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第二章 クラスメイトは吸血鬼
28.夢魔と本屋と常夏の島⑦
しおりを挟む水着姿の四姉妹+2が消えていき、周囲の景色も一変する。
先ほどまで目の前に広がっていた海とビーチが消え去り、代わりに現れたのは先ほどまでいた駅前の本屋。
多くの本棚が並び、無数の本が置かれた空間へと景色が変わる。
「元の場所に帰ってきた……いや、違うね」
そう、違う。
空気でわかる。ここはまだ先ほどと同じ異界の中だ。
その証拠に……店の中には誰もいない。駅前にある大型書店には客も店員もいなかった。
僕が前方に視線を向けると……そこには小柄な少女が目を回して倒れていた。
「きゅう……」
「有楽院ミツバ……これは君が作った亜空間だね?」
バッタリと仰向けに倒れているのはジャージ姿、野暮ったいメガネをかけた少女。
僕が放課後、ずっと尾行していた1年生の少女――有楽院ミツバである。
察するに、この空間はミツバが生み出した亜空間なのだろう。
以前、華音姉さんと一緒に雪原のような場所に閉じ込められたことがあったが……同じようなものに違いない。
「ううっ……ひどいよう、痛いよう……」
「わっ!」
頭を押さえながらミツバが起き上がる。
すると、「ポンッ」とマンガのような擬音が鳴って彼女の身体が桃色の煙に包まれた。
煙はすぐに晴れたのだが……その中から現れたミツバの格好が様変わりしている。
ミツバは黒いビキニのような服装になっており、背中には小さな黒い翼が生えていたのである。
「淫魔……じゃなくて、夢魔か……」
男を誘惑するような際どいデザインのマイクロビキニである。
その姿はまさに夢魔。男の夢に現れて精を吸い尽くす悪魔のものだった。
しかし、そんな色っぽい格好とは裏腹にミツバの身体つきは貧相そのもの。胸は限りなく平らであり、腰のラインもずんどうである。
変身して大人になった美月ちゃんが似たような姿をしているため、いっそうスタイルの貧相さが際立っていた。
「な、何ですか貴方はっ! どうして可哀そうなものを見るような目で見ているんです!?」
「いや……何というか、ドンマイ?」
「励まされた!? 初対面の知らない男性に謎のドンマイをされた!?」
「いや、世の中には貧乳好きな男もいるからさ。そんなに落ち込むなよ」
「落ち込んでませんけど!? うわっ、初対面の女子におっぱいの話題を振ってきました! 最悪ですよこの変態は!?」
ギャアギャアと喚くミツバからは不思議と他人のような気がしない。まるで、親しい友人と話しているような気分になる。
ひょっとしたら、こうやって人の心に潜り込んでくるコミュ力も夢魔たる所以なのかもしれない。
「ううっ……誰なんですか、貴方は。私に何の用ですか?」
「いや、人を亜空間に引きずり込んできて『何の用』はないだろう。そんなにマンガを見られたことがショックだったのか?」
「うっ……それは悪かったです。急なことで冷静さを失っていました」
ミツバが気まずそうに顔を伏せる。
僕がこの空間に引き込まれるきっかけになったのは、ミツバが購入しようとしていたマンガのラインナップを見たためだった。
参考書でカモフラージュして買おうとしていたのはエッチなマンガ。
R18でこそないものの……人に買うところを見られたら、ちょっと気まずくなるタイプの本だった。
「いや、別に恥ずかしがるようなことじゃないと思うけど。好きなものは好きで良いだろうし……僕は『と〇ぶる』だろうが『ゆ〇ぎ荘』だろうが堂々とレジに持っていけるけど?」
「きょ、強メンタルですね……さすがは男子高校生」
「男子高校生は関係ないけど……ミツバさん、君って学校と口調が違わないか?」
学校ではもっとギャルっぽい口調で話してなかったか?
自分のことを「あーし」とか読んでいたような気がするのだが……?
