Liebe

花月小鞠

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第六話「妖精の泉」

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エリーは食材の買い出しをしていた。昼食を食べ、部屋にこもっているウィリアムの分をわかりやすい場所に置いておき、リヒトと共に出かけた。

「今日の夕飯は何がいいかな」

エリーの言葉に前を飛んでいたリヒトが目を輝かせて振り向く。

「クッキーはもう作ってあるよ」

苦笑しながら言う。リヒトは満足そうに頷き、前を向いた。エリーの家に居座るようになってから、リヒトはクッキーしか口にしていない。他のものも食べさせようとしたが、リヒトは首を横に振るだけだ。食事をしなくても平気な様子も見られる。妖精はそういうものなのだろうか。


食材を買い終え、エリーとリヒトはのんびりと街を歩いていた。もうダニエルに案内してもらっているし、今日は慎重に歩いている。迷子になることはないだろう。

「あ、あそこって、リヒトと初めて会った時の」

そう言って指さしたのは人が一人入るくらいの建物のちょっとした隙間だ。その言葉を聞いて、リヒトは意地悪そうな笑顔をエリーに見せて隙間に入っていく。予想外の行動だったが、姿を見失わないように慌てて追いかけた。

「ちょ、ちょっと、待ってよ」

今日はまだ暗くないから大丈夫そうだが、感じる既視感に不安を煽られる。困ったような表情でついていくエリーだったが、リヒトはちゃんと待ってくれているようで、少しずつ進んでくれている。

「ねぇ、どこに行くの?」

道にぶつかりそうになる荷物を気にしつつエリーが尋ねる。リヒトは人差し指を口元に持っていき、ニッといい笑顔をする。教える気はなさそうだ。エリーは仕方なさそうに笑い、ついていく。

しばらく進むと、森のような林のような、木々に囲まれた場所に出た。先程まで街中にいたエリーは意外そうにその光景を眺めながら、まだ止まる気配のないリヒトの後をついていく。

定期的に吹く静かな風に髪をなびかせながら、エリーは自然の香りを楽しんでいた。花の咲いている姿はないが、脳裏に鮮やかな花の姿が過ったような気がした。

「リヒト、どこまで……」

行くの、と尋ねかけたところで、空気が変わった。

得意気にエリーを見つめるリヒトの姿は目に映っていない。エリーの目は、前にある泉に全て奪われてしまっていた。木々に囲まれた空間にある泉。そこには先日初めて見たはずの、リヒトのような美しく輝く羽根の生えた多くの妖精たちが、水浴びをしている姿があったのだ。


「綺麗……」

ため息が零れた。洗脳されているかのように泉に近付き、妖精たちから少し距離を取った場所に腰掛けた。こうして見ると、様々な大きさの妖精がいることがわかった。リヒトのように小さな妖精もいれば、エリーよりも背の高い妖精もいた。皆楽しそうに笑顔を浮かべながら泉で遊んでいる。リヒトもそこに加わり、妖精たちに視線を向け、エリーを紹介するかのように振り向いた。多くの視線が集まり、少し緊張してしまう。エリーの姿に今気が付いたように妖精たちは愛想よく笑顔を浮かべた。上品に微笑む妖精もいれば、無邪気に笑って手を振ってくれている妖精もいる。エリーもそれにつられたように笑顔で軽く手を振った。


その後は水浴びを続けるリヒトたちをエリーは眺め続けた。最近毎日リヒトがそばにいたため慣れてきてはいたが、改めて妖精の美しさを実感した。ぼーっとその光景を見つめ続ける。本当は一緒に水浴びをしたいのだが、妖精たちの空間に立ち入ってしまったら、妖精たちが帰ってしまうような気がした。

「あっ」

ふとリヒトの羽根に映る橙色を見つけ、エリーは空を見上げた。日が暮れ始めている。夕飯の準備もあるし、暗い道だとまた迷ってしまう。エリーはそう思い立ち上がって泉を見た。

――リヒトはこのまま妖精たちと行ってしまうのだろうか。

寂しい気持ちはあったが、そうした方がリヒトにとって良いのではないかとエリーは思った。別れはいつだって悲しいものだ。エリーは胸の中にじんわり広がっていく不安感に気付かないふりをした。ただ少し寂しいだけだ。ここに来れば、きっとまた会える。エリーは少し俯き、そのまま泉に背を向けて歩き出した。


ぽすっと背中に何か当たったような衝撃を感じた。驚いて振り返ると、そこには怒ったように頬を膨らませるリヒトの姿があった。

「……帰らなくていいの?」

エリーの質問にリヒトはきょとんとして、大きく頷いた。やっぱり帰ってしまうんだ、と俯きかけたが、リヒトはそのままエリーの前に出てくるくると回りながら来た道を戻り始める。

「え、ちょっと」

慌てて追いかける。そういう意味で帰ると言ったわけではなかったのだが、リヒトにとって帰る場所はエリーと同じ家なのだろうか。頬が緩むのを感じながらエリーは飛んでいるリヒトの隣に並んだ。リヒトは不思議そうにエリーを見るが、つられたように笑顔になりふわふわと飛び続けた。

「……また来ようね」

エリーの言葉にリヒトは嬉しそうに頷いた。

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