この青い空の下で

山吹イリア

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湧き出す記憶

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 ティフは声の主へと視線を向ける。
 湖の上には、一頭の大きなペガサスが佇んでいた。そして、神官だろうか、袖の広い、ゆったりとした服を着た少年が背中に腰掛けている。
 湖の上に白いペガサスと少年。
 ここだけを切り取ることができたなら、なんと美しい風景だろうか。
「神殿の前で争いごととは、罰当たりな奴じゃな。」
 とんっ、と彼はペガサスから水面へ降りると、サニィの方へと歩き出す。
「…何者だ。」
 ティフは気を失っているソラを抱えると、少し後ろに退がる。
 少年は笑顔で歩みを進める。地面に近づくにつれて顔がはっきり見えてくる。
 サニィは、はっと息を飲んで言った。
「…あなた…もしかして…」
 サニィの横に立つと、彼は細い目をさらに細めて、彼女に笑顔を見せた。湖のように澄んだ青い髪が、吹く風と共鳴するようになびく。
 そして、サニィの後ろで小さくなっているパティを優しく抱き上げる。
「え…?」
 パティは首を傾げている。
「この子とその少女を交換するというのはどうじゃ?」
 満面の笑みを浮かべて言うとパティの頭を撫でる。
「小さな子どもを交渉に使うとは卑怯だな。」
「ほう?」
 笑顔のまま片方の眉をピンとあげた。
「同じ事をしておる輩に卑怯呼ばわりされる謂れはないが?」
「……」
 男は笑顔のまま続ける。
「今日のところは退いてくれぬか。ティフォン。」
 ぴくっ、とティフが反応する。
「…何故、名前を知っている…?」
「さあ、何故じゃろな。ほれ、行きなさい。」
 彼はパティを降ろすと、背中をトン、と押した。
 パティはてとてと走ってティフに抱きついた。
「…帰ろう…ティフォン…」
「…行くぞ、ルド。」
「でも!」
 ルドは納得いかない様子で声をあげる。
「帰るぞ。」
 ティフは静かに、しかし強い口調で言うと、ソラを離す。サニィは崩れ落ちるソラを受け止めた。
 ティフは小さく呪文を唱える。そして、ルドとパティと共に風を纏うと、飛び去っていった。


***


 「…ん……」
 白い天井が見える。
 あれ、あたし、なんで寝てるんだろう…
 えっと、神殿に着いて、エルフ族の男が攻撃してきて、魔法使って…………
 もう一度目を閉じて、
「…サニィいで!!!!!」
ごちん!
 勢いよく起き上がると何かに頭をぶつけてしまった。
「いてててて…」
 ソラは額を抑えてうずくまる。そのまま前を見ると、目の前には無言でベッドに突っ伏しているアーサー。
「…ソラ…元気そうで…なによりです…」
 改めて周りを見ると、神殿の中だろうか、白い部屋の中に置かれたベッドに寝ていたようだ。
「アーサーは平気なの?」
「ええ。あの時、咄嗟に氷のつぶてをぶつけて威力を減らしましたから。」
「それなら、よかった。ところで、あいつらは?それに、どうやって神殿に入ったの?」
 彼は、疑問を浮かべるソラに答える代わりに手を差し出し、得意の微笑みを見せた。
「とりあえず、行きましょう。」
 ソラは手を取った。


***


 部屋に入ると、サニィと1人の男がなにやら話し込んでいた。
「ソラ!体調は大丈夫なのですか!?」
 サニィが話をやめてソラの方へ駆けてくる。
「まあ、ね。我ながら、格好悪いわ。それより、あちらは?」
 頭をぽりぽりとかいて苦笑い。
 サニィの後に遅れてこちらへ来た彼は口を開いた。
「元気になってよかった。わしは、ワイアット。この神殿の神官じゃ。」
 ワイアットはそう言うと、軽く会釈をした。短く切り揃えられた、清潔感のある青い髪。神官の服なのだろうか、袖の広い上着を何枚か重ね着して、こちらもまた裾の広いズボンを履いている。
「おじいちゃんのような口調は昔からですので、お気になさらず。」
 サニィは何故か得意げに言った。
「えっと…お知り合いですか?」
「知り合いといいますか、小さい頃によくこの神殿で一緒に遊んでは神官長に怒られて崖に吊るされたり、神獣の世話をさせられたり、苦楽を共にした幼馴染というやつですわ。
 しばらく会わない間に神官長になっていたとは、驚きですわ!
 ちなみにこの神官の服装は着物と言って神に仕える…」
 サニィの肩にポン、と手を置いてワイアットはため息をついた。
「サニィ様。あまり過去のことは…」
「まあ、人間誰しも、触れて欲しくない過去くらいあるもんよね。」
 ところで、と手を打ってワイアットは尋ねた。
「こちらにはどのような御用件で?不思議な顔ぶれじゃが…。」
「ずいぶんと、立ち直りが早いのね。」
 すっ、とアーサーが歩み出る。
「記憶の泉を使わせていただきたいのです。私が誰なのか、知るために。」
 ワイアットは細い目でアーサーをしばらく見つめると、笑顔で答えた。
「よいじゃろう。ついてくるがよい。」


