶力。
「折り紙?」
「紙細工って言えばいいのかな?本物は作れないよ?」
「紙があれば良いのか?」
「のりも」
フレディーは侍女を呼び、紙とのりを用意して、作ってくれと言った。
それを見本にして、職人さんに似たようなものを作らせるんだと張りきっている。
紙を折り、六角形の筒を作って、もう一枚の紙を縦に折り、細長い6枚の紙を作る。それを、筒の上下にのりで貼って、完成!!
「こんな感じ?」
「へぇ~器用だな」
「よし、これをランプ職人の元へ持っていき、この形でランプを作るよう頼んで来よう!!」
そう言ってフレディーは、足早に部屋を出ようとしていた。
「ちょっと待てフレディー。お前が行くつもりだろう?」
ルゥは何とも言えない呆れた顔で、フレディーの左手を、ガッシリつかんでいた。
「……ルゥよ。いつも思うが、お前は俺の心が読めるのか?」
「毎度毎度、同じことを繰り返していたら、嫌でも分かる!!!!」
「ルゥが私の妻のようだな!」
「フレディー!!」
「ははは、冗談だ!!」
フレディーは笑いながらルゥの手を解き、部屋から出ていった。
その右手にはしっかりと、さっき作った紙のぼんぼりを持って。
「逃げちゃったよ?」
「ほっとけ!あいつ仕事はしっかりやるはずだ」
「へぇ~信用してるんだね」
「王になるかも知れないやつを信じられなくてどうする」
(ごもっともです)
何だかんだ言っても小さい頃からの友達だって言ってたから、分かりあってるんだろう。
バターン!!
突然乱暴に扉が開かれ、丸メガネに長く引きずったローブを着た、ダサダサダボダボな短髪黒髪の男性が表れた。
「殿下ぁぁ~!!………あれ?」
私もルゥも子供達も、視線が男性に集中した。歳は、30代前半といった所だろうか?
「フレディーなら逃げたぞ」
「そっそんな……」
男性はその場に座り込み愕然としていた。
「ルゥ!!貴方が居ながらどうして、どう~して捕まえてくれなかったのですか!!」
(なっ泣いてる)
滝のように大粒の涙を流しながらワナワナと震える男性。
「あいつが逃げるのはいつもの事だろ?」
ルゥがそう言うと顔を上げキッ!!と睨んくる。
(うわぁ)
「それでも王弟護衛騎士団、隊長ですか!!」
そういえば初めて会った時そんな事言ってたような気がするが、あの時の私には必要のない情報で聞き流していたかもしれない。
(隊長なんだ)
おそらくフレディー直属の騎士団か何かなんだろうけど、肝心のフレディがあんな感じだったら護衛するほうは大変だろう。
(ところで…この人誰?)
悲しくも王弟殿下フレディーの犠牲になってる一人、だということは理解出来た。
「だっ誰?」
「宰相のザニーニ=バディストだ」
(宰相?この人が?)
「だ、ダンディーじゃない……」
宰相って言ったら怖そうな悪役おじさんか、イケメンダンディーなおじ様ってイメージがあったんだけど…目の前の彼はダンディーからは程遠いダサダサ君だった。
「何にがっかりしてるだお前は」
「だって…あぁ~乙女ゲームだったら素敵なおじ様が手をとって眩しいばかりの爽やか笑顔でお茶とか誘ってきて……」
「ほう、それで?」
少しだけルゥの顔が歪んだ気がした。
「それで、紅茶、うん珈琲もいいな。カップ片手に飲みながらお茶菓子を取ろうとしたら手と手が触れあってあっ…!みたいな!」
「ふ~ん、で?」
さらに引きつるルゥの顔。
「引っ込めようとした手を握りめられ、戸惑っている間にジッと見つめられて…きゃっ!いやもうよだれで、るわ……えっと…あはは。恋愛小説的な王道の一つ、でね?…ルゥ、さん怖いよ?」
乙女ゲームなんて無いだろうし、こっちじゃたぶん本の類い、書物とか読み物で小説なんかの物語があると思う。
特に子供に聞かせるような寝物語や恋愛小説なんてどの時代、世界でも大してかわらないだろう…と思うのだけど、何故かルゥは明らかに怒っている。
(えっと、なんで怒ってらっしゃるの?)
