ざまあ短編集

レオナール D

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死んだ悪役令嬢からの手紙

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「何が『幸福を祈って』だよ。ハハッ、ここからどうやって幸せになればいいんだ」

 今朝、届けられたばかりの手紙をテーブルの上に投げ出し、僕――サムエル・バードンは力なく笑った。

 婚約者であるアイリーン・アドラーが突如として行方をくらませたのは1ヵ月程前のこと。
 ろくに屋敷から出ることのなかった出不精な令嬢の消失に、彼女と顔見知りの人間はこぞって首を傾げたものである。

 しかし、本当に混乱させられるのはそれからだった。
 国王陛下と何人かの貴族令嬢、さらにいくつかの新聞社にアイリーンからの手紙が届いたのである。
 手紙には彼女がアドラー伯爵家でいかに虐げられていたかが記されており、それは瞬く間に広がっていった。
 その中には父親であるグラッド・アドラーが前妻を殺害し、愛人との娘に伯爵家を継がせて伯爵家を乗っ取ろうとしていたことまで書かれている。

「そして、僕がミーナと浮気をしていたことまで……終わりだよ。もう何もかも終わりだ」

 僕はガックリと椅子に崩れ落ち、力なく項垂れる。

 先日、勤めていた騎士団をクビになってしまった。
 アイリーンからの手紙が騎士団長の下に届けられ、僕が義妹のミーナと姦通していたことが知られてしまったのである。
 騎士団長は高潔な愛妻家として知られており、不実な行為を何よりも嫌う人格者だった。「婚約者を裏切り、その妹と浮気をするような男は騎士にふさわしくない」とこちらの言い分はほとんど聞いてもらえなかった。

 おまけに、社交界にも僕とミーナ、アドラー伯爵の悪評は広まっている。
 アイリーンから手紙を受け取った『友人』が無駄に正義感を発揮して、まるで制裁であるかのように悪評をバラまいたのだ。

 新聞社が出版した記事によって世間からもバッシングを受けている。
 貴族であるか平民であるかに関わりなく、僕達はアイリーンを不幸に追いやった悪党として名を知られることになってしまった。

 噂では、国王陛下もまたアイリーンの母殺害とアドラー伯爵家の乗っ取りという犯罪行為について調査しているらしく、いずれは僕にも捜査の手がおよぶことだろう。

 僕は侯爵である父から謹慎を命じられて部屋に軟禁されていた。

「用意周到で容赦がない……完璧だよ。完璧な復讐だ」

 力なく天井を見上げながら、僕はポツリとつぶやいた。

 信じてもらえないかもしれない。いや、実際に両親ですら信じてくれなかったのだが……僕はアイリーンと婚約破棄してミーナに乗り換えようというつもりはなかった。
 ミーナと浮気をしていたことは事実だが、それはあくまでも遊びである。アドラー伯爵家の血を引かないミーナと結婚しても家を継げないことくらいわかっており、いずれはアイリーンと結婚するつもりだったのだ。

 ミーナとの婚約者交換はアドラー伯爵から提案されたことであり、決して僕から頼み込んだことではなかった。
 そんな提案をするあたり、伯爵は本気で家を乗っ取ろうとしていたようだが……誓って、僕はそれに関わってはいない。

「だけど……君はそれでも許してくれなかったんだな? たとえ遊びであっても義妹と浮気をしていた僕を、憎んでいたんだな?」

 彼女の復讐は成功した。
 アドラー伯爵は殺人と虐待、伯爵家乗っ取りの容疑で逮捕された。
 伯爵家はアイリーンの従兄弟が継ぐことになり、伯爵夫人と娘のミーナは追い出されて平民落ち。彼女達がアイリーンを虐げていたことは新聞記事によって平民にも知れ渡っているため、仕事も見つからず肩身の狭い思いをしているだろう。

 浮気男の僕は騎士団をクビになり、貴族として社交界の立場もない。伯爵家への婿入りも当然のようになくなった。
 風評被害を受けた実家の侯爵家からは謹慎処分を言い渡されているだけだが……破滅するのは時間の問題である。

 本来であれば、アイリーンが書いた手紙だけでここまで世間が動かされることはなかっただろう。
 この国にだって司法というものがある。被害者の証言だけで証拠もないのに犯罪は成立しない。アイリーンがいくら言い募ったところで、国王陛下までもが動かされるようなことはあり得なかった。

 だが……実際に国王陛下は動いた。アドラー伯爵家を詳細に調査し、伯爵を逮捕して厳しく尋問している。
 多くの貴族令嬢が僕達の悪評を社交界に広め、新聞社は我こそが正義とばかりに僕達を悪人として書いた記事をバラまいた。

 その理由は……アイリーンが不治の病に侵されていたからである。
 国王陛下にあてた告発状にも、貴族令嬢や新聞社にあてた手紙にも、アイリーンが間違いなく『黒滅病』に侵されていて余命半年であるという診断書が添えられていた。周到なことに、複数の医師から診断書をもらって偽装でないことまで念押しして。

 死にゆく令嬢の最後の願い……心ある者であれば、それを叶えてあげたいと思うのは自然なことである。
 具体的な証拠など何もないというのに世間はアイリーンの言葉を鵜吞みにして、僕達が悪であると一方的に信じた。

 アイリーンが今も健康に生きていたとしたら、ここまであっさり彼女の言い分を受け止めることはなかったはず。
 自分の死すらも利用したアイリーンの執念深さには、呆れを通り越して感心すらしてしまう。

 実際に浮気をしていたのは事実だが……正直、それで全てを失うのは納得がいかないことである。

「サムエル、入るぞ」

「父上……」

 扉をノックすることすらなく、父親であるバードン侯爵が部屋に入ってきた。
 父の顔には軽蔑しきった表情が浮かんでおり、その後ろには数人の男が続いている。

「憲兵の方々が貴様の話を聞きたいそうだ。アドラー伯爵家の乗っ取りについて」

「サムエル・バードン様ですね? お手数ですが、詰め所まで来ていただいてよろしいでしょうか?」

 父の後に続いて部屋に入ってきた大柄な男が抑揚のない声で言う。

「…………」

 僕は全てを諦めて肩を落とし、無言で椅子から立ち上がったのである。
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