不仲な婚約者の捨て猫になったら、甘々な本音がダダ漏れでした

三崎こはく

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1.猫になったにゃん

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 伯爵令嬢ジェナ・アシュリーは、婚約者である侯爵令息イーサン・ブライトンと仲が悪かった。それはもう、周囲の人々から「何でお前ら婚約したの?」と尋ねられるくらい仲が悪かった。
 
 その日も所用でブライトン家を訪れたジェナは、例に漏れずイーサンと喧嘩をしていた。

「ちょっと、イーサン! 手紙の返事くらい返しなさいよ!」
「何でこの俺が、お前宛に手紙を書かなきゃならねぇんだよ」
「用があるから手紙を送ってるんでしょうが! あんたが返事を返さないから、私がこうやってはるばる足を運ぶ羽目になってんのよ!」

 ジェナは烈火のごとく怒りまくるが、イーサンは非を非とも思っていない様子だった。ソファにだらしなく背中を預け、ジェナの方を見ようともせず口を開く。

「へーへー。で、何の用だっけ?」
「誕・生・日・会! 1ヶ月後に私の誕生日会があるから、予定を空けときなさいよ」
「ああ、誕生日会……お前、何歳になるんだっけ? 5歳?」
「っ……本当に嫌い!」

 小馬鹿にしたようなイーサンの態度に罵倒を返し、ジェナは怒り心頭で部屋を出た。人気の少ないブライトン邸の廊下を、貴族の令嬢らしくなく大股で歩く。

(嫌い、嫌い、大嫌い! いつも私のことを馬鹿にして!)

 ジェナとイーサンの婚約が結ばれたのは、2人が7歳のときだった。
 きっかけはブライトン家の方から婚約を申し出てきたこと。当時のジェナにはまだ婚約者がおらず、特段問題も見当たらなかったため、アシュリー家は二つ返事でこの婚約を受け入れた。
 
 しかし、これがジェナにとって地獄の始まりだった。婚約者となったはずのイーサンは、ジェナと顔を合わせるたびに揶揄からかいを口にする。手紙を出しても返事はない、誕生日のプレゼントも持ってこない、夜会のエスコートすら嫌がる始末だ。
 
 初めのうちは何とかしてイーサンと仲良くしようとしていたジェナも、ここまでされれば疲れてしまう。
 だからといって一度結ばれた婚約を破棄することも難しく、ずるずると婚約関係が続いてしまった。

「はぁ……」

 ジェナは足を止め、溜息を吐いた。
 怒り任せに歩くうちにブライトン邸を出てしまったようで、周囲には緑の林が広がっていた。爽やかな風に吹かれていると、頭は少しずつ冷えてくる。

(どうしたら良いのかしら……このままイーサンと婚約関係を続けていても、お互い幸せになんてなれないわ)

 あれこれと考えながら、雑草を踏みわけて進む。
 そこにあった適当な木に背中を預け、なおも思考に耽る。

(いっそイーサンが浮気でもしていてくれれば話は早いのよね。こっそり部屋に忍び込んで、身辺を探ってみようかしら……って、いくら婚約者とはいえ勝手に部屋に入るのは無理ね。いっそ猫にでもなれれば――)

 そのとき、ジェナの背中が白く光った。いや正確には、ジェナの背後に立っていた木が白く発光した。ジェナの願いを聞き届けたとでもいうように、光はジェナの身体を包み込んでいく。

「え、ちょ、何事……いやぁぁぁー!」

 ジェナは絶叫し、目を閉じた。
 光にあたった場所が熱を持つ。手足が縮んでいくような奇妙な感覚に襲われる。

 無限とも思われる時間が過ぎ、光が治まった頃、ジェナはようやく息の塊を吐き出すのであった。

「にゃー……にゃんにゃんにゃ……にゃ?(はぁー……びっくりしたわ……ん?)」

 ジェナの口から出た声は、聞き慣れたジェナの声ではなかった。それどころか人間の声ですらなかった。か細くて愛らしい、猫の声だ。
 ジェナは恐る恐る手のひらを見た。そこにあるのは長くて細い5本指ではなく、ピンク色の肉球を携えた獣の手。まごうことなき猫の手であった。

「にゃにゃ、にゃんにゅにゃーんにゃー⁉(わたし、ねこになってるー⁉)」

 どうして突然、猫の姿になってしまったのか。理由がわからずジェナは困惑した。
 しかし少し考えると、それらしい理由に行き着いた。ジェナが「いっそ猫にでもなれれば」と考えた直後、背後にあった木が発光した。あの木が何かしらの悪さを働いたに違いない。

(……木!)

 ラナは林の中にぽつんと生えた木を睨み付けた。一見すれば、何の変哲もない木だ。
 願いを叶えてくれたと言えば聞こえはいいが、たかだか婚約破棄のために人間であることを捨てたくはない。ジェナは両手のひらの肉球を合わせ、必死で願った。

(木、木! どうか私を元の姿に――)
「……あれ? 猫?」

 しかしジェナの懸命の願いは、聞き慣れた声によって遮られることとなった。イーサンだ。猫の姿となったジェナの背後には、婚約者であるイーサンが首をかしげて立っていた。

「こっちの方に歩いてきたと思ったんだけどなー……どこまで行ったんだ、あいつ」

 イーサンはぽりぽりと首筋を掻き、ジェナの目の前に座り込んだ。

「なー、猫。この辺で黒髪の女、見なかった? こーんな顔してプリプリ怒ってる奴……って猫にわかるわけねぇか」
(わかってるわよ。その女ならここにいるわよ)

 ジェナの言葉は、悲しいかなイーサンに届くことはないのであった。
 イーサンはきょろきょろと辺りを見回し、またジェナの方を見た。碧色の瞳が、ジェナの瞳をまじまじと覗き込む。

「……何かお前、ジェナに似てんな」
(え、そう?)
「毛の色も目の色も一緒だし。そのチョーカー、ジェナがつけてたやつと一緒だろ。お前、ひょっとしてあいつの飼い猫?」
(飼い猫というか本人よ)

 律儀に応答するジェナの首元で、革紐のチョーカーが揺れた。そのチョーカーは16歳の誕生日にブライトン侯爵夫人――つまりはイーサンの母親――がプレゼントしてくれた物で、ジェナのお気に入りだ。
 猫の姿になったとき、衣服は綺麗さっぱり消えてなくなってしまったが、なぜかそのチョーカーだけは残されていた。

「……」

 イーサンはジェナ(猫)のことをしげしげと見下ろしていた。
 そして何を思ったのか、唐突にジェナのことをひょいと抱き上げた。

「にゃにゃ⁉(なに⁉」)」
「この林で悪さをすんじゃねぇぞー。どこかに女神の木が生えてるって言われてるんだからな。女神の木で爪とぎなんかしたら、祟られて大変なことになんぞー」
(現状、大変なことになってんのよ! ていうかその女神の木はすぐ後ろにあるわよ! ちょ……待って……木ー!)

 ジェナは必死で抵抗するが、猫の力で人間の腕を振りほどけるはずもなく、なすすべもなくイーサンに連れ去られてしまうのであった。
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