異世界で勇者をやって帰ってきましたが、隣の四姉妹の様子がおかしいんですけど?

レオナール D

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第二章 クラスメイトは吸血鬼

16.陰陽師1日体験日記①

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 かくして、吸血鬼ファミリーと人狼ファミリーの間にはくっきりと深い溝が刻まれてしまった。
 元々、人狼ファミリーは月白さんを拉致しようとするなどの攻勢に出ていた。
 ここで意図せぬこととはいえ、月白さんが人狼ファミリーのボスの娘――伏影ナズナを襲撃してしまい、もはや抗争は避けられないものになっている。

 やむを得ない事であったとはいえ……その原因の一端は僕にもあった。
 僕がもっとしっかりしていれば、あるいは戦闘を回避することができたかもしれない。
 異世界で勇者として活動して戦うことは得意になったが、戦わずに問題を回避する方法については素人。改めて未熟さを突きつけられてしまった気分である。

「へこむね……僕は無力だ」

「弟くん、術に身が入っていませんよ!」

「あ……ごめん」

 華音姉さんが腰に手を当てて叱ってくる。
 やんわりと注意してくる華音姉さんの言葉に、僕は改めて集中した。

 週末の土曜日。
 僕は華音姉さんと一緒に、市が経営している体育館にやってきていた。
 事前に届け出をして体育館を貸し切りにしているため、ここには僕ら2人以外は誰もいない。
 僕が着ているのは学校指定のジャージ。華音姉さんも短パンにシャツというラフな格好をしている。

「はい、それじゃあ弟くん。術を発動してみてください」

「うん……じゃあ、やるよ」

「まずは範囲を指定して……構築、からの展開。よし……結界!」

 力を解放させると、僕の身体を中心として半球状のドームのようなものが出現した。
 ドームの壁はまるでシャボン玉のように無数の色が溶け合っており、薄い膜越しに外の景色が揺らいで見える。

「はい、よくできました。やっぱり弟くんは筋が良いですね。天才なのではないかしら?」

 僕と同じく、虹色のドームに取り込まれた華音姉さんがパチパチと手を叩く。
 優しい姉からお褒めの言葉を受け取ったが……僕は憮然として肩を落とした。

「お世辞は止してよ。姉さんの結界術に比べたらゴミみたいな出来前じゃないか」

「それは当然ですよ。お姉ちゃんはプロの陰陽師なんですから」

 華音姉さんが自慢げに胸を張る。
 薄いシャツに包まれた新幹線型の胸部が強調され、白い布越しにピンクのブラジャーが透けて見えた。

 少し前から、僕は華音姉さんに頼んで『陰陽術』を教わっていた。
 先ほど発動させた結界も華音姉さんから教わった術の1つで、基礎のそのまた基礎にあたる術である。

 理由は単純。もっともっと強くなるためである。
 異世界から日本に帰ってきて……正直、僕はこの世界のことを舐めていた。
 魔王を倒した自分の力があれば、敵なんていない。
 どんな相手が立ちふさがっても余裕で勝利できるーーそんなふうに自分のことを驕っていた。

 だけど……それが間違いであることに気づかされた。
 この世界は僕が思っていた以上に奇想天外な事件で溢れており、異世界よりもずっとファンタジーだったのだ。

 裏世界から来た悪魔との戦いでは普通に死にかけたし、美月ちゃんも危ない目に遭わせてしまった。
 このままではいけない。あらゆる困難から自分の身を……そして、大切な家族を守るために、もっともっと強くならなくてはいけない。

 そう決意した僕は自分が持っているスキルや女神の加護を見直すと同時に、日下部家の四姉妹にそれぞれの『力』について教えてくれるように頼み込んだ。

 華音姉さんからは『陰陽術』を。

 飛鳥姉からは『魔法』を。

 風夏からは『超能力』を。

 美月ちゃんからは『邪術』を。

 それぞれ習っている真っ最中なのである。

 土日や祝日を中心に姉妹からレクチャーを受けているのだが、今日は華音姉さんの日。陰陽術を教わる日だった。
 僕は華音姉さんの名義で借りた市営の体育館で、術を学んでいるのである。

「それにしても……よく体育館なんて借りられたね? こういう施設って、個人で借りられるんだ」

 結界が壊れないように集中しながら、僕は華音姉さんに尋ねた。

「それは施設の基準によって違うと思いますけど……一応、お姉ちゃんは退魔師としてそれなりのコネがありますから。これくらいは簡単ですよ?」

「コネって……」

「権力を持っている人は恨まれる機会も多くて、よく呪われたりしますから。呪いを祓う力を持った私達とは持ちつ持たれつ。この施設も以前、『髪の毛が全てワカメになる呪い』をかけられた市長さんにお願いして、特別に貸してもらったんですよ?」

「……誰なんだ、そんな愉快な呪いを市長にかけたのは」

「結界術は場所をとりますから、やっぱり体育館を借りて正解です。人に見られたら面倒ですしね」

「ふーん……あ!」

 わずかに集中が途切れた瞬間、シャボン玉状のドームがパチリと割れた。まさにシャボン玉の最後のように跡形もなく消滅してしまう。

「やっぱり集中を切らすとダメだな……未熟だ」

「慣れたら結界を張ったまま、別の術を使ったりもできますよ? それにしても……やっぱり玲さんの弟ですね。こんなに早く結界を作れるようになるなんて思いませんでした」

「そういえば……兄貴も陰陽師だったんだっけ?」

「陰陽師ではなく霊能者とでも言うべきでしょうか……特定の流派の技ではなく、我流で退魔師の技を身につけていたようですから」

「ふーん……強かったのかな、華音姉さんよりも」

「そうですねー、強さだけならば指折りの術者でしたよ。私は強いと言うよりも多芸なタイプでしたし、玲さんは本当に頼りになりました」

 華音姉さんは懐かしむように目を細めていたが、ふとその表情に影が差した。

「だけど……そんな玲さんも死んでしまいました。あの怪異に殺されて……」

「…………」

 兄の怜一を殺害した怪異はまだ倒されていないらしいが……ひょっとしたら、どこかであいまみえることになるかもしれない。
 事故だと思っていた兄の死因が何者かに殺されたと知ったときから、背筋をチリチリと焼くような焦燥を感じている。
 これはあるいは、まだ見ぬ仇との邂逅を予感しているのかもしれなかった。

「……なおさら強くならないと。そのためにも、今日も精進だ」

「それじゃあ、もう1回やってみましょうか? 今度は小さくても良いから、強度が強い結界を張ってみましょうねー」

「うん、やってみる」

 華音姉さんの指示に従って、僕は体内の霊力を練り上げた。

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