人形戦争

かお

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姉妹戦争編

第2話 ジュリーヌ

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目線の先にいたのは鬼のような形相の人形、しかもリュシーにそっくりのフランス人形であった。リュシーに似ていることもあり、かなり整った顔立ちであるにも関わらず、怖く、冷たい表情である。そして、口を開き、
「久しぶりね。お姉様。」と、こっちに向かって話しかけてきた。
(え?どういうこと?)
あの怖い顔をしているリュシー似の人形は確かにそう言った?
「お姉様......ってことはあの人形はリュシーの......」
「......実の妹よ。」
言いにくいことなのか、リュシーもまたかなり顔を引きつらせながらそう言った。


「ところでジュリーヌ、あれは一体どういうこと?」
リュシーが指を指した先にはバラバラになり、原型を留めていないおもちゃ達の残骸が山となっていた。
「どうもこうも裏切り者には相応しい末路を用意しただけに過ぎなくて。」
「裏切り者?」
「ええ、いとも簡単に人間なんかの言葉に感化されて寝返った奴らには相応しい末路だわ。」
「そんな......酷い......」
あたしは粉々になった彼らの残骸を拾って涙を流していた。

あたしのそんな様子を見てジュリーヌは毛虫を見るような目で吐き捨てる。
「嫌だ嫌だ。そんな泣き真似するなんて。どうせ人間なんて心の中はどす黒い癖に。善人ぶっちゃって。」
「まつりはそんな人間じゃないわ。」
ジュリーヌの言葉にリュシーが反論する。
リュシーは暫くジュリーヌと睨み合う。いつ二人が戦い始めてもおかしくない状況である。そしてあたしも既に満身創痍なので二人を止める事はおそらくできない。
あたしはこの状況をどのように打破するかを小さな脳みそで考える。
その時であった。
「あー。こんな所にいましたの。」
リュシーやジュリーヌと同じ金髪のフランス人形が現れた。
その金髪の人形は私達を見るなり、
「あら、ジュリーヌ様ったら私に内緒で遊んでいたのね。」
(また一人増えた......)
これ以上戦いの火種が増えるのは勘弁して欲しいというのが正直な感想である。そう思っていたのだけれど......
「何かお邪魔虫の性で冷めちゃったわ。お姉様、今日のところは帰るけどまたすぐにリベンジしてあげるわ。」
(え、帰るの?この状況で?)
「......カトリーヌ、帰るわよ。」
「はーい。」
二人は宣言通り、割れた我が家の窓から退散していく。ジュリーヌがあたしをまるで蛞蝓でも見るかのような顔を向けていったのは気になったけど。
こちらも満身創痍なので退散していってくれたのはありがたかった。
気づけばあたしはその場にへたり込んでいた。それは流石のリュシーも同じ様で、明らかに疲れが顔に出ていて暫くの間無言であった。
「ところでリュシー......」
あたしは何とかリュシーに口を開く。

「どうしたの?まつり。」
リュシーが聞き返す。
「......この惨状、どうしたらいい?」
辺りを見渡すとあたしの部屋は酷い有様である。窓は割れ、部屋はぐちゃぐちゃで壁は傷だらけ。
「こんなのとてもじゃないけどママに見せられない。」

あたしは半泣きになりながら、リュシーに救いの手を求めた。
リュシーは暫く沈黙を続ける。あたしの質問は流石のリュシーも想定していなかったらしく、かなり考え込んでいるようだった。

※※※

そして数分経った頃

「い、いきなり見知らぬ男がこちらに石を投げてきたことにするとか?」
「......」
リュシーは相当考え込んでいたようだが、考えた末の結論がこれである。
(絶対無理がある!)
自分で言うのもアレだけど馬鹿なあたしでも分かる。

「石投げただけでこんなになると思う?」
「......」
さっきはかなり頼りになるなと思ったけど意外にもリュシーはどこか抜けている性格らしい。(まあ、あたしが大事にしてきた人形だからその辺りあたしに似たのかもしれないけど。)

「部屋さえ片付けられれば窓のガラス位は誤魔化せると思うわよ。」
何の解決にもならない気がするけど、やらないよりは確かにマシだよね?
こうして私とリュシーはとりあえず片付けをすることにした。

(そういえばあれだけの騒ぎを起こしてママが来ないのもおかしいよね?)
気になって私は恐る恐る下に降りてみる。
台所等を見て回ると、ママの姿はなかった。
どうやら買い物に出かけていたらしい。
「だからあれだけ騒いでもママが来なかったのか。」

一体いつの間に出かけていたのだろうか。
まあ、この状況はあたし達的にはとてもありがたい。
今のうちに誤魔化す準備をしよう。

それから1時間程が経ち、ママが帰ってきた。
あたしは正直に窓ガラスが割れた事を話した。
......結果、怒られることはなかった。どちらかというと物凄く心配された。
あたしはようやく落ち着く事ができ、胸を撫で下ろした。
リュシーはというと、ママが帰って来たタイミングでただの人形へと戻っていた。