例え話、架空のお話。
もっと言えば私のお花畑な頭が作り出した妄想なのだけれど…現実の私の好みと受け止められてしまったのかもしれない。
「あ、あのねルゥ。今の話は例え話なの、架空の存在しない小説のお話なの。別にザニーニさんが好みとかいう話じゃないから。あ~もう!今あったばかりでしょ!全然好みじゃないよ!それに私はダンディーなおじ様の話をしたのであって、宰相があんなのだったからがっかりしたというか。私の夢を返せ!みたいな感じで…」
「年上の方がいいか?」
拗ねた様子のルゥの表情が少し陰ったような気がした。
「そう言う年の話じゃなくて。小説、本だよ本!物語とかの話をしてるのよ!そりゃあ、おじ様イケる口かと問われれば美味しく頂けます!けど、私の好みは中性的な可愛い系の男の子……ってそうじゃなくて!何を言わせるの!」
「俺は可愛いくはないぞ」
(すねてる…)
「現実と本の好みは違うよ」
何故こんな訳のわからない不毛な話をしなきゃいけないのだろう。
いつもなら「カリン!」とかってルゥが呆れたような顔して、え~だって~みたいな感じで終わるのに、今のルゥは完全にすねている。
どうしようかと言葉を探していると、ゆら~とした影が背後を横切った。
ゾクリとした悪寒が今までにない身の危険を感じて、何かを考えるより早くルゥの背に隠れてしがみついていた。
「はぁ~」
落ちてきたため息に慌てて離れようとするとルゥの腕が私の腰をしっかりと引き寄せていて離れることは叶わなかった。
「大丈夫だ」
恐る恐るルゥの顔を見上げれば、彼の視線は私ではなく前方を真っ直ぐ見つめている。
「おい、ザニー。それをやめてくれ、カリンが怯えてる」
(へ?)
見るとゆらゆらとした黒いものがザニーを呑みこむようにまとわりついていた。
(な、なにあれ。ネクロマンサーみたい…)
良く見るとそれは一度見たことがあった。
「フレディーが引きずられて行ったやつ?」
「ああ」
ゆらゆらと揺れるそれはぶつぶつと何かを呟いているザニーの周りを生きているように動き待っている。
「どうして、私ばかりが大量の書類に埋もれて、永遠と終わらない仕事を、しなければならないのですか!!」
(キレた!!)
「ザニーは追い詰められるとああなる。どうりでフレディーが大人しかったわけだ」
「あれで大人しかったんだフレディー」
「あっさり引き下がったからな。逃げる時間が惜しかったんだろう」
遠い目でネクロマンサー化したザニー宰相を傍観していると影がゆっくりと彼の体の中に収まっていき、崩れるようにまた泣き出した。
「それと言うのも……全部テオのせいです!!だいたい!!女性にフラれたぐらいで、なんですか!!この国の王なんですよ!!いくらでも結婚相手など、近隣諸国にいるんですから、さっさと新しい女性を、娶ったら良いじゃないですか!!それを、いつまでも『彼女以外を愛せない…』などとカッチョ良く言ったりして…あぁぁ~!!もう!!少しは私や回りにど・れ・だ・け迷惑かけているか考えて欲しいものです!!フレディー殿下も殿下です!!政務を放り出して下の者に任せれば良いようなことを、自分でないと駄目だと訳の分からない事を言っては、城を抜け出して!!さらには…!!」
「ち、ちょっと待て!!落ち着けザニー!!」
(やばい!これ以上は!!)
慌ててルゥが止めに入った時、一瞬心臓を鷲掴みされたような恐怖が全身を走っていった。
(な、なに?今、なんか…)
「大丈夫か?カリン」
「え、あ、う、うん」
ぺたりと座り込んだ私を、ルゥは包み込むように抱きしめると優しく頭を撫でてくれた。
(あ、れ?体、震えてる…)
「カリン大丈夫だ。おい!ザニー!いい加減にしてくれ!」
「……ゼェゼェ。も、申し訳ありません」
小一時間後、私の震えが止まりザニー宰相が落ち着いた頃、やっとまともに会話ができたのだった。
「えっと…苦労なさってるんですね」
「そうです!!そうなんです!!貴女は分かってくださりますか!!」
(また泣いてる…フレディー仕事してあげて…)
「ところで、どちら様でしょう?」
(今さらですか!!)
「えっと。カリン、コバヤシです。一応聖母やってます」
こっちに来て、初めて名前逆さまにして言った。
「えっ?聖母!!貴女が精霊を静めて下さったのですね!!申し訳ありません、失礼をしてしまいましたね」
そう言って、照れながら頭を掻く宰相はなんだか可愛いかった。
「改めまして、私はザニーニ=バディストと申します。気軽にザニーと呼んで下さい。……ところで、陛下とお見合いしませんか?」
「はっ?」
(何でそうなる!!)