***


「なんで!アーサーはよくて、わたくしはダメなのです!?」
 先頭を歩くワイアットをつつきながらサニィは喚いていた。
「じゃから、記憶の泉は、本人の記憶しか見れんと言っておるからの。サニィ様はダメじゃ。」
「ぶう。」
 彼はサニィのつつき攻撃を物ともせず、観音開きの扉を開けた。
 輝く湖、緑の林。湖に伸びる石造りの階段。
「…外…ですよね?ここ。」
「いかにも。この神殿が建っている湖こそが、記憶の泉じゃ。」
 ワイアットは階段を数段降りると、懐から小さな盃を出して水をすくう。
 そして、小さな声でなにやら呟いて、盃をアーサーに渡す。
「この水を飲むと、過去の記憶を垣間見ることができる。ただし、見るだけじゃ。干渉しようとすれば、そこで終わりじゃ。よいな。」
 小さな盃を受け取り、頷くアーサー。銀色に輝く盃の中では、透明な水が揺れている。
 ソラとサニィは心配そうな表情で彼を見つめる。
 アーサーは彼女たちの心配を吹き飛ばすような笑顔を向けると、水を一気に飲み干した。
 ばたん!
「アーサー!?」
「あ。いい忘れておった。」
 その場に倒れるアーサーを受け止めてワイアットは苦笑いを浮かべた。
「水を飲むとしばらく眠ってしまうのじゃ。」
「言うのが遅い!!」
 ソラはワイアットの頭を叩いたのだった。


***


 気がつくと、見知らぬ土地に立っていた。
 目の前には見覚えのある金髪のエルフーーティフォンだ。
「何故、我々の邪魔をする?」
 邪魔?一体何のことだ?
「他人の石を奪うことが、いいことのはずがない。人間だろうと、エルフだろうと、ハーフであろうとそれは同じだ。」
 私の思いとは裏腹に、口が勝手に言葉を紡ぐ。
「ハーフのくせに、我らエルフよりも高い魔力を持っているのが気にくわないのだよ。
 石だって、2つも持っているのだから、ひとつくらいもらってもよいではないか。」
 ハーフとは、誰のことだろうか。質問したい気持ちが大きくなるが、ワイアットの言葉を思い出す。
「どんな理由であれ、他人のものを奪っていい理由にはならない。」
 私は足を少し開いて、腰の剣に手をかける。
「それに、彼女は私が必ず守る。」
 この言葉が戦いの合図になった。
 私は素早く彼の懐に踏み込んで剣を一閃。しかし、彼はすんでのところで後ろへ跳んで一回転。さらに、地面に手をついて一言。
「"砂地獄"」
「!?」
 嫌な予感を感じて横に跳ぶ。
どごっ!
 つい今しがたいた場所の地面が割れ、そこからは土の錐が伸びていた。
「アーサー!?」
 ティフと私は声の方を見る。
 そこには、紺色の髪。流れる一房の金髪。翡翠色の瞳。
 何故。ここにいるのか。過去の私も、今の私も混乱していた。
 短めのジーンズにふんわりとしたブラウス。大きめの花のコサージュが可愛らしい。
 その姿は紛れもなく、
「ソラ!何故ここに!?」
 名前を呼ばれて私の方を見ると、ティフのことなど御構い無しに私に詰め寄り、
「それはこっちのセリフよ!人に無断でいきなり魔法かけて眠らせといて!どういうつもりよ!それに!これはあたしの問題っていうか、宿命みたいなもんだから、あたしが解決しなくちゃ意味ないでしょう!?」
 一気に畳み掛ける。その気迫に、ティフもあっけにとられている。
「…と。とりあえずこのくらいにして。行くわよ、アーサー。」
「…?え?あ、ええ。」
「…く、来るがいい。」
 突然真面目になるソラに、我にかえる。
「"花散る風"」
 ソラの風の魔法に、私は小さな氷の塊を生み出し、のせる。
「甘い!」
ごう!
 ティフは手を振りかざして風を起こす。
「甘いわね!"烈葉"」
 風に乗ったソラがティフの背後から風の矢を放つ。
「それも見え見えだ!"紫電"」
 彼は風の矢を素手で掴むと自分の魔法をかけて前に投げた。
 私の方へ。
 しかし、私もそれは予想済み。軽々と躱すと両手を彼に向けた。
「"氷の楔"」
キン!
 魔法が発動するやいなやティフの全身が氷に包まれる。
「…あ…」
 何が言おうと口を開いたまま彼は氷漬けになった。
「…終わったの…?」
 ソラが私の方へ駆け寄って来る。返事をしようとした時、背中に悪寒が走った。
 私は咄嗟にソラの手を引いて彼女との位置を入れ換える。
「!?」
 背中に衝撃。耐えきれず彼女を巻き込んで地面に転がる。
「アーサー!?」
 途中で彼女を離したのだろうか、ソラは少し前に座っていた。
「…甘いと言ったぞ。」
 声はソラの後ろでした。ティフだ。まだ足元は凍りついているが、どうやって上半身の氷を破ったのだろう。この場面を見るのは2回目のはずなのに、わからなかった。
「アーサー!今行く!」
 そう言ってソラは駆け出す。後ろには魔法の光。
 身体は動かない。でも、ソラを守ると誓ったのだ。どうか、どうか動いてくれ。
 少しずつ記憶が鮮明になる。このあと、どうなるのか。何が起こるのか。
「ソラ!逃げろ!」
 私は最後の力を振り絞って声を上げた。
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