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第二章 クラスメイトは吸血鬼
29.夢魔と本屋と常夏の島⑧
しおりを挟む「クッ……!」
異常に気がついた瞬間、僕は動き出した。
アイテムボックスから取り出した剣でミツバの背中を貫く何かを切断する。
切断された何かが砕け散って消滅した。代わりに、ミツバの胸に空いた空洞から大量の血液が流れ出る。
「女神の加護――『慈愛の弓矢』! 『ペインチャージ』!」
崩れ落ちるミツバの身体を受け止め、救命のためにすぐさま加護を発動させた。
他者の痛みとダメージを肩代わりして、矢として敵に放つ力。『慈愛の弓矢』である。
「痛ッ……!」
途端に胸に生じる激痛。同時に、ミツバの身体から出血が止まった。
激しい痛みに涙が出てくる。勇者として培った根性と生命力がなければ、すぐさま気を失ってしまったことだろう。
「グウウウウウウウッ! 辛い、キツイ…………だが、耐える!」
気絶したら加護が解除される。そうなれば、肩代わりした痛みがミツバに返ってしまうことになる。
痛みを堪えたまま……ミツバの身体を貫いた『敵』の姿を睨みつけた。
「お前は……人狼ファミリーの用心棒か!?」
「ザッツラーイト! また会ったな、少年!」
そこに立っていたのはレゲエっぽい格好をしたドレッドヘアーの黒人男性。かつて人狼ファミリーの拠点を訪れた際、ナズナを連れていった男だった。
「ハッハアッ! 助かったゼエ? この女を襲撃するチャンスを狙っていたんだが、なかなか上手くいかなくてナア? 人狼は吸血鬼に強いが夢魔に弱い……魔術に対する抵抗がヒンソーだから、すぐに幻術に取り込まれちまうんだヨナア!」
「…………!」
「だが……アンタがテキドにその女の術を弱らせてくれたおかげで、楽に突破することができたよ。感謝のハグをしたいくらいダゼエ!」
「やってみろよ……その前にぶち殺すけどな!」
本気の怒りを込めて、レゲエ風の男に向かって弓矢を放つ。
ナズナから受け取った痛みを矢に込めて撃つが……男の身体が影に吸い込まれるようにして消える。
『危ない、危ない! 喰らったらソクシしそうなおっかない武器だぜ。俺はこれで退散させてもらおうかナ!』
「逃げる気か……この卑怯者!」
『おいおい……これは戦争ダゼエ? 手段を選んでなんていられねえよ。それよりも……わかっているヨナ?』
影の中から男の嘲る声が聞こえてくる。
『吸血鬼ファミリーの娘が人狼ファミリーの娘を襲った。ソシテ、人狼ファミリーの用心棒である俺が夢魔ファミリーの娘を襲った! これでもう戦争は回避できない。近いうちに血で血を洗うような抗争が勃発するだろうヨオ!』
「…………!」
『戦いが終わり、焼け野原となったこの町に君臨するのは我が主ダゼエ。命が惜しいのなら、その時までに町から逃げておくんダナア!』
言いたいことだけを言い捨てて、影がスルスルとどこかに逃げていく。
後を追うべきかと考えたが……ミツバを放っては置けない。
「クソッ……やられた。久しぶりにマジやられた……!」
僕は激痛に苛まれた胸を押さえ、片膝をつく。
『慈愛の弓矢』は傷ついた者のダメージを肩代わりして、それを矢として撃ち放つ能力であったが、相手に命中しなかった場合には痛みは消えることなく自分の身体に残ってしまう。
ダメージは消えていない。このままでは、僕の方が死んでしまうだろう。
「ポーションが残っていて良かった……危ないところだったな」
アイテムボックスからポーションを取り出し、一気に飲み干す。
完全に治ったわけではないが、行動に問題ない程度には回復することができた。
倒れているミツバを確認すると……こちらも不味い。『慈愛の弓矢』の効果によって傷は塞がっているものの、息をしていなかった。
ダメージが無くなったからと言って、痛みによるショック死まで治るわけではない。
「クッ……遅かったか!?」
『慈愛の弓矢』は死人に対しては使えない。つまり、ミツバはまだ生きているはず。
まだ間に合う。手遅れではない……そのはずだ。そうでなくてはならない。
「マウス・ツー・マウス……悪く思わないでくれ」
僕はミツバのそばに膝をついて人工呼吸をした。唇と唇を重ねて息を吹き込む。
それと心臓マッサージもしなくては。焦りながらも、どうにか救急処置を施していく。
「何だ!? 女の子が倒れているぞ!?」
「どうしたんだ!? 急病人か!?」
そうこうしているうちにミツバの術が完全に解除された。
周囲に人影が戻ってきて、駅前の本屋の光景が元通りになる。
「誰か救急車を! それにAEDを持ってきてくれ!」
「わ、わかりましたっ!」
本屋の店員さんが慌ててどこかに走っていく。
俺は救急車が到着するまでの間、必死になってミツバに対する救命行為を続けた。
その後、早めの応急処置が功を奏したのかミツバは無事に息を吹き返し、救急車にのせられて病院に運ばれていくことになる。
俺はというと警察から事情聴取をされそうになったのだが、『忍び歩き』のスキルを使って逃げ出してきた。
事情を説明したところで理解が得られるとは思わない。怪物ギャングの抗争だなんて誰が信じるものか。
「…………」
本屋から帰路につきながら……俺は悔しさのあまり唇を噛みしめた。
ミツバの命を救うことはできたものの……今回の1件は完全に失敗。大敗といってもいい結果である。
俺が接触したせいでミツバが襲われる隙を作ってしまい、彼女に大怪我を追わせてしまったのだから。
何もしなければ、誰も傷つかなかったのに。
あのレゲエ風の男に襲われることもなかったはずなのに……。
「この落とし前は絶対につけてやる……アイツの名前すらも知らないし、目的も知ったことじゃない。だけど……絶対にお前らの好きにはさせないぞ!」
どうやら……この世界に戻ってきて、俺は平和ボケしていたらしい。
異世界で戦っていたような殺伐とした毎日が終わり、四姉妹との日常を取り戻した。
四姉妹をめぐるいくつかの事件には巻き込まれたが、それもどうにか攻略することに成功している。
3つの怪物ギャングの問題に巻き込まれはしたものの……勇者として戦ってきた頃のような危難はないだろうと、心のどこかで高をくくっていた。
だが……間違いだった。
俺は舐めていたのだ。この世界のことを下に見ていた。
いくらギャングが抗争しようと、異世界で経験した戦争ほどの問題にはならないだろうと考えていたのだ。
その間違いの結果が、この敗北だ。
伏影ナズナとの話し合いは失敗して、有楽院ツバキは大怪我をして救急車に運ばれた。
こんな敗北は異世界でだって、そうは経験していない。
「だけど……ここから先、僕に油断はない。全身全霊、全力で、我武者羅に貪欲に勝利を求めてやる! 勇者だった頃のようにな!」
覚えていろよ。
俺はそうつぶやいて、反撃を心に誓ったのである。
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