いや、正確には人形の振りをしている様に見える。
よく見ると時々手や足が動いている様に見える。
もしかすると今までもあたしがただの人形だと思い込んでいたから気づかなかっただけでたまに動いていたのかもしれない。

話を戻すと、ママに怒られることが無かったのは良かったけど、少し別の問題が起きてしまった。その問題とはあたしの話を聞いたママが警察に通報してしまった事である。
「......」
「......」
この状況にはあたしもリュシーも流石に黙り込んだ。

まあ、ママの対応としては当たり前の対応ではあるのだけど。
結局、目撃者が何故か0だった為、警察もお手上げ状態。今後、うちの地域の見回りを強化するだけで済んだ。
「なぜに!?」

いや、あたし達的にはこれで良かった訳だけどあんな非科学的な事が起きていたのに目撃者もいないなんてことはあるのだろうか。
「ねえ。何であんな大変な事が起きていたのに誰も見てないんだろう?」
こっそり人形に戻っていたリュシーに聞いてみた。

「あくまで予想だけどこの街の住民に金縛りをかけたんじゃないかしら?」
「金縛り?そんな事できるの?」
「よくホラー話で呪われた人形がどうたらこうたらって話聞いたことない?」
「あー。確かによく夏休みにそういった怪談話はあるね。」

「街中の人達に金縛りをかけ、動けなくする事で騒ぎにならないようにしたのかもしれないわね。」
「なんの為に?」
「多分、誰にも邪魔されずに私とまつりを消そうとしたんじゃないかしら。あの子...ジュリーヌの目的は私達を消す事みたいだったし。」

「まあ、結果的にあのカトリーヌとか言う金髪人形のお蔭で生き延びる事ができたわね。」
「うん。」
「でも安心は出来ないわね。またいつジュリーヌが襲って来る可能性はあるから。」

「さっきの闘いで何となくは分かったけどジュリーヌって言う人形はリュシーの妹なんだよね?」
「そうよ。あたしとジュリーヌは元々同じ人物から作られたから姉妹って事になるわね。
まあ、その後私はまつりに、あの子は違う家の子に買われたわけ。」

「ただ......」
「ただ?」
急に黙り込んだかと思ったらリュシーは険しいような複雑な表情だった。
「......私も噂程度に妹の話は聞いていたんだけど、あの子の買い手はあの子にとってあまり良い人ではなかったみたい。」

「......と言うと?」
「あの子の買い手はお金持ちな名家の娘だったらしいんだけど、遊んだのは最初だけで直ぐに飽きられてしまったらしいの。後は部屋の棚に置きっぱなしで埃を被って惨めな気持ちで過ごす毎日......
あの子にとってはさぞ屈辱的だったでしょうね。」

「人間にとって人形は数ある遊び道具の1つに過ぎないかもしれないけど人形だって生きている。だから損在に扱われたら腹も立つ。」
そう話すリュシーはどこか哀しそうでもあった。
今のリュシーの話を聞いてジュリーヌの気持ちは私には痛い程よく分かった。いや、分かった様な気がした。

きっとジュリーヌが実際に受けた悲しみは私が想像している以上のものなのだろう。
だから、人間に対して憎悪剥き出しで攻撃し、仲間と思っていた他のおもちゃ達の心が傾き始めていた事が許せなかったのだろう。
そんな彼女の苦しみや怒りは簡単に理解できるものではない。

「これからどうするの?」
私はリュシーに尋ねる。
「私達も仲間を探しましょう。」
「仲間?」
「ジュリーヌは人間に恨みを抱き、自身の考えと共感できる者を仲間にして私達を襲ってきたわ。なら逆に私達は人間と人形の共存を望む者同士で徒党を組めばいいのよ。」

「なるほど。でもあてはあるの?流石に知らない人の家に押しかけて仲間を探す訳にも行かないんじゃない?」
知らない人の家に行って「人形ありませんか。」と聞いて廻るのはやだなぁ。
「あてならあるわよ。」
「え?」

「美咲よ。あの子、家によく遊びに来るじゃない?直接見てないから確証は得られないけどもし人形がいるならあの子の人形なら仲間になってくれそうじゃない?」
リュシーの言う事は一理ある。
そういえば自然と2人で遊ぶ時はあたしの家に集まってたけど美咲ちゃんの家は遊びに行った覚えがない。

「それじゃあ決まりね。明日にでも美咲に遊びに行っていいか打診してみなさい。私も今まで何度か会ってるけど頼みごとを断る様な子じゃなさそうだし大丈夫でしょ。」
リュシーはそう言うともとの人形へと戻った。言いたい事をあたしに伝えられたので満足したらしい。

