Liebe

花月小鞠

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第十四話「猫と不思議」

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エリーはいつものように街を歩いていた。夕食や次の日の昼食の買い出しだ。ちなみにリヒトは連れていない。最近は街へ出てもリヒトは泉に直行することが度々あり、エリーはリヒトが遊んでいる間に買い物を済ませることが多かった。リヒトが一緒にいないのは確かに少し寂しかったが、エリーは風の都ヴィルベルの街を歩くのは嫌いではない。むしろたくさんの人と話をしたり、見たことのない風景を発見するのは好きなのだ。そうしてエリーはいつものように、いつもの店へと向かって行った。


鈴の音がしたのは、その時だった。小さな音のようだったが、その音ははっきりとエリーの耳に響いていた。思わず足を止めて辺りを見回す。今の鈴の音は一体何なのだろう。音の出どころを探していると、エリーの瞳が一ヵ所で止まった。そこには、真っ白な毛並みの猫がいた。首に鈴がついている。間違いない、あの猫の音だ。エリーは思わずその猫を追いかけた。同じように立ち止まっていた猫はそんなエリーに見向きもせず歩いていく。少しくらい寄り道しても大丈夫だ、とエリーはその猫を追いかけることにした。

猫の速さはそれほど早くない。完全に追いつくこともできないが、姿を見失うこともない。何となくリヒトと出会った時のことを思い出しながら、エリーは足を止めずについていく。

どことなく楽しい気持ちで猫についていっていたが、ふとエリーは足を止めてしまった。


――静か過ぎる。


エリーは周りを見渡す。見知った街であることに間違いはないが、人の気配が全くないのだ。人気がなくなるような時間帯ではないはず。エリーは少し不安に思いながら、再び足を動かした。猫の姿が遠くなってしまっていたからだ。わずかに早足になりながら、エリーは猫の姿を追う。しかしやはり街に人の姿はない。完全に音がなくなっているわけではない。鳥の鳴き声もするし、自分の足音も聞こえる。ただ、人がいなくなってしまっているのだ。

「あれ」

猫の姿がない。街の様子に気を取られている間にどこかへ行ってしまったのだろう。なんだか不安になりながらエリーは帰ろうと振り返った。しかしそこに広がる街は、エリーの知っている街ではなかった。

「……どこ?」

リヒトの時と同様に迷子になってしまったのだろうか。しかし先程までは確かに知っている街を歩いていた。人の気配はなくなってしまっていたが、確かにエリーの知っている街だったのだ。猫の姿も見失ってしまい、リヒトも今は傍にいない。エリーは心に不安が募っていくのを感じながら、歩き出した。歩いていれば知った道に出るだろう。もう何度もエリーはこの街を歩いている。今や知らない道なんてないと思っていたほどだ。しかし今は全く知らない道を歩いている。不思議に思いながら、エリーは歩き続けた。



どれほどの時間が経っているのだろう。エリーはただただ歩いていた。そもそもどうしてこんな所にいるのだろう。エリーは何をしにここまで来たのだろう。ぼーっと知らない街を歩きながら、そんなことを考えていく。

「……あれ」

力のない声を出す。エリーは先程よりも不思議そうに辺りを見ながら街を歩いていた。ここは一体どこなのだろう。そして。


――自分は一体、誰なのだろう。


亜麻色の髪をした少女はまるで今初めて自分の存在に気が付いたように、自分の手を見つめる。服を見つめる。街を見つめる。まるで夢の中にいるような感覚。足はしっかり地面についているのに、どこかふわふわと浮いているような感覚。不思議そうに何度か足を止めるが、それでも少女は街を歩き続ける。歩かずにはいられないような気さえした。



そうして街を歩いていると、少女はだんだん眠くなるのを感じた。瞼が重い。しかし今いる場所は街で、周りには座れそうな所も寝れそうな所もない。少女は眠気と戦いながら歩き続ける。


しばらく歩いていると、ようやく少女は一つの変化に辿り着いた。まだ少し遠いが、前方に人影が見える。もやもやしていて姿はよく認識できないが、人であることに間違いはないだろう。真っ黒な姿をしているのはどこか気になるが、少女はそんなことを気にする余裕がなくなっていた。今にも寝そうなのだ。だんだんとその人影に近付いていく。どうやらこちらに気付いていないようで、後ろ姿しか見えない。しかしやはりその人影は真っ黒な服を着ていて、美しい街並みに合っていないような気がする。その人に話しかけたら、全ては終わる気がした。少女は眠そうな蜂蜜色の瞳で、その人影をじっと見ながら歩いていく。あと少し。近くまでやってくると、その人影はゆっくりとこちらを向いた。


鈴の音がしたのは、その時だった。エリーはハッとしたように音のした方向を見た。音がしたのは、自分の真後ろだったのだ。そこには追いかけてきた真っ白な綺麗な猫の姿があった。こちらをじっと見ていたその猫は、何事もなかったかのようにエリーに背を向けて歩き出す。エリーはつられるようにしてその猫の姿を追いかけた。

歩いていくうちに、音が蘇ってくる。人の声がするのだ。思わず猫から目を離して顔を上げる。エリーの見知った街や人々の姿が見えた。いつの間に帰ってきたのだろう。エリーはそんなことを思いながら、再び猫の姿に視線を移す。しかしもうそこに猫の姿はなかった。エリーは少し残念に思いながら、近くにあった目的の店で買い物をした。何か色々忘れていた気がするが、何を買おうとしていたのかはしっかりと覚えているようだ。

買い物を済ませ、リヒトを迎えに行き、エリーは家へと帰って行く。もうあの白い猫の姿を見ることはなかった。なんだか不思議な経験をしたな、と思いながら、エリーは玄関の扉を開ける。

鈴の音が聞こえた気がした。
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