「断る。カリンは俺の女だ!見れば分かるだろう!!」
(どいつもこいつもカリンをそんな目で見やがって!あ~胸くそ悪い!)
(へっ??…見て分かるもんですか???)
ザニーは私の胸元を見ると「あ~!!すいません!!気づきませんでした!!」と頭を下げた。
(なんで???)
何か付いているんだろうかと衣服を確認してみるけど特におかしな所は見当たらなかった。
「とりあえず、フレディーはランプ職人の所だろう」
「何故、殿下がそんな所に…」
ルゥはテーブルを指差した。
子供達は残りの紙でぼんぼりを作っていた。
「これは?」
「ぼんぼりだよぉ~」
アンちゃんがちょっと形の崩れたぼんぼりをザニーに手渡した。
「へぇ~!!紙細工ですか?まだ小さいのに上手ですね!」
「それを、ランプに出来ないか聞きに行ったんだよ」
「それくらい下の者に任せて下さい……」
(あはは……デスヨネ)
仮にも王子様がする事じゃないです。
「はぁ~、仕方ありません!!私が迎えに行きます!!」
「えっ!?それこそ人に任せても…」
「大変お邪魔して仕舞いましたね。では失礼します。殿下ぁぁぁ!!」
「………」
「いつもの事だ。ほっとくとザニーは仕事が終わるまで、机にカジリついてるからな」
「良いことなんじゃないの?」
「……仕事が終わればな」
(…終わらないのか)
「だからぶっ倒れる前にフレディーが城を抜け出して、ザニーが追いかけるという事を毎回やってる」
フレディーはザニーの事を心配してやっている所もあるのかもしれない。
「まぁ殆ど自分の息抜きだろうな」
(……フレディー、やっぱり仕事しよう)
「カリン」
「わっ!な、なに?」
唐突に後ろから抱きしめられ耳元で名前を呼ばれて、私は体を硬直させた。
「さっきは悪かった」
「え、うん。私もごめん。妄想は口に出さないようにする」
「クっ!なんだよそれ」
(うわぁぁ耳元で笑わないで喋らないで!)
「お、怒ってない?」
「ただの八つ当たりだ。気にするな」
「う、うん???」
ちゅっという水気を含む音と共にルゥの唇が耳に落とされた。
ビクリと震える肌に柔らかな感触が何度も繰り返され耳たぶをかぷっと食まれた。
「ひゃ!る、ルゥ!」
驚いて振り返るとルゥの楽しそうな顔が目に入り、思わず見とれてしまう。
「顔真っ赤。お前、ほんと可愛いな」
「~~~~っ」
(く、悔しい…私ばっかり!)
振り回されっぱなしの感情に、決して敵わないであろうこともわかっている。
私は近づいてくるルゥの気配にゆっくりと目を閉じ、落とされる甘い柔らかなそれを受け入れた。
「……」
「……」
じぃぃぃ。
じぃぃぃ。
「仲よしだね」
「なかよしぃ」
子供達の声に私の顔はさらに真っ赤に茹で上がり、そんな私にルゥは笑いを堪えていたのだった。
寂しかった通りにも沢山の人々が行き交い、明るい声がここまで聞こえてくる。
私達はお城の一角で城下町を眺めていた。
「……ちょっとやりすぎじゃない?」
「そんなことないぞ!!桜と言うのは素晴らしいな!!」
「フレディー……多いと思うぞ?」
「そうだよね……」
目下。城下町の通りという通りに、桜がにょきにょき生えてきている。
文字通りぴょこんと小さな芽が出たと思ったら、それはあっという間に大木へと成長して満開の花を咲かせていた。
大地を司る森の精霊が桜を生やしているのだ。
狭い路地にまで桜が生えているので、場所によっては道がふさがり非常に迷惑なことになっている。
上から見ると街はピンク一色だ。
子供達はきれい!!また生えた!!と下を見下ろしながらとても楽しそうだが、私としては街行く誰かが桜に串刺し…もしくは吹っ飛ばされそうで気が気でない。
(散ったあと掃除が大変なんだよ?…おまけに)
「夏になったら毛虫がいっぱい落ちてきそう…」
桜並木の道は夏になれば毛虫ロードとなる。
地面には落ちた毛虫と踏まれてつぶれた毛虫の跡、上には今にも落ちそうなぶら下がった毛虫に毛虫によって食い荒らされたぼろぼろの葉っぱ、そして夜には外灯の明かりに群がる毛虫の親達…
少なくとも私は毛虫全盛期の期間だけその道を避けて歩いていた。
「何!!毛虫!!毒はあるのか!?」
「あるよ。死にはしないけど、腫れるしスッゴク痒くて大変なんだよ」
(そう言えば小学生の頃、毛虫を手のひらに乗せて遊んでる男の子いたな)
その子が言うには緑の毛虫は大丈夫で、茶色のモジャモジャは危険なんだそうだ…。
(手に乗せるとか…私には理解できん!絶対無理!)
