エスメラルドの宝典

のーが

文字の大きさ
1 / 47

第1話

しおりを挟む
 普段は静けさに満ちている建物に、耳を塞ぎたくなる雑音が響いていた。
 重たい色の空から滝のように打ちつける雨。それさえ凌駕して、銃声が鼓膜を刺激する。建物は硝煙の臭いで満ちていた。

 幾重にもなって聞こえていた炸裂音が、ぷつり、ぷつりと、糸が切れるように数が減っていく。
 地下に続く隠し通路の扉を開いた盗賊組織の頭目・藤沢智弘ふじさわともひろは、部下の一人に目をやった。

さとし、損な役回りをさせてすまん」
「誰かがやらなければならないんだ。ボスが謝ることはない。これまでは別の奴に任せてきたが、自分の番が来ただけだ。与えられた役割は果たそう」
「無事に出られたら、合流できるよう手を回す」

 藤沢は隠し通路に設置された梯子を降りた。脱走部隊に選ばれた構成員たちが、次々と彼の後を追う。
 最後に残った少女も梯子に手をかけた。平和な時代なら、慧と一緒に高校に通っていたであろうはずなのに。
 少女は敵の手から逃れる前に、囮を命じられた慧の顔を見上げた。

「無茶しなくていいから。私が絶対、迎えにいくから」
「こんなところで死ぬものか。今夜にでも合流できるはずだ」
「うん。じゃあ……行くね」

 少女は寂しさと不安を混ぜ合わせた表情のまま、直視したくない現実から目を背けるように地下へと降りた。

「……これで、終わりだな」

 誰もいなくなった室内。慧の呟きが小さく反響する。
 彼は隠し通路の入口を閉じると、最後の勤めを果たすために屋上へ向かった。
 雨音に混じり聞こえる銃声は、一人か二人分だけになっていた。

   ◆
   
 完成間近で建造を放棄された建物の屋上には、当然ながら何もない。
 時刻は正午を回ったばかりだったが、悪天候のせいか空は妙に暗かった。
 激しい雨のなか、髪と服が濡れることも厭わずに慧は歩み出る。屋上の縁に寄って、眼下の様子を探ろうとしていた。

「――そこまでです。武器を置いて、こちらを向いてください」

 不意に勧告してきた聞き覚えのない声に、足を止める。悠然と振り返った。
 下層に続く階段室の手前に、青色の軍服めいたジャケットを着た女性が立っていた。ストレートに伸ばしたセミロングの髪が雨に濡れ、ぺたりと顔に密着している。
 彼女が何者なのかは考えるまでもない。健康的な肌色の手に握られた武器が、慧の推測が間違いではないことの証左だった。
 自身の身の丈ほどもある漆黒の柄に、水を帯びて煌く白銀の刃。向けられる薙刀の尖端が、反応を示さない慧を刺激せんと前に出る。

「聞こえませんでしたか? 武器を置いてください。あなたは包囲されています」
「そのようだな」
「あなたで最後です。このアジトにいた方々は、私たちが全員制圧しました」
「頭目に逃げられておいて全員制圧とは驚いた。まさか、気づいてないのか?」
「藤沢智弘が、ここにいたのですか?」

 慧は失望した。自分の仕事は常に完璧だと、根拠もなく信じてしまう類の生き物らしい。敵対する者に質問を投げてしまう点からも、甘い環境で生きてきたことが窺える。
 さらに彼女は肉薄する。出し抜かれた悔しさは見せず、凛々しい表情を崩さぬまま。

「抜け道があったのですか。どこに逃げたか、教えていただけますね?」
「さぁな。捨て駒に行き先を告げるわけがないだろ? お前が来てくれたことで、無事に役割を果たせたわけだ」

 両者が黙して、沈黙が場を支配する。あるのは降り注ぐ雨の音色だけ。しかしそれも勢いを落としていた。
 武器を構えたまま硬直する彼女。その丸々とした瞳を、慧は見据えた。

「ボス――藤沢が指揮するフリーフロムを潰せるだけの能力が、お前たちにあるのか?」

 唐突かつ意外だったであろう慧の問いかけに、彼女の反応は薄かった。寸秒だけ間を置き、小さな唇が動く。

「ありますよ」

 短く、あまりにも素直に答える。慧が質問に含ませた意図を汲み取った様子はない。単に訊かれた内容に答えただけだ。

「あなたにも、あるんじゃないですか?」
「何がだ?」
「あなたのいる盗賊組織を終わらせるだけの能力が、です」
「初対面のくせに随分と期待してくれるんだな。そんな実力があれば、囮に選ばれるわけがない」
「戦いにおける強さの話をしているのではありません」

 いったいどうして、そんなふうに断言できたのか。彼女と出会ったばかりの慧には根拠がわからない。
 わからないが、彼女は理解していた。
 たった数回程度の会話で、慧が彼女に対して刃を抜かず、話さなくてもいいことを喋った理由を察していた。

 ――こいつなら、利用できる。

 慧は灰色に染まる天を仰いだ。冷たい秋の雨は衰えていたが、それゆえに屋上に打ちつける水音が悲しくこだまする。
 それはまるで、彼の選択した未来の結末を暗示しているかのよう。

 ――それでもいい。覚悟は決めている。

 ジッと見つめてくる女性に、慧は視線を重ねた。

「こちらの実力を確かめてみたいのか?」
「あなたの言動によります。それとも、投降しますか?」
「いや、どちらでもないな」

 もはや、慧が屋上に残っていた理由は告白したも同然だ。しかし、わずかばかりの疑念が彼女に残っている。それを晴らさずには、始められない。
 汚れきった過去と決別するために、慧はその一言を伝えた。

「俺を、お前たちの仲間にしてくれないか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。 だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。 互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。 ハッピーエンド 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/03/02……完結 2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位 2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位 2023/12/19……連載開始

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

処理中です...