藍は墓泣く

のんカフェイン

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自分の存在

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「春奈、もう戻っていいぞ」

「今何時だと思ってんのよ。もう会社に戻っても誰もいないわよ」時計の針は二十時を指していた。

「そうか、もうそんな時間か。帰るか?」

「今日は実家に寄ってから帰ることにするわ。お母さんも心配してるだろうから。私の口からちゃんと伝えておくから。それで、お父さんは明日はどうするの?」


「明日にはもう治ってるだろうから行くよ」

「ダメ、無理しないで。少なくとも明日だけは休んで。ね?」

「分かった。会社にはまた連絡しておく」

「大丈夫。私から立見常務に伝えておくから。明日だけでもゆっくり休んで」父親は諦めたように頬を緩めた。

「じゃあね、お休みなさい。お大事にね」

「あぁ、最後まですまんな、ありがとう。おやすみ」

静かにドアを閉めた。

最後に受付でやり取りを済ませて、実家に向かった。

数ヶ月ぶりの実家の駐車場。いつもと変わらない窓の明かりに、街灯の灯。

インターホンの音も月明かりのように変わらない。インターホンを押すとお母さんが出てきた。


「春奈ー、おかえりー。どうじゃった?お父さん」


「なんか、過労だってさ。命とかそう言うのは別に問題なかったみたい。だけど、体型は何とかしないとやばいよって医者の人言ってたよ」

「そうよねー、出会った頃は痩せとったんじゃけどなぁ」

「ほんとに?お父さんが?」

「ほんとよ。まぁ私も人のことは言えんけど。まぁ、命が無事で良かったわ。春奈もごめんね、心配かけて」

「私はいいよ、別に。私も安心したし。とりあえず、明日は一日休むようにお父さんに言ってあるからね」

「それは良かった。お昼過ぎに迎えにいってあげようね」

「お母さん、お願いしていい?あれだったら私が行こうと思ってたけど」

「いいよ、私が行く。とりあえず、一緒にご飯食べよ」

「え、まだ食べてないの?」

「食べてないわよ。食べれるもんですか」

本当にその通りだと思う。母親もある程度の覚悟はしていたと思う。

無事だと分かった段階で直ぐ連絡を入れてあげれば良かった。申し訳ないことをした。


「今日はミートスパゲッティだけどいい?」

「うん、ありがとう。あ!やばい」

「え?どうしたの?」

「あ、いや、何でもない。大丈夫」

「そう?」今日の私はダメだ。黒川君にも何も連絡を入れてなかった。

せっかくミニ打ち上げを予定してくれていたのに。

スマートフォンを見ると、黒川君から案の定、連絡が来ていた。北口社長は大丈夫だったでしょうか。お大事になさってください。と短文が並んであった。

中々返信の言葉が見つからず、明日謝ろうと思った。


「はーい、出来たわよー」ミートスパゲッティの湯気は幸せを上昇させていく。

今日はバタバタとして、さすがに疲れたけど、最後においしい夜ご飯が疲れを癒してくれた。

「あんた、ちゃんと作ってるの?」

「作れてない。買ってばっかり」

「そっか、頑張っとんじゃな。お父さん褒めてたよ。私は何か分からないけど、プレゼン?みたいなの。多分、この倒れたのは昨日のビールの飲み過ぎよ」

やっぱり母親は強いと思った。大きく派手に笑い、父親が倒れたことなんかすっかり忘れているように見える。


「プレゼン、お父さん何か言ってた?」

「よくまとめてくれてたって言ってたわよ。私にも聞かせてよ」

「いやよ、恥ずかしい」

「でも、四月の頃を思うと、本当に良かったわ」

「え?」

「春奈を呼び戻すか呼び戻さないかでお父さんずっと考えてて、私にも聞かれたのよ」

「お母さんにも?それでなんて言ったの?」

「私は春奈の意見を尊重してあげて欲しいのと、女性の幸せをちゃんと掴んで欲しいって言ったわ」

「だから、春奈には私も申し訳ないことをしてると思ってるわ」

「何でよ。最後は私は私の意思で入社したのよ。お母さんがそんな風に思う必要は全くないわ。でも、最初はやっぱり後悔したし、初日なんか凄い後悔した。だけど、過ごしていくうちに、段々と頑張っていこうって自分で思えるようになった」

「春奈も大人になったわね」

「なんて、偉そうなこと言ってるけど、まだまだ小さいことでいっぱい悩んでるからね」

母親を前にして語っている自分が急に恥ずかしくなった。

「さぁ、今日はお風呂に入って寝ようかな」

「沸いてるわよ。今日は疲れたろうから、ゆっくり入っておいで」

「うん、そうする。ありがとう」ジグソーパズルの最後のピースわざと埋めなかった