「それなら駆除した方がいいかもな」
「それがいいと思うよ?ボタボタ落ちて来るから…」
「そうか、なら虫対策も考えなければな。で、大きさはどの程度なのだ?」
「馬ぐらいはあるんじゃないか?森にいる奴らはそれくらいだろう」
「はっ?」
「やはりそうか。なら虫専門の討伐隊を編成し、体液で街が汚れた時のために専門の掃除屋を用意したほうが良さそうだな」
「この調子で樹木が増えるならできるだけ早い方がいいだろうな。俺も知り合いに声をかけてみよう」
私はただ唖然と二人の話を聞いていた。
(馬くらいの、毛虫…?)
ちょうど良く荷物を運んでいる馬車が目に入った。
こちらの馬は本当に綺麗で優美だなぁなんて思いつつあれくらいの毛虫が桜の幹に張り付いている姿を想像して見る…
(…ひぃぃぃ。二人の話からするとそんなのが存在するって事よね?…こんな世界嫌だぁ)
ぞぞお~と寒気が体を走り、一瞬で鳥肌がたった。
「そ、そんなに大きくないから!毛虫がどんなに頑張っても親指くらいの大きさだから!…きっと」
しかしながらここは私の常識が通用しない異なる世界。
本当にそのときになれば、馬サイズの毛虫が街をかっ歩しているかもしれない。
「そうなのか?なら、特別何かする必要もないか?」
「いや、待て。ぼたぼた落ちてくると言ったな。小さい虫は集団で獲物を襲う習性があるやつが多い。何十万もの毛虫に襲われれば血肉を食い荒らされ助からないぞ」
(何十万って…血肉、食い荒らされって…。もうやだ…帰りたい)
私の知識にある毛虫は落ちてくるのは多くても2、3匹、よっぽど風の強い日なんかはいっぺんに落ちてくるかもしれないが…こちらの毛虫は肉食らしい。
夏に無惨な葉っぱを見なくて済むことになりそうだけど、変わりに街から人が消えそうだと思った。
フレディとルゥが対策を講じうんうん頷いている間も下では桜の木がどんどん増えていっている。
(さすがにちょっと増え過ぎよね?毛虫が嫌だからじゃないからね?)
桜の花の隙間から覗き見ると、歩きづらそうな人達が右往左往している。
「はぁ。もう…」
私は短く精霊歌を歌い大地の精霊を呼び出した。
何処からともなくふわりと現れた彼はご機嫌な様子で顔を綻ばせていた。
《あ~こんにちわ。どうですか?なかなか綺麗でしょ~?》
「こんにちわ、うん。綺麗なんだけどね。半分減らして紅葉を間に少し入れてくれる?」
《はぁ、紅葉は秋ですよね?》
「うん、このままだと春しか楽しめないよ?交互に植えといたらどうかな?数は減らしてね?」
《なるほど~!!それは素敵ですね~了解ですよ》
そう言って大地の精霊は、桜を増やしている森の精霊に何か合図を送ると、ズボボボっと桜が大地に呑まれていき、代わりにモミジがにょきにょき生えてくる。
(うわぁ…絵的に災害よねでも…毛虫が
増えるより!……モミジって毛虫いないよね?いたらどうしよう…)
にょきにょきと生える樹木、これがあちこちの町や村で起こっている。
幸い国からの御布令により、市民には大きな混乱はなかったけれど。
(わかってても怖いよこれ。なんで誰も気にしてないの?)
順応力が高い国民性なのか、それとも精霊や巨大な毛虫が存在するような世界だからか…驚くほどみなさん素通りしている。
しかも生えてくる場所が分かるのか見事に避けて歩いていらっしゃる。
(生えたり引っ込んだりしてるんですよ~!なんで驚かないんですか~!)
今では平和の象徴と化した淡い桃色の花が増えれば喜んでいる始末。
(ようやくまともに外に出られたんだから無理もないのかな?……と、いうことにしておこう)
桜やまだ黄緑の紅葉を見ていると不思議と心が落ち着く感じがした。
(変なの…全く違う町の風景なのになんか穏やかな気持ちだなぁ。風も気持ちいいし!)
