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第5話
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「……ボス、奴らと交戦していた連中との連絡が途絶えました」
「そうか。感謝しないといけないな。彼らが時間を稼いでくれたおかげで、俺たちは逃げられた。態勢を整えたら、仇を取ってやらないとな」
携帯電話に耳を当てていた助手席の男が、後部座席の藤沢に報告した。
アジトを襲ったのはAMYサービスという組織だと、藤沢は部下たちに教えた。完全武装して潜んでいたのに、返り討ちにされたのだ。
――そんな危険な奴らを相手にして、〝彼〟は無事なのかな。
藤沢の隣に座る千奈美は、ただ願う。うまく逃げていてほしいと。彼女が藤沢と共に抜け出した隠し通路以外、アジトには敵の目を欺ける脱出路はない。だとしても、千奈美は願わずにはいられない。
――それとも、いつか言っていたことを……。
「千奈美、そんなに暗い顔をするな。悲しいが、何かを為すためには犠牲がいる。彼らがその役割を担ってくれたのだから、俺たちは前に進まなければならない。心配事があるなら相談にのるが?」
「慧が無事なのか気になっただけ」
「お前たちは仲が良かったものな。慧には悪いことをした。忘れないでいてやれば、彼も喜んでくれる」
「死んじゃったって、ボスはそう思うの?」
「正直、生きてる可能性は絶望的だ。アジトを壊滅させた者たちのように、AMYサービスには複数の異能力使いがいる。対峙すれば、無能力者の慧に勝ち目はない」
「逃げてるかもしれない」
「勇敢な性格だったから、そうしてくれている可能性も低いだろうな……」
人の良さそうな顔に影を落として、藤沢は呟く。
自分の部下は絶対的な服従を誓ってくれている。そう信じる藤沢には想像もできない秘密を、千奈美は知っていた。
二年前、慧に呼び出された千奈美は、誰もいない屋上で彼から提案をされた。
あまりに信じられない内容だった。まさに恩を仇で返す背徳行為。当然、千奈美は首を振り、逆に慧を説得した。目を覚ませと。
しばらく悩んだ末に慧は頷き、以来その話題を出すことはなかった。
考えを改めてくれたのだと思い込んでいた。だが、もしもまだ諦めていなかったのなら、協力を拒んだ千奈美の代わりをずっと探していたのかもしれない。
「ボス、その、慧のことなんですが」
「お前も逃げてるかもしれないっていうのか。俺とお前たちの慧に対する評価は違うようだ。彼のことを、ちゃんと見れていなかったのかもしれないな」
「いえ、その話ではなくてですね。例の待ち伏せていた連中との通信が途絶える前に、慧によく似た男が敵の車に乗っていると、彼らが会話しているのを聞きました。確信を得られなかったのか、正式な報告はされませんでしたが」
千奈美の表情は曇り、藤沢の眉間に皺が寄った。
「確かだとすれば、捕虜にされたってことか」
「わかりませんが、その人物は奴らの青い制服じゃなく、慧が着ていた黒色のシャツに見えたそうです」
「それのどこに疑う余地がある? 本人と断言していいだろう」
「そうなんですが、そいつは身を乗り出して銃撃してきたそうです」
黙りこむ藤沢の横で、千奈美は自分の仮説が的を得ていたと確信する。
「脅されて仲間を撃てと命令されていたのかもしれない。判断するには、まだ情報不足だ。しかし――」
千奈美としても悲しいが、続く藤沢の言葉に反対はできない。
「俺たちを裏切ったのだとしたら、生かしてはおけないな。散っていた仲間のためにも」
こうなるとわかっていたはずなのに、どうして敢行してしまったのか。
本当に裏切ったのだとすれば、千奈美は彼を殺さなければならない。そうでなくとも、彼女以外の誰かが彼を殺す。
仮に彼女が慧の側につけば、彼を殺さずに済む。だがその場合、命の恩人である藤沢を手にかける道は避けられない。
どちらも嫌なのに、どちらかを選ばなければならない。こんなにも失うものが大きい選択は、千奈美の人生にとって初めてだった。
迷っているから、彼女は藤沢に黙っていた。慧が寝返ったのは確実であろうことを。
「事実をはっきりさせるには、調べなきゃならんな。新しい拠点に到着しだい、少人数の偵察部隊を組むか。実態を探り、クロならその場で抹殺する」
