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第6話
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慧はテーマパークのアトラクションにも勝るスリルを体験した。その後は何事もなく、平穏なドライブを経て車は目的地に到着した。俊平がエンジンを切ってドアロックを解除する。
車が格納されたのは、刑務所を彷彿とさせる高い外壁と鉄条網に囲われた敷地内。紹介された際にも、広大な敷地面積と、奥にそびえる立派な西洋館に慧はひどく驚いた。AMYサービスとは、彼が想像した以上に儲かっているらしい。中型の自動車が五台も並んでいる車庫も、隣接する本館と比べれれば犬小屋程度に錯覚する。
AMYサービスのような治安維持組織においては、稼ぎ具合が実力の証左だ。慧は改めて、AMYサービスの側についた自分の判断が間違いではなかったと感じた。
車庫から出る。急ぐように歩く琴乃を先頭に、一行は芝生が敷き詰められた庭を進む。
無駄に大きい両開きの扉が、西洋館の玄関だった。琴乃が片手で押し込む。鉄製に見える扉が、意外なほど軽そうに、内側に開いた。
「あたしは先に休ませてもらうから。ホント、とんでもない目に遭ったわ。ずぶ濡れになるし殺されかけるし。おまけに変な奴が仲間になるし」
「わるかった。世話になったな、琴乃」
「はぁ。世話になるのはこれからでしょ? もうつかれたわ。慣れないだろうけど、アンタもゆっくり休みなさい」
疲労困憊といった様子で肩を落とした琴乃は、それだけ残して邸宅に入っていった。
慧は残された面々に顔を向けた。
「さっきまで俺を敵視していたくせに、存外に早く認めてくれたな」
「油断しないほうがいい。彼女は猫のように気まぐれだからね。だけど同じく、すぐに愛想を尽かす性格でもない。どうやら君のことが気に入ったらしいよ」
「どう解釈したらそうなるのか、皆目見当もつかんな」
「それが彼女の魅力ってわけさ。さて、それじゃあ僕も一旦休もう。社長への挨拶は、天谷さん一人で充分だろう?」
目配せされた鏡花が、短く首肯する。
「唐沢くんは運転で疲れてるでしょう。どうぞあとは私に任せてください」
「お言葉に甘えさせていただくよ」
律儀に許可を得てから、俊平も玄関の奥に消えていった。
邸宅に入る前に、慧は庭を見回した。絵に描いたような豪邸の庭だ。草木の深い色ばかりに目がいくが、敷地の端は花で彩られている。物騒な事業を営むわりに、華やかなことだ。
「よく整備されている。庭師でも雇っているのか?」
「いいえ。庭に限らず、この家は従業員である私たちが管理、清掃しています。常に仕事がある職種ではないですから、手が空いている間は邸宅の整備に従事しているんです」
「基本的というと、一応は小間使いもいるのか?」
「食事だけは専門の方を雇っています。私たちのなかに、料理ができる者がいないので」
「残念ながら、俺も料理はしたことがない」
「大丈夫ですよ。上倉くんにもきっと、できる仕事がありますから」
よくわからないフォローをされる。早速、慧にも家事を手伝わせるつもりらしい。
玄関の脇に立った鏡花が、邸宅のなかに手招きする。
「どうぞお入りください。社長のところに案内します」
「楽しみだな」
素直な感想を漏らして、彼は敵対していた組織の活動拠点に足を踏み入れた。
◆
玄関の先に広がるエントランスホールは、圧巻の構造だった。二階まで吹き抜けた高い天井、その二階へと続く階段が広間の中央にある。巨大な部屋のなかに、一階と二階と、それを繋ぐ階段があるのだ。
階段の折り返し地点には、向日葵の絵画が飾られている。一階には、見るからに高級そうな造形の応接セットがふたつ。広間の両端からは、長い廊下が伸びる。さらには視界にある全ての床に、赤色の絨毯が敷き詰められていた。
まるで異世界。あまりに豪奢な内装に、慧は思わず足を止める。
背後の鏡花が、不思議そうに横から彼を覗いた。
「どうしたんですか? 遠慮せずに入ってください」
「い、いや、見たところ絨毯が敷かれているようだが、靴はどうすれば?」
「土足で構わないですよ。洋館ですから、靴を脱ぐ必要はないんです」
「そういうものなのか……しばらく慣れそうにないな」
家にあがるときは靴を脱ぐものと思っていた慧は、どこか釈然としない気持ちのままエントランスホールを歩く。
邸宅内の空気から、埃を感じなかった。汚れも見当たらず、潔癖症の人物でも満足のいく完全無欠の清潔さに保たれている。慧は広すぎる部屋の中央で、大きく深呼吸をした。
「上倉くん、社長の執務室はこちらです」
「ああ。ここの清掃も、お前たちが?」
「はい。エントランスホールは私が担当しています。任務がないときしかできませんけどね」
「よほど仕事が少ないようだ」
「それでいいんです。平和な証拠ですからね」
純真な微笑みを浮かべて、鏡花は廊下を進む。慧は彼女のあとについていきながら、等間隔に並ぶ窓から庭を観察した。
そういえば、邸宅の大きさに反して人の気配がほとんどない。
廊下の突き当たりで立ち止まった鏡花は、茶色の扉を三回ノックした。
「はいっていいよー」