毛虫と毛虫で盛り上がっている二人をスルーし、自分の中から完全抹消しようとする私。
「お花見したいなぁ~」
満開に咲く桜を眺めながらぽつりと言うと、お花見という言葉に反応した面々が一斉にこちらに向いた。
「花見!?あの映像で見たやつか!!ですか!!」
「え、う、うん」
ルゥとフレディーだけでなく、精霊達までもが食い付いてきた。
季節、四季について話した後、何かに引きずられて行ったフレディーは生還を果たし、夜には戻って来ていた。
その時に四季折々の映像を見てもらっていたのだ。
ぼんぼりが吊るしてありその下でレジャーシートや蓙、赤い絨毯を敷いてご馳走やお酒を振る舞う。
夜にはぼんぼりが優しい光を放ち、夜桜を楽しめた。
「夜桜を眺めながら、淑やかにお酒飲むのも、ワイワイ騒ぐのも好きだなぁ」
「…となると祭りか!!うむ。精霊の暴走を聖母が治めた事を、国を挙げて祝うべきだな!!」
「それはいいな!!まだ不安に思ってる市民も、安心するだろう」
「え……」
(いや、それ困る!……聖母、確実に定着するじゃない!でも、お祭りは賛成です!)
「ねぇフレディー、聖母がってとこは抜きでお祭りしようよ。ね、ね?」
「ん?何を言っているんだカリンは。そこは大々的に発表するべきだろう?」
「そ、そんなぁ。じゃあ、国民の前で王様に謁見とかしてありがた~いお言葉を頂戴したりするイベントが発生したりするのね……」
私の言葉に二人が固まった。
(えっ?何?変な事言った?お決まりな感じで、王様が国民の前でこの方が我が国を救った聖母だ!とかやるんじゃないの?……イヤだけど)
「カリンはそういうことがしたいのか?」
「いえ、むしろ御免被りたいです」
「……陛下は?」
ルゥが言った。
「相変わらずだ。部屋から出て来なくなって、今年で11年目か…?」
「へ?」
(…なんですとー!!!?)
「じゃっじゃあ、政務とかどうなってんの!?それで国を治められるの!?」
「陛下の替わりを全部こいつがやってる。毎回言うが、桜を眺めてる暇などないはずだぞ?」
呆れたように言ったルゥにフレディーはカラカラと笑った。
(…笑い事じゃないよ!!)
「なっなんで、王様は引きこもっちゃったの?」
聞いてもいいのだろうかと内心思ったが、それにも何の気にもせずこう言ったのだ…
「結婚を誓った愛しい女性にフラれてね」
(へっ?)
「それ以来部屋から出て来なくなっちゃってね。あ~大丈夫だよ!ご飯はしっかり食べてるから!」
(…えっ??)
「まったく、兄上もいい加減立ち直ってくれないと、私が遊びに行けないじゃないか!困った兄だよ本当」
「えぇぇぇー!!」
(王様、失恋で10年引きニートぉ~!!何やってんですか王様!!えっ?ちょっと待って?引きニート歴10年ってことは…)
「……フレディー歳、いくつなの?」
「今年で18だが?」
「おっ王様は?」
「兄上は29だったか?」
同意を求めるようにルゥの顔を見ると、困ったように頷いた。
(結構、年離れてるのね。えっとじゃあ…7才くらいの子供が国を背負うことになったの?それはないよね?さすがにお父さん、前の王様がいるはずだよね)
「フレディーのお父さん、前の王様は?」
「兄上に政務を任せられて母上と共に、世界!愛の逃避行旅!!…に出かけられて、未だ帰って来られてないな」
(なんじゃそりゃー!!)
「じゃあ、7才の頃から王様の替わりをしてきたってことはないよね?他に誰か…」
「いや、やってることは今と大してかわらない。私には優秀な友や宰相が居たからな。まぁ、一番優秀なのは私だろうが!!」
そう言って面白可笑しく笑うフレディー。
「わ、笑えない…」
「というわけで…カリン」
フレディーはいつの間にか私の両手を握りしめていた。
(ん?)
「私の妻にならないか?」
「は、…い?」
(どういうわけよ~!!)
ズイッと顔が近くなりそして、ハートが乱舞する。
(…するなー!!)
私が舞い上がるハートを気にしている内に、ルゥがベリッっとフレディーから離し、私を庇うように間に入った。
「なんのつもりだ」
「聖母と王族の結婚。政治的に考えても良いだろう?」
その言葉にルゥは睨んだ。
政略的な結婚、一度はルゥに対してもそんなふうに思ったことはある。
だけどルゥの言葉も想いも真っ直ぐで、そんな風に思ったこと少し後悔した。
「カリンを利用するような事は絶対させない」
「ルゥは怖いなぁ。でも、彼女の事は本気だよ?」
「たとえお前でもカリンは渡さない」
(えっと、何でこうなった?)