翌日、早速あたしは一緒に学校へ行く時に美咲ちゃんに確認をとってみる。
「ねえ。美咲ちゃん。」
「?。どうしたの?まつりちゃん。」
「今日、美咲ちゃんの家に行ってもいい?」
「え?急にどうしたの?いつもなら私じゃなくてまつりちゃんの家に集まるのに。」

「それよ。」
「え?それって?」
「今まで疑問にも思わなかったけどあたし、美咲ちゃんの家って行ったこともないし、見た事すらないわ。」
いつも遊ぶ時はあたしの家や他の友達の家に行くのが自然な流れだったから気にも止めなかったけど考えてみればおかしな話である。

「まあ、別に私も意識して自分の家に友達を呼ばないようにしていた訳でも構わないけど。」
「じゃあ、学校終わったらそのまま一緒に帰ろ。美咲ちゃんの家の場所分からないし。」
「分かったわ。」
すんなりとあっけなく美咲ちゃんとの約束をこぎつけられた。



学校が終わり、ようやく放課後となった。
今朝の約束通りあたしは美咲ちゃんと一緒に下校する。
「部活何入るかもう決めた?」
「......まだ決めてない。そもそも入ろうかすら迷ってる。」

「まつりちゃん、運動得意だから運動部に入ればいいのに。」
「運動は好きだけど部活って毎日練習あるんでしょ。流石に毎日やろうとは思わないんだよね。あと、入ってもあたしの場合は居残りで行けないこともあるだろうし。」

「自覚はあるんだね......」
「だから迷ってるんだよねぇ。入るかどうか。」



そんな会話を続けているとあっという間に美咲ちゃんの家に着いた。
美咲ちゃんは家の鍵を取り出してそのまま何も言わず中に入っていく。

「お邪魔します。」
てっきり美咲ちゃんのお母さんがいるかと思って挨拶をしてみた。しかし、誰もいない様子で玄関は真っ暗だった。
「お母さんなら今の時間仕事に行ってるよ。」
「いつも私のママといる印象だから働いているの初めて知ったよ。」

「それより何する?とりあえず私の部屋行こ!案内するから。」
美咲ちゃんはそう言って2階の自室に案内してくれた。
中に入ると美咲ちゃんらしく、几帳面に部屋が片付けられていた。
机の上は教科書が整頓されており、本棚は漫画や雑誌毎に綺麗に並べられている。

「何か、今までごめんね。」
この部屋を見てあたしは今まで自分の部屋に美咲ちゃんを呼んでいた事が恥ずかしくなった。
自分の部屋がいかに汚いか再認識した。
美咲ちゃんはえ?なんの事みたいな顔をしている。



さて、そろそろ本題に入らなければ。
あたしは美咲ちゃんの部屋をぐるりと見渡すと、お目当てのものは直ぐに見つかった。
美咲ちゃんのベッドの右端に置いてある人形に目がいく。
「あのベッドの人形は?」

あたしが指を指すと美咲ちゃんは教えてくれた。
「あの人形は幼い頃にお母さんが買ってくれたものだよ。昔から私はどこか冷めてたみたいで人形よりも本とかの方が嬉しかったんだけどね。ただ、そもそもお母さんから何かプレゼントして貰った事はあまり無かったから。」

「ちょっと触ったりしてみてもいい?」
「え?うん。そういえばまつりちゃんは人形好きだったもんね。」
美咲ちゃんから了承を得てあたしは人形に近づいてみる。
......
顔の辺りを触ってみるけど特に何の動きもない。

(リュシーを始め、この短期間に様々な人形が動いていたから直ぐに返事をしてくれると思ったけど美咲ちゃんのこの人形はびくともしない......)
これでは美咲ちゃんの家に来たのが無駄足になってしまう。

あたしは予めバッグに入れておいたリュシーを美咲ちゃんの横に置いてみることにした。
「それ、まつりちゃんの人形?わざわざ持ってきたの?」
(......あたしだって中学生にもなって自分の人形学校や友達の家に持ってくることになるとは思わなかったよ)

(やっぱり駄目か?)
リュシーを置いてみれば何か動きがあると思ったけどそんな事はないみたい。
どうしようか迷っていた時だった。
「何かお菓子と飲み物取ってくるね。」
美咲ちゃんが部屋から出ていった。

美咲ちゃんが部屋を出ていったのを確認すると、リュシーが動き出した。
「あんた、本当はまつりの声が聞こえてるんでしょ?」
そう言ってリュシーは美咲ちゃんの人形を軽く引っぱたいた。

リュシーの行動に流石にギョッとすると、
「痛いわねぇ、一体なんなのよ。」
さっきまで喋らなかった美咲ちゃんの人形が突然喋り始めた。
「さっきからやたらと話しかけてきて鬱陶しいのよ。」

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