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第16話

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 邸宅がフリーフロムによる襲撃を退けた翌日、慧は会議室に呼び出された。
 室内には先客が二人いた。
 扉を開けてすぐ左手にある大型モニターの前に悠司が立ち、演台に置かれたノートパソコンに鏡花が目を落としている。パソコンから伸びるケーブルはモニターの側面に繋がれていた。
 画面を見やすくするためか、室内は暗い。眩しいくらい発光するモニターには、天谷邸周辺を俯瞰した地図が表示されている。
 映像を横目に、慧は手近な椅子に腰かけた。鏡花の操作するペンの形をしたカーソルが地図上の天谷邸を赤丸で囲う。悠司が慧を見た。

「さて、話を始める前に上司らしく労いの言葉をかけさせてほしい。慧くん、昨日は大変な一日だったね。君ほど濃密な入社初日を過ごす人間もそう多くないだろう。自分がいた組織の裏切りから、敵対組織への電撃入社。社長の素晴らしい話に感涙した入社式。仲間と卓を囲んでの温かな食事。かつての仲間の襲撃、そして決別。いやぁ、私も最初に入った会社の初日を思い出したよ。とにかく、おつかれさま。そう、我々の会社には上下関係がない。ゆえに労いの言葉は常に『おつかれさま』だ。覚えておきたまえよ」
「おかしいな。記憶に欠落があるらしい。一部の出来事に覚えがない」
「そうかい? まぁ終わった出来事なんてのは総じて些末なことだよ。大事なのは今日、そして明日からの未来だ。過去なんてのは、年に数回振り返るくらいでいい。過去の思い出に浸るより、未来の夢を目指したほうが生きる力が湧いてくるからね」
「素晴らしい名言だが、そろそろ本題に入ってもいいんじゃないか? 鏡花が暇そうだ」
「おおっと、ごめんよ鏡花。別に悪気はなかったんだ。これも社長としての義務でね。しかし申し訳ないことをした。怒ってるかい?」
「いいえ。でも、上倉くんもいってますし、そろそろ始めてもいいんじゃないでしょうか。そのために地図を映してるわけですから」

 鏡花は今日も慎ましい白黒のメイド服を着ていた。そもそもメイド服自体が慎ましくないと指摘されればそれまでだが。本当に毎日着ているようだ。嫌がっている感じもなく、気に入っているというのも本心らしい。

「やれやれ、ふたりともせっかちだね。手落ちの最たる原因は逸る心だ。何事も失敗しないためには慌てず騒がず、堅実に慎重に運ぶべきだよ?」
「社長のは悠長というのですよ。もしくは冗長でしょうか」
「これは手厳しい。しかしそうだね。せっかくの指摘を蔑ろにしては信用が落ちてしまう。早急に本題に入るとしよう」

 軽々しく言って悠司は端にある椅子に座り、机に片肘をつく。

「朝も早くから慧くんに来てもらったのは、フリーフロムに対する今後の行動方針を説明しておくためだ。そもそも我々がなぜフリーフロムを追っているか、その経緯はもう誰かから聞いたかな?」
「そういえば聞いてないな。多くの治安維持組織と同じように、警察から指示を受けてるんじゃないのか?」
「ふむ。ある程度は我々の事情を心得ているようだね。その通りだよ。我々は原則として警察、つまりは国からの指示でしか動かない。なぜだかわかるかい?」
「似たような組織の競合を避けるためだな。知らぬうちに同一の敵を追っていたら、それもまた不測の事態となる。味方同士で足を引っ張り合う間抜けな失態を防ぐには、組織単位で管轄する存在が必要だ」
「話が早くて助かるね。まさにそういうわけだ。我々は敵の潜伏先の特定から殲滅までを命じられている。愛国心に身を任せて活動していたところ、こうして慧くんと出会うことができたんだ。国に仕えるのも悪くないと思わないかい?」
「そう思えるようになれば、自分の選択を誇れるかもしれんな」

 悠司の戯言に適当に答えて、慧は改めてモニター上の丸が打たれた部分を見た。

「で、何を見せてくれるんだ?」
「今日のお仕事についてだね。鏡花、丸から都市部に向かって線を引いてくれ」

 指示を受けた鏡花がパソコンを操作する。
 地図上の天谷邸から左に向かって赤い線が伸びていく。道路に重ねて引かれた線は殺風景な荒野を素通りして、灰色の建物が密集する地域で止まった。

「これが昨日の襲撃者たちが逃走に使用したと思われるルートだ。確実ではないけど、彼女たちが都市部の方面に去っていくところまでは見ていてね。てっきり廃墟に戻ると思ってたから意外だったよ。フリーフロムは都市部にも拠点を持っているのかい?」
「わからん。わるいが、俺も全部を把握してたわけじゃない」
「ふむ。それなら、犯罪以外の目的で藤沢や幹部が都市部へ出かけることはあったかな?」
「ボスと奴が金で雇った傭兵はよくどこかに出かけていた。おそらく仕事の関係で」
「なら、末端の者は働くとき以外はアジトにこもっていたわけか」
「俺はそうだったが、毎週木曜日に食料の買い出しを命じられている奴が二人いた。付き添ったことはないが、食料は盗んできたわけではなく金を払って購入していたようだ。必要以上の蛮行を犯すことはないと言っていたが、まったく倒錯した価値観だ」
「慧くんの感想には共感だけど、藤沢も狡猾だね。金さえあれば買えるのだから、わざわざ面倒な作戦を練って盗みを働くのは労力に見合わない。しかし、だからこそ油断が生じる。そして今日はちょうど木曜日なわけだけど……」

 悠司は腕を組んで考え込むように唸る。
 姿勢を直して、彼は鏡花に向き合った。

「鏡花、都市部にある食料品販売店に丸を打てるかい?」
「はい。わかりました」

 首肯した鏡花が、都市部の五箇所に大小様々な青色の丸を打つ。丸の大きさは、店の規模を示していた。悠司はそれらを順番に眺め、最も大きな丸以外を消すよう追加の指示を出す。
 地図上の青い丸は一つになった。

「たぶん、ここがフリーフロムが懇意にしてる店だ」
「よくもそんなことを。根拠は?」
「単純な推測だよ。木を隠すなら森の中、人を隠すなら喧騒の中。店内が広く来客数も多いこの店では、よほど目を引く服装でもない限り人混みに埋もれる。顔の割れていない犯罪者からすれば都合がいい。常連客も多いだろうから、店員もいちいち顔を覚えてなんかいられないしね」
「その話なら納得はできるが、だとすると色んな組織が利用してそうだな。経営者も、まさか自分の店が汚れた金で潤っているとは思ってないだろうな」
「どうかな? 店からしたら悪いことなんて何もしてないんだから、懐に入る金の出所なんてどうだっていいはずだよ。もしかしたら、儲けるために犯罪者にも利用しやすい店作りをしてるとこもあるかもね。さて、私が君を呼んだ理由に、もう見当がついているんじゃないかな?」
「ここに行けってか?」

 慧の投げた視線に、悠司は口角をあげる。

「習慣というのは、どれだけ些細なことであれども変えたがらないものだよ。それが人の習性だ。行ってみる価値はあると思うね」
「そう都合良くいくとは思えんな。ボスは身を隠す術には長けている。裏切った俺が生きていると知ったなら、不用意に買い出しになど行かせないだろ」
「もちろんその対策をしている可能性もあるよ。だけど、警戒していようと生きるために食料は必需品だ。やってみる価値はあるんじゃないかな」

 悠司の自説に、慧としても反論はなかった。恐らく無駄足になるだろうとは考えていたが。
 慧は椅子の背に深くもたれた。軋む音が腰の下で響く。

「知ってる顔を見つけたらどうする? 尾行して、新たなアジトを突き止めればいいか?」
「そこまで達成できれば上出来だね。だけど、今回はあくまで調査だ。間違っても攻撃をしかけたりはしないでね」
「自分の身を守る分には構わないだろ?」
「みんなを守る分にもね」

 治安維持組織の長らしいコメントを頂戴した。
 慧は尻の熱で温まった椅子を立つ。

「さっそく目的地に向かうとしよう」
「まてまてっ! まさか歩いていく気かい? 到着する頃には日が沈み始めてるかもしれないよ?」
「車でも貸してくれるのか? あいにくと俺は免許を持っていない。無免許でも運転しろといわれれば、やってみてもいいが」
「ちょうど銃弾を受けて傷だらけの練習に適した車両もあるけど、慧くんが運転する必要はないよ。同行者を選出してあるからね。一人は鏡花で、もう一人は――」

 名前を呼ばれた鏡花が丁寧にお辞儀している途中で、会議室の扉が唐突に開いた。
 室内にいた全員が注目する。
 背の高い銀髪の男が、澄ました顔で廊下に立っていた。

「もちろん僕さ。草原を走る馬車のごとく、上倉と天谷さんを目的地まで送り届けよう」

 慧にも鏡花にも、彼の運転手を拒絶する理由はない。ふたりは彼と一緒に車庫へ向かった。
 歩きながら、慧は考えた。
 藤沢の潜伏先はフリーフロムにとっての現在の本拠地と思われる。となれば、AMYサービスを潰すために全戦力をそこに結集しているはず。そこを袋叩きにすれば、終わりにできる。
 全部終わるのだ。あと、少しで。

「頼むから、今度は安全運転を心がけてくれ」

 切実な慧のお願いに、俊平は得意気な顔で親指を立てた。慧はイラッとした。
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