「落ち着こうよ!そんな話はどうでもいいから!今はお祭りの話でしょ?」
(もう引きこもってる王様どうでもいいから、お祭りの話に戻ってほしい)
ねっ?と微妙な笑顔を二人に向けると、仕方ないなという顔が返ってきた。
(なんで?私が悪いの!?納得いかない!…けど、ここは我慢よ)
「そういえば、あのぶら下がってた、明かりはなんだ?」
「ぼんぼり?提灯とか行灯とか色々呼び方あるけど…それがどうかした?」
「作れるか?」
「折り紙なら…」
妙に真剣な眼差しのフレディーに私は少し困惑しながらも答えた。
子供と七夕飾りに作った事はある。
本物はよく知らない、たぶん和紙は使うんじゃないかなぁというくらいの記憶力。
「折り紙?」
「紙細工って言えばいいのかな?本物は作れないよ?」
「紙があれば良いのか?」
「のりも」
フレディーは侍女を呼び、紙とのりを用意して、作ってくれと言った。
それを見本にして、職人さんに似たようなものを作らせるんだと張りきっている。
紙を折り、六角形の筒を作って、もう一枚の紙を縦に折り、細長い6枚の紙を作る。それを、筒の上下にのりで貼って、完成!!
「こんな感じ?」
「へぇ~器用だな」
「よし、これをランプ職人の元へ持っていき、この形でランプを作るよう頼んで来よう!!」
そう言ってフレディーは、足早に部屋を出ようとしていた。
「ちょっと待てフレディー。お前が行くつもりだろう?」
ルゥは何とも言えない呆れた顔で、フレディーの左手を、ガッシリつかんでいた。
「……ルゥよ。いつも思うが、お前は俺の心が読めるのか?」
「毎度毎度、同じことを繰り返していたら、嫌でも分かる!!!!」
「ルゥが私の妻のようだな!」
「フレディー!!」
「ははは、冗談だ!!」
フレディーは笑いながらルゥの手を解き、部屋から出ていった。
その右手にはしっかりと、さっき作った紙のぼんぼりを持って。
「逃げちゃったよ?」
「ほっとけ!あいつ仕事はしっかりやるはずだ」
「へぇ~信用してるんだね」
「王になるかも知れないやつを信じられなくてどうする」
(ごもっともです)
何だかんだ言っても小さい頃からの友達だって言ってたから、分かりあってるんだろう。
バターン!!
突然乱暴に扉が開かれ、丸メガネに長く引きずったローブを着た、ダサダサダボダボな短髪黒髪の男性が表れた。
「殿下ぁぁ~!!………あれ?」
私もルゥも子供達も、視線が男性に集中した。歳は、30代前半といった所だろうか?
「フレディーなら逃げたぞ」
「そっそんな……」
男性はその場に座り込み愕然としていた。
「ルゥ!!貴方が居ながらどうして、どう~して捕まえてくれなかったのですか!!」
(なっ泣いてる)
滝のように大粒の涙を流しながらワナワナと震える男性。
「あいつが逃げるのはいつもの事だろ?」
ルゥがそう言うと顔を上げキッ!!と睨んくる。
(うわぁ)
「それでも王弟護衛騎士団、隊長ですか!!」
そういえば初めて会った時そんな事言ってたような気がするが、あの時の私には必要のない情報で聞き流していたかもしれない。
(隊長なんだ)
おそらくフレディー直属の騎士団か何かなんだろうけど、肝心のフレディがあんな感じだったら護衛するほうは大変だろう。
(ところで…この人誰?)
悲しくも王弟殿下フレディーの犠牲になってる一人、だということは理解出来た。
「だっ誰?」
「宰相のザニーニ=バディストだ」
(宰相?この人が?)
