エスメラルドの宝典

のーが

文字の大きさ
44 / 47

第44話

しおりを挟む
 千奈美は伏せていた顔をあげた。歯を食いしばる瞳には涙。舞い上がる水滴を前に、慧は直刀を握る手に力を込める。
 殺気に彼女はナイフを引き抜く。
 頭上に掲げた凶器を振り下ろす理由はひとつ。
 千奈美が直刀の間合いに入った。
 瞬間、彼女は前のめりに倒れるように踏み込んだ。鋭利な刃先が慧の身体の急所を捉える。

 それだけだった。
 相手を殺そうとしただけの気迫。殺そうとしただけの凶器。
 千奈美のナイフは彼の肉体を貫く寸前で静止した。
 凶器を握るだけで振りもしなかった男を、彼女は至近距離から見上げた。

「……私を殺すつもりじゃなかったの?」
「できるわけないだろ、そんなこと」
「じゃあ、私に殺させようとしたの?」
「それも違う。俺を選んでくれることに賭けたんだ。命ぐらい張らなきゃ報酬に見合わないだろ?」

 千奈美は唇をきつく結んだ。前のめりだった体勢を整える。
 彼女の手から、ナイフと拳銃がこぼれ落ちた。

「選んだわけじゃない。……けど、どちらかを選べなかった私の負けだ」
「――終わったんですね」

 他には誰もいないはずの広大な部屋に、淑やかな声が響く。
 階下を繋ぐ階段から、青色の制服を着た人物が鷹揚とした足取りで現れた。その長髪は梳ったばかりのように滑らかで、両手には身長より長い薙刀の柄を握る。
 窓から差し込む月明かりを浴びた鏡花は、心底嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
 
 ◆
 
 背後から現れた鏡花に千奈美が振り向く。彼女は別段驚いたりはしなかった。
 慧はふたりが争う可能性を憂慮したが、千奈美は観念した様子で気だるそうにしている。剣呑な雰囲気は感じない。
 無気力なまま、千奈美は新たに現れた敵を眺めた。

「下にいた奴らはどうしたの?」
「片付けました。ほとんど吉永さん――私の仲間が倒したんですけどね」

 確かめるように慧は鏡花を見る。

「あの魔術師の傭兵連中もやったのか?」
「あの人たちは逃げました。ちょっと戦っただけで吉永さんの強さがわかったようです。流石に傭兵だけあって、実力を見極める能力が違いますね」
「そんな簡単に尻尾を巻いて逃げる奴らには見えなかったが、見かけではわかららんものだな」
「でも、全部がそうというわけでもないと思います」

 鏡花は千奈美に視線を注ぐ。幸せそうな顔を作る。

「な、なにその顔。わけがわからない」
「嬉しいんです。九条さんが上倉くんを選んでくれたので」
「……お前は、私がいないほうが都合いいんじゃない?」
「どうしてでしょう? 私はこういう結末を迎えることができて、心の底から良かったと思ってますよ?」

 首を傾げる鏡花。
 千奈美は渋面を浮かべた。目を逸らして、誰もいない方角を向く。

「というか、まだ終わってないってわかってる?」
「頭目の藤沢智弘が残っていますね。彼を放ってはおけません」

 当然のようにくるりと振り返り、鏡花は屋上に続く階段に向き合う。
 もはや気力が底をついたはずの千奈美が、残る活力を振り絞り立ち上がる。歩き出した鏡花を追い越し、彼女は階段の前を塞ぐ。

「ここを通すわけにはいかない」
「私としても、藤沢が私たちに敵対する以上は見逃せません」
「べつに、ボスと会わせたくないわけじゃない」
「どういうことでしょうか?」

 足を止めたふたりの後ろから、片手にだけ直刀を握った慧が歩み寄る。
 彼は全てを承知していた。千奈美の眼差しに、正面から応える。

「俺に行けと言うんだろ?」
「最初からそのつもりだったんでしょ?」
「そうだな。千奈美が鏡花を止めなかったら、俺がそうしていた」

 道を譲る千奈美。鏡花は構えていた薙刀をおろし、地面に突き立てた。

「無粋な真似をしてしまいました。たしかに、これは上倉くんの役目ですね。お身体は大丈夫ですか?」
「ケジメをつけるのに、体調を言い訳にはできん」
「やり遂げられるように、努力してきたんですよね?」
「真面目な奴だけが最後に笑えるってわけだ」

 口角をあげる慧。千奈美は目を伏せる。

「ぎこちない笑い方」
「慣れてないだけだ。こんな表情かおとは無縁の生活だったのでな」
「ボスはこの先にいる。だけど、彼だけじゃないよ」
「俺だってひとりじゃない」
「慧……信じていいよね?」

 縋るような瞳に、慧は藤沢が拾ってきたばかりの頃の彼女を思い出す。
 大人ばかりのフリーフロムで誰を信じていいかわからず、彼女は歳の近い男の子に今と同じように尋ねた。
 その結果がこうして繋がっている。
 ならば、答えに迷うはずもない。

「任せろ」

 千奈美は息を呑む。彼女の脳裏にも、いつかの風景が重なった。
 悠然と進む背中に、鏡花は慇懃いんぎんに頭を下げた。
 慧の胸の内側に、晴れやかな感情が広がる。
 自分の過去を清算するがため、彼は屋上に続く階段に足をかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。 だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。 互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。 ハッピーエンド 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/03/02……完結 2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位 2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位 2023/12/19……連載開始

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

処理中です...