方針を定めた藤沢に、千奈美が顔を向ける。
「その部隊、私も入れてほしい」
「いいのか? つらい役目になるかもしれないぞ?」
「構わない。私は慧が裏切っただなんて思ってないから」
「現実は思い通りにはいかないことも多い。俺もそう願いたいが、万一の場合には目的を達成できなければ困る。覚悟はあるか?」
「もちろん。裏切ったなら、許さない」
千奈美の決意に納得した藤沢は、電話を取り出して新しい拠点の仲間に連絡をとった。千奈美以外の人員を選んでいるのだ。それを尻目に、千奈美は頬杖をついて流れていく景色を眺める。
雨粒の乾ききっていないガラス越しに見える世界は、どこまで進んでも荒廃している。半壊や全壊した家屋の灰色の海。自動車が通れる幅だけは確保されているが、損壊した瓦礫が地平線まで積もっている。
この世界は、異能力者によって既に滅ぼされていた。
千奈美と慧の家族も、異能力者たちの暴動によって命を落とした。千奈美はあの日の光景を、十年が経過した今でも夢に見る。嵐や落雷といった天災ではなく、人為的な超常現象による理解不能な破壊力でビルが崩れ、無惨に人間が蹂躙される悪夢。当時わずか八歳だった千奈美ですら、玩具にされて殺されるくらいなら、自害したほうがマシとさえ考えた。
そんな地獄から救ってくれた恩人こそ、藤沢智弘だ。
逃げ惑っていた千奈美を、偶然近くで活動していたフリーフロムが保護したのだ。行く当てのない彼女は、そのまま一員となった。
フリーフロムがなければ、とうに終わっていた命。だから千奈美は、フリーフロムが盗賊組織だと知らされてからも、組織の一員として全員が生きていけるよう働き続けた。
慧も同じ気持ちだと思っていた。
二年前に、彼から組織離脱の誘いを受けるまでは。
――あのときから、いつかこうなるとわかっていたのかも。
千奈美を誘った慧は、『こんな悪事を続けるべきじゃない』といった。けれど、悪事に手を染めなければ生きられないのだから仕方がない。家族が身を挺して守ってくれた命を、満足に生きてもいないのに捨てるわけにはいかなかった。
当時、千奈美は慧に自分の考えを伝えていた。
対して彼が答えたのは、到底賛同できる内容ではなかった。
――それを実行するつもりなら、私が許さない。
人の気配など欠片も感じない殺風景な道を、千奈美は黙って眺めていた。
「そうか。感謝しないといけないな。彼らが時間を稼いでくれたおかげで、俺たちは逃げられた。態勢を整えたら、仇を取ってやらないとな」
携帯電話に耳を当てていた助手席の男が、後部座席の藤沢に報告した。
アジトを襲ったのはAMYサービスという組織だと、藤沢は部下たちに教えた。完全武装して潜んでいたのに、返り討ちにされたのだ。
――そんな危険な奴らを相手にして、〝彼〟は無事なのかな。
藤沢の隣に座る千奈美は、ただ願う。うまく逃げていてほしいと。彼女が藤沢と共に抜け出した隠し通路以外、アジトには敵の目を欺ける脱出路はない。だとしても、千奈美は願わずにはいられない。
――それとも、いつか言っていたことを……。
「千奈美、そんなに暗い顔をするな。悲しいが、何かを為すためには犠牲がいる。彼らがその役割を担ってくれたのだから、俺たちは前に進まなければならない。心配事があるなら相談にのるが?」
「慧が無事なのか気になっただけ」
「お前たちは仲が良かったものな。慧には悪いことをした。忘れないでいてやれば、彼も喜んでくれる」
「死んじゃったって、ボスはそう思うの?」
「正直、生きてる可能性は絶望的だ。アジトを壊滅させた者たちのように、AMYサービスには複数の異能力使いがいる。対峙すれば、無能力者の慧に勝ち目はない」
「逃げてるかもしれない」
「勇敢な性格だったから、そうしてくれている可能性も低いだろうな……」
人の良さそうな顔に影を落として、藤沢は呟く。
自分の部下は絶対的な服従を誓ってくれている。そう信じる藤沢には想像もできない秘密を、千奈美は知っていた。
二年前、慧に呼び出された千奈美は、誰もいない屋上で彼から提案をされた。
あまりに信じられない内容だった。まさに恩を仇で返す背徳行為。当然、千奈美は首を振り、逆に慧を説得した。目を覚ませと。
しばらく悩んだ末に慧は頷き、以来その話題を出すことはなかった。
考えを改めてくれたのだと思い込んでいた。だが、もしもまだ諦めていなかったのなら、協力を拒んだ千奈美の代わりをずっと探していたのかもしれない。
「ボス、その、慧のことなんですが」
「お前も逃げてるかもしれないっていうのか。俺とお前たちの慧に対する評価は違うようだ。彼のことを、ちゃんと見れていなかったのかもしれないな」
「いえ、その話ではなくてですね。例の待ち伏せていた連中との通信が途絶える前に、慧によく似た男が敵の車に乗っていると、彼らが会話しているのを聞きました。確信を得られなかったのか、正式な報告はされませんでしたが」
千奈美の表情は曇り、藤沢の眉間に皺が寄った。
「確かだとすれば、捕虜にされたってことか」
「わかりませんが、その人物は奴らの青い制服じゃなく、慧が着ていた黒色のシャツに見えたそうです」
「それのどこに疑う余地がある? 本人と断言していいだろう」
「そうなんですが、そいつは身を乗り出して銃撃してきたそうです」
黙りこむ藤沢の横で、千奈美は自分の仮説が的を得ていたと確信する。
「脅されて仲間を撃てと命令されていたのかもしれない。判断するには、まだ情報不足だ。しかし――」
千奈美としても悲しいが、続く藤沢の言葉に反対はできない。
「俺たちを裏切ったのだとしたら、生かしてはおけないな。散っていた仲間のためにも」
こうなるとわかっていたはずなのに、どうして敢行してしまったのか。
本当に裏切ったのだとすれば、千奈美は彼を殺さなければならない。そうでなくとも、彼女以外の誰かが彼を殺す。
仮に彼女が慧の側につけば、彼を殺さずに済む。だがその場合、命の恩人である藤沢を手にかける道は避けられない。
どちらも嫌なのに、どちらかを選ばなければならない。こんなにも失うものが大きい選択は、千奈美の人生にとって初めてだった。
迷っているから、彼女は藤沢に黙っていた。慧が寝返ったのは確実であろうことを。
「事実をはっきりさせるには、調べなきゃならんな。新しい拠点に到着しだい、少人数の偵察部隊を組むか。実態を探り、クロならその場で抹殺する」
方針を定めた藤沢に、千奈美が顔を向ける。
「その部隊、私も入れてほしい」
「いいのか? つらい役目になるかもしれないぞ?」
「構わない。私は慧が裏切っただなんて思ってないから」
「現実は思い通りにはいかないことも多い。俺もそう願いたいが、万一の場合には目的を達成できなければ困る。覚悟はあるか?」
「もちろん。裏切ったなら、許さない」
千奈美の決意に納得した藤沢は、電話を取り出して新しい拠点の仲間に連絡をとった。千奈美以外の人員を選んでいるのだ。それを尻目に、千奈美は頬杖をついて流れていく景色を眺める。
雨粒の乾ききっていないガラス越しに見える世界は、どこまで進んでも荒廃している。半壊や全壊した家屋の灰色の海。自動車が通れる幅だけは確保されているが、損壊した瓦礫が地平線まで積もっている。
この世界は、異能力者によって既に滅ぼされていた。
千奈美と慧の家族も、異能力者たちの暴動によって命を落とした。千奈美はあの日の光景を、十年が経過した今でも夢に見る。嵐や落雷といった天災ではなく、人為的な超常現象による理解不能な破壊力でビルが崩れ、無惨に人間が蹂躙される悪夢。当時わずか八歳だった千奈美ですら、玩具にされて殺されるくらいなら、自害したほうがマシとさえ考えた。
そんな地獄から救ってくれた恩人こそ、藤沢智弘だ。
逃げ惑っていた千奈美を、偶然近くで活動していたフリーフロムが保護したのだ。行く当てのない彼女は、そのまま一員となった。
フリーフロムがなければ、とうに終わっていた命。だから千奈美は、フリーフロムが盗賊組織だと知らされてからも、組織の一員として全員が生きていけるよう働き続けた。
慧も同じ気持ちだと思っていた。
二年前に、彼から組織離脱の誘いを受けるまでは。
――あのときから、いつかこうなるとわかっていたのかも。
千奈美を誘った慧は、『こんな悪事を続けるべきじゃない』といった。けれど、悪事に手を染めなければ生きられないのだから仕方がない。家族が身を挺して守ってくれた命を、満足に生きてもいないのに捨てるわけにはいかなかった。
当時、千奈美は慧に自分の考えを伝えていた。
対して彼が答えたのは、到底賛同できる内容ではなかった。
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