「だ、ダンディーじゃない……」
宰相って言ったら怖そうな悪役おじさんか、イケメンダンディーなおじ様ってイメージがあったんだけど…目の前の彼はダンディーからは程遠いダサダサ君だった。
「何にがっかりしてるだお前は」
「だって…あぁ~乙女ゲームだったら素敵なおじ様が手をとって眩しいばかりの爽やか笑顔でお茶とか誘ってきて……」
「ほう、それで?」
少しだけルゥの顔が歪んだ気がした。
「それで、紅茶、うん珈琲もいいな。カップ片手に飲みながらお茶菓子を取ろうとしたら手と手が触れあってあっ…!みたいな!」
「ふ~ん、で?」
さらに引きつるルゥの顔。
「引っ込めようとした手を握りめられ、戸惑っている間にジッと見つめられて…きゃっ!いやもうよだれで、るわ……えっと…あはは。恋愛小説的な王道の一つ、でね?…ルゥ、さん怖いよ?」
乙女ゲームなんて無いだろうし、こっちじゃたぶん本の類い、書物とか読み物で小説なんかの物語があると思う。
特に子供に聞かせるような寝物語や恋愛小説なんてどの時代、世界でも大してかわらないだろう…と思うのだけど、何故かルゥは明らかに怒っている。
(えっと、なんで怒ってらっしゃるの?)
例え話、架空のお話。
もっと言えば私のお花畑な頭が作り出した妄想なのだけれど…現実の私の好みと受け止められてしまったのかもしれない。
「あ、あのねルゥ。今の話は例え話なの、架空の存在しない小説のお話なの。別にザニーニさんが好みとかいう話じゃないから。あ~もう!今あったばかりでしょ!全然好みじゃないよ!それに私はダンディーなおじ様の話をしたのであって、宰相があんなのだったからがっかりしたというか。私の夢を返せ!みたいな感じで…」
「年上の方がいいか?」
拗ねた様子のルゥの表情が少し陰ったような気がした。
「そう言う年の話じゃなくて。小説、本だよ本!物語とかの話をしてるのよ!そりゃあ、おじ様イケる口かと問われれば美味しく頂けます!けど、私の好みは中性的な可愛い系の男の子……ってそうじゃなくて!何を言わせるの!」
「俺は可愛いくはないぞ」
(すねてる…)
「現実と本の好みは違うよ」
何故こんな訳のわからない不毛な話をしなきゃいけないのだろう。
いつもなら「カリン!」とかってルゥが呆れたような顔して、え~だって~みたいな感じで終わるのに、今のルゥは完全にすねている。
どうしようかと言葉を探していると、ゆら~とした影が背後を横切った。
ゾクリとした悪寒が今までにない身の危険を感じて、何かを考えるより早くルゥの背に隠れてしがみついていた。
「はぁ~」
落ちてきたため息に慌てて離れようとするとルゥの腕が私の腰をしっかりと引き寄せていて離れることは叶わなかった。
「大丈夫だ」
恐る恐るルゥの顔を見上げれば、彼の視線は私ではなく前方を真っ直ぐ見つめている。
「おい、ザニー。それをやめてくれ、カリンが怯えてる」
(へ?)
見るとゆらゆらとした黒いものがザニーを呑みこむようにまとわりついていた。
(な、なにあれ。ネクロマンサーみたい…)
良く見るとそれは一度見たことがあった。
「フレディーが引きずられて行ったやつ?」
「ああ」
ゆらゆらと揺れるそれはぶつぶつと何かを呟いているザニーの周りを生きているように動き待っている。
「どうして、私ばかりが大量の書類に埋もれて、永遠と終わらない仕事を、しなければならないのですか!!」
(キレた!!)
「ザニーは追い詰められるとああなる。どうりでフレディーが大人しかったわけだ」
「あれで大人しかったんだフレディー」
「あっさり引き下がったからな。逃げる時間が惜しかったんだろう」
遠い目でネクロマンサー化したザニー宰相を傍観していると影がゆっくりと彼の体の中に収まっていき、崩れるようにまた泣き出した。
「それと言うのも……全部テオのせいです!!だいたい!!女性にフラれたぐらいで、なんですか!!この国の王なんですよ!!いくらでも結婚相手など、近隣諸国にいるんですから、さっさと新しい女性を、娶ったら良いじゃないですか!!それを、いつまでも『彼女以外を愛せない…』などとカッチョ良く言ったりして…あぁぁ~!!もう!!少しは私や回りにど・れ・だ・け迷惑かけているか考えて欲しいものです!!フレディー殿下も殿下です!!政務を放り出して下の者に任せれば良いようなことを、自分でないと駄目だと訳の分からない事を言っては、城を抜け出して!!さらには…!!」
「ち、ちょっと待て!!落ち着けザニー!!」
(やばい!これ以上は!!)
