ざまあ短編集

レオナール D

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死んだ悪役令嬢からの手紙

6(終)

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〇死んだ悪役令嬢は今





「フーッ! 無事に退院、シャバの空気って美味しーい!」

 数ヵ月間を暮らしていた療養所から外に足を踏み出し、私は頭上に向かって大きく腕を伸ばした。
 私の名前はアイリーン。少し前まで『アドラー』という姓を名乗っていたが、現在はただのアイリーンである。

 半年ほど前、私は自分を虐げていた家族から逃げ出し、生まれ故郷を出奔して隣国にやってきた。
 目的は私の身体を蝕んでいた不治の病――『黒滅病』の治療をするためである。

 隣国は我が国よりもずっと医療が発達していた。
 我が国では決して治ることのない死の病として知られている『黒滅病』でさえ、完全ではないものの治療薬の臨床実験が始められている。
 私は王都にある療養施設に身を寄せて、開発中の新薬の被験者となることと引き換えにして治療を受けていた。

 いわゆる『治験』と呼ばれるこの行為は、我が国では人道を無視した人体実験であるかのように言われており、それが医療の発達を妨げている。
 私にしてみれば、どうせ助からない病気なのだから、多少のリスクは飲んでも積極的な治療を望むのは自然なことだと思うのだけど。

 実際、私は開発中の薬によって黒滅病が完全に治癒され、こうして死を乗り越えて外を歩くことができている。

「おめでとさん。それでアイリーン、これからどうするつもりなんだ?」

 訊ねてきたのは、私の後に療養所から出てきた青年である。

 彼の名前はリック。平民のため姓はない。
 私と同じく黒滅病に侵されており、一緒に臨床実験を受けていた被験者だった。
 リックと私は同じ療養所でお互いに励まし合いながら治療を受けており、本日、一緒に退院することになったのである。

「治療も終わってるし……故郷に帰るのか?」

「帰れるわけないじゃない。アッチは私が書いた手紙で大騒ぎになってるみたいだし」

 私は後ろのリックを振り返り、肩をすくめた。

 出奔してからの故郷については、新聞などから得た伝聞以上の情報はない。
 だが……私が書いた手紙によって大きな騒動が起こっていることは間違いなく、とてもではないが帰れる状況とは思えなかった。

 故郷を出る際、私は自分を虐げていた人間に対する意趣返しとして手紙を書いてきた。
 国王陛下や騎士団長、噂好きで知られる会ったこともない『友人』、新聞社などに自分がこれまで受けていた苦境を書いた手紙を送りつけたのである。

 手紙には父親であるグラッド・アドラーが前妻を殺害し、私のこともあえて病気になるように仕向けたとまで書いたが……実際にどうだったかはわからない。
 実の娘である私を虐げていたことは事実だし、予防薬を飲んだはずの黒滅病に罹ってしまったことも事実。サムエルにミーナと婚約者を交代しないかと持ちかけていたあたり、あながち見当違いでもなかったと思うのだが。

 伯爵家の正当な後継者である私が召使いのように扱われていたことも、ドレスやアクセサリーを義妹に奪われていたことも実際にあったこと。

 ならば、他のことも事実であるかのように見えてしまうのは自然なことである。

「正直……ここまで大事になるとは思わなかったのよね。国王陛下のもとまで私の手紙が届いたことも驚いてるし、カラット様が会ったこともない私のためにここまで噂を広めてくれたことも予想外。新聞社に送り付けた記事だって、新聞の隅の方に小さくのればラッキーくらいの気持ちだったんだけどねー」

 どうやら、手紙に同封していた診断書に思いのほか効果があったようである。
 国王陛下はただの令嬢でしかない私のためにキチンと捜査をしてくれて、カラットをはじめとする自称・友人も私のために父達の悪評を広めてくれた。
 新聞社が大々的に広めた記事により、故郷では『アイリーン・アドラー』の名前は悲劇のヒロインとして全国民に知られている。

「ちょっとした嫌がらせになればいいかなー、くらいのつもりだったんだけどね。父も逮捕されて婚約者も共犯の疑いがかけられてるみたいで……いやー、人の噂って怖いわー」

「まるで他人事だな……まあ、故郷に未練がないのならよかったけど」

「これからのことだけど……そうね。内職でやっていた刺繍ししゅうを本業にしようかしら? 療養中の暇つぶしで始めたことだけど、思いのほかに評価が良かったみたいだし」

 私は療養所で生活していた間、趣味で始めた刺繍を外に売り出していた。
 医師を通じて外部の商人に売り出されたそれは、病人が作ったものだからと最初は偏見の目で見られたものの、今では作ったものが残らず完売するほどの人気商品となっている。
 商人からはこれからも取引を続けたいと話を持ちかけられており、生活に困ることはなさそうである。

「とりあえず、まずは宿から探さないとね。安く借りれる場所があると良いんだけど……」

「だったら、良いところがあるぜ。王都の中央通りに面した家賃タダの物件が」

「家賃タダって……事故物件?」

「違うって。俺の家だよ」

「へ……?」

 リックの言葉に私は目を白黒させた。
 一つ年上の友人は私から視線を逸らし、顔を耳まで赤くして焦ったように言う。

「だからさ! 俺の家で暮らせって言ってんだよ! 俺は長男坊で、お袋は健在だから生活は心配いらないし、細工仕事は病気が治ったらすぐに再開させてもらえるように親方に頼んでるし……貴族みたいに贅沢はできないかもしれないけど、絶対に食うには困らせねえから…………その、嫁に来いよ」

「…………」

 突然の告白に、私はポカンとして固まってしまった。

 もっとムードのある雰囲気は作れなかったのかとか、人目の多い通りでそんなことを言うなよとか、言ってやりたいことは山ほどある。
 それ以上に、家族にも婚約者にも裏切られ、他人の好意に慣れていない私には、どう返せばいいのかわからずに言葉が出てこなかった。

「ええっと……その……」

 けれど……焦ってしゃべる必要なんてない。
 私はもう不治の病になんて侵されていないから。時間はたっぷりあるのだから。

 私は時間をかけて自分の感情を整理して、リックの思いに応えるために精いっぱいに言葉を振り絞ったのであった。





おしまい
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