「あれはキャラです。学校で馴染むためにかぶっていた仮面です」
ミツバが断言した。
いや、嘘臭いとは思っていたのだが……まさか、本当に演技だったのか。
「現実世界に自分のことを『あーし』とかいう女子がいるわけないじゃないですか。あれは二次元の世界だけなのですよ?」
「そうだったのか……」
「というか、現実世界には友達なんて存在しませんし。お泊り会とかも架空のものなんですよ? キャンプファイアーを囲んでダンスをしたり、幼馴染と一緒に登下校したり、体育館裏で告白したり、卒業式で好きな異性からボタンをもらったりするのも全部全部フィクションなのです」
「そうかなあ!? それは言い過ぎじゃないかなあ!?」
この娘に友達や恋愛経験がないだけではないだろうか。
男子に囲まれてリア充ッぽく見えたのだが……意外と灰色の学園生活を送っているらしい。
「友達と遊ぶよりも家でマンガ読むほうが絶対に楽しいですよね。彼氏も友達も私には必要ないのです。それなのに夢魔の血を引いているせいで勝手に男達が群がってきて、本当に鬱陶しかったのです!」
「……そっか。それで変装をして男達をまいたんだな? 男達をまいて、わざわざ駅前の本屋までエッチなマンガを買いに来たんだな?」
その気持ちはわからなくもないが……エッチなマンガを購入しようとしているところを見られたからって、変な術で異世界に取り込まなくても良いのではないか。
おまけに、引きずり込まれたこの世界も妙にエロい場所だったし……ひょっとしたら、この子はただのエロ娘ではないだろうか?
「さすがは夢魔だよな……血は争えないということか」
「うるさいのですっ! そんなことよりも……あなたは誰なんですか!? 先輩ですよね、多分!?」
「ああ、やっと事情が説明できるな……」
僕は安堵の息をついて、自分が月白真雪の使いでやってきたことを説明した。
吸血鬼ギャングの娘である彼女が夢魔ギャングと和睦を望んでいることを、懇切丁寧に説明した。
「そ、そうですか。真雪さんがそんなことをねえ。ふうん、へえ……」
事情を説明すると、ミツバは唇を尖らせながら両手をモジモジとさせる。
照れたような、恥じるような……それでいて満更でもなさそうな顔をしていた。
「ひょっとして……君は月白さんと仲が良かったりするのかな?」
「な、仲が良いわけないじゃないですかっ! 彼らはうちの家と敵対しているギャングですよ!?」
ミツバが噛みつくように答える。
「ただ……真雪さんとナズナさんとは子供の頃によく遊んだだけで、あの頃は大天狗様も健在でしたし、私達も仲が良くて……でも、結局は敵同士になっちゃったし、やっぱり友達なんていらないんですよ。人生に必要ないのですっ!」
「ふむ……」
何となくではあるが……3人の関係性が見えてきたような気がする。
この町にいる3つのギャングは大天狗と呼ばれる強力な妖怪によって統治されていた。
その頃はギャングの娘である3人……月白真雪、伏影ナズナ、有楽院ミツバも親しい関係であり、幼馴染のような間柄だったのだ。
しかし、大天狗が命を落としたことにより状況は一変。
要石を失った3つのギャングが抗争を繰り広げるようになり、友人だった3人も決別してしまったのだろう。
「わ、私は別に真雪さんと仲良くなんてしたくないですけどお? でも……真雪さんが私と仲直りしたいって言ってるのなら、特別に親しくしてあげてもいいですけどお?」
「少なくとも……この子は争いを望んでいるわけじゃなさそうだな。というかツンデレがうざいんですけど」
ナズナのように襲いかかってくることもなさそうである。
僕は安堵に大きく息を吐いた。今回はバトルもなく、穏便に話し合いで済みそうだ。
すでにおかしな世界に取り込まれて一悶着あったような気がするが……ラッキースケベしかなかったので、良しとしよう。
「それじゃあ、月白さんとの話し合いの場をセッティングするからさ。できれば仲直りして、君のお父さんを説き伏せて和睦してくれないか?」
「しょうがないですねー! どうしてもって言うのなら…………あ?」
「なっ……!?」
瞬間、僕は目を剥いた。
目の前で照れたように頬を染めていた有楽院ミツバ。彼女の胸から黒いトゲのようなものが生えてきたのだ。
否、生えてきたのではない。黒い『何か』がミツバの背中を貫通し、胸の中央をまっすぐ刺し貫いていたのである。
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