慌ててルゥが止めに入った時、一瞬心臓を鷲掴みされたような恐怖が全身を走っていった。
(な、なに?今、なんか…)
「大丈夫か?カリン」
「え、あ、う、うん」
ぺたりと座り込んだ私を、ルゥは包み込むように抱きしめると優しく頭を撫でてくれた。
(あ、れ?体、震えてる…)
「カリン大丈夫だ。おい!ザニー!いい加減にしてくれ!」
「……ゼェゼェ。も、申し訳ありません」
小一時間後、私の震えが止まりザニー宰相が落ち着いた頃、やっとまともに会話ができたのだった。
「えっと…苦労なさってるんですね」
「そうです!!そうなんです!!貴女は分かってくださりますか!!」
(また泣いてる…フレディー仕事してあげて…)
「ところで、どちら様でしょう?」
(今さらですか!!)
「えっと。カリン、コバヤシです。一応聖母やってます」
こっちに来て、初めて名前逆さまにして言った。
「えっ?聖母!!貴女が精霊を静めて下さったのですね!!申し訳ありません、失礼をしてしまいましたね」
そう言って、照れながら頭を掻く宰相はなんだか可愛いかった。
「改めまして、私はザニーニ=バディストと申します。気軽にザニーと呼んで下さい。……ところで、陛下とお見合いしませんか?」
「はっ?」
(何でそうなる!!)
「断る。カリンは俺の女だ!見れば分かるだろう!!」
(どいつもこいつもカリンをそんな目で見やがって!あ~胸くそ悪い!)
(へっ??…見て分かるもんですか???)
ザニーは私の胸元を見ると「あ~!!すいません!!気づきませんでした!!」と頭を下げた。
(なんで???)
何か付いているんだろうかと衣服を確認してみるけど特におかしな所は見当たらなかった。
「とりあえず、フレディーはランプ職人の所だろう」
「何故、殿下がそんな所に…」
ルゥはテーブルを指差した。
子供達は残りの紙でぼんぼりを作っていた。
「これは?」
「ぼんぼりだよぉ~」
アンちゃんがちょっと形の崩れたぼんぼりをザニーに手渡した。
「へぇ~!!紙細工ですか?まだ小さいのに上手ですね!」
「それを、ランプに出来ないか聞きに行ったんだよ」
「それくらい下の者に任せて下さい……」
(あはは……デスヨネ)
仮にも王子様がする事じゃないです。
「はぁ~、仕方ありません!!私が迎えに行きます!!」
「えっ!?それこそ人に任せても…」
「大変お邪魔して仕舞いましたね。では失礼します。殿下ぁぁぁ!!」
「………」
「いつもの事だ。ほっとくとザニーは仕事が終わるまで、机にカジリついてるからな」
「良いことなんじゃないの?」
「……仕事が終わればな」
(…終わらないのか)
「だからぶっ倒れる前にフレディーが城を抜け出して、ザニーが追いかけるという事を毎回やってる」
フレディーはザニーの事を心配してやっている所もあるのかもしれない。
「まぁ殆ど自分の息抜きだろうな」
(……フレディー、やっぱり仕事しよう)
「カリン」
「わっ!な、なに?」
唐突に後ろから抱きしめられ耳元で名前を呼ばれて、私は体を硬直させた。
「さっきは悪かった」
「え、うん。私もごめん。妄想は口に出さないようにする」
「クっ!なんだよそれ」
(うわぁぁ耳元で笑わないで喋らないで!)
「お、怒ってない?」
「ただの八つ当たりだ。気にするな」
「う、うん???」
ちゅっという水気を含む音と共にルゥの唇が耳に落とされた。
ビクリと震える肌に柔らかな感触が何度も繰り返され耳たぶをかぷっと食まれた。
「ひゃ!る、ルゥ!」
驚いて振り返るとルゥの楽しそうな顔が目に入り、思わず見とれてしまう。
「顔真っ赤。お前、ほんと可愛いな」
「~~~~っ」
(く、悔しい…私ばっかり!)
振り回されっぱなしの感情に、決して敵わないであろうこともわかっている。
私は近づいてくるルゥの気配にゆっくりと目を閉じ、落とされる甘い柔らかなそれを受け入れた。
「……」
「……」
じぃぃぃ。
じぃぃぃ。
「仲よしだね」
「なかよしぃ」
子供達の声に私の顔はさらに真っ赤に茹で上がり、そんな私にルゥは笑いを堪えていたのだった。
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ごっごめんなさい!
できるだけ早く最新話に追い付くよう頑張ります!
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読んでたらいつの間にか朝になってました~?
早く続きが読みたいです?
お返事遅くなって申し訳ありません!
え~!まさかの、一気読み二人目…
聖母は長いのでどうかご無理をなさらないでください。
気がついたら朝って…嬉しすぎますが!!
ただいま手直ししております。
また、追い付きましたらよろしくお願いしますね!
感想ありがとうございました!