間を置かずに返ってきたのは、男性にしては高めの声。いや、声色はともかくとして、その言葉遣いが気になった。およそ組織のトップが使う文句ではない。
「失礼します」
鏡花は丁寧な所作で、執務室の扉を開いた。
車が格納されたのは、刑務所を彷彿とさせる高い外壁と鉄条網に囲われた敷地内。紹介された際にも、広大な敷地面積と、奥にそびえる立派な西洋館に慧はひどく驚いた。AMYサービスとは、彼が想像した以上に儲かっているらしい。中型の自動車が五台も並んでいる車庫も、隣接する本館と比べれれば犬小屋程度に錯覚する。
AMYサービスのような治安維持組織においては、稼ぎ具合が実力の証左だ。慧は改めて、AMYサービスの側についた自分の判断が間違いではなかったと感じた。
車庫から出る。急ぐように歩く琴乃を先頭に、一行は芝生が敷き詰められた庭を進む。
無駄に大きい両開きの扉が、西洋館の玄関だった。琴乃が片手で押し込む。鉄製に見える扉が、意外なほど軽そうに、内側に開いた。
「あたしは先に休ませてもらうから。ホント、とんでもない目に遭ったわ。ずぶ濡れになるし殺されかけるし。おまけに変な奴が仲間になるし」
「わるかった。世話になったな、琴乃」
「はぁ。世話になるのはこれからでしょ? もうつかれたわ。慣れないだろうけど、アンタもゆっくり休みなさい」
疲労困憊といった様子で肩を落とした琴乃は、それだけ残して邸宅に入っていった。
慧は残された面々に顔を向けた。
「さっきまで俺を敵視していたくせに、存外に早く認めてくれたな」
「油断しないほうがいい。彼女は猫のように気まぐれだからね。だけど同じく、すぐに愛想を尽かす性格でもない。どうやら君のことが気に入ったらしいよ」
「どう解釈したらそうなるのか、皆目見当もつかんな」
「それが彼女の魅力ってわけさ。さて、それじゃあ僕も一旦休もう。社長への挨拶は、天谷さん一人で充分だろう?」
目配せされた鏡花が、短く首肯する。
「唐沢くんは運転で疲れてるでしょう。どうぞあとは私に任せてください」
「お言葉に甘えさせていただくよ」
律儀に許可を得てから、俊平も玄関の奥に消えていった。
邸宅に入る前に、慧は庭を見回した。絵に描いたような豪邸の庭だ。草木の深い色ばかりに目がいくが、敷地の端は花で彩られている。物騒な事業を営むわりに、華やかなことだ。
「よく整備されている。庭師でも雇っているのか?」
「いいえ。庭に限らず、この家は従業員である私たちが管理、清掃しています。常に仕事がある職種ではないですから、手が空いている間は邸宅の整備に従事しているんです」
「基本的というと、一応は小間使いもいるのか?」
「食事だけは専門の方を雇っています。私たちのなかに、料理ができる者がいないので」
「残念ながら、俺も料理はしたことがない」
「大丈夫ですよ。上倉くんにもきっと、できる仕事がありますから」
よくわからないフォローをされる。早速、慧にも家事を手伝わせるつもりらしい。
玄関の脇に立った鏡花が、邸宅のなかに手招きする。
「どうぞお入りください。社長のところに案内します」
「楽しみだな」
素直な感想を漏らして、彼は敵対していた組織の活動拠点に足を踏み入れた。
◆
玄関の先に広がるエントランスホールは、圧巻の構造だった。二階まで吹き抜けた高い天井、その二階へと続く階段が広間の中央にある。巨大な部屋のなかに、一階と二階と、それを繋ぐ階段があるのだ。
階段の折り返し地点には、向日葵の絵画が飾られている。一階には、見るからに高級そうな造形の応接セットがふたつ。広間の両端からは、長い廊下が伸びる。さらには視界にある全ての床に、赤色の絨毯が敷き詰められていた。
まるで異世界。あまりに豪奢な内装に、慧は思わず足を止める。
背後の鏡花が、不思議そうに横から彼を覗いた。
「どうしたんですか? 遠慮せずに入ってください」
「い、いや、見たところ絨毯が敷かれているようだが、靴はどうすれば?」
「土足で構わないですよ。洋館ですから、靴を脱ぐ必要はないんです」
「そういうものなのか……しばらく慣れそうにないな」
家にあがるときは靴を脱ぐものと思っていた慧は、どこか釈然としない気持ちのままエントランスホールを歩く。
邸宅内の空気から、埃を感じなかった。汚れも見当たらず、潔癖症の人物でも満足のいく完全無欠の清潔さに保たれている。慧は広すぎる部屋の中央で、大きく深呼吸をした。
「上倉くん、社長の執務室はこちらです」
「ああ。ここの清掃も、お前たちが?」
「はい。エントランスホールは私が担当しています。任務がないときしかできませんけどね」
「よほど仕事が少ないようだ」
「それでいいんです。平和な証拠ですからね」
純真な微笑みを浮かべて、鏡花は廊下を進む。慧は彼女のあとについていきながら、等間隔に並ぶ窓から庭を観察した。
そういえば、邸宅の大きさに反して人の気配がほとんどない。
廊下の突き当たりで立ち止まった鏡花は、茶色の扉を三回ノックした。
「はいっていいよー」
間を置かずに返ってきたのは、男性にしては高めの声。いや、声色はともかくとして、その言葉遣いが気になった。およそ組織のトップが使う文句ではない。
「失礼します」
鏡花は丁寧な所作で、執務室の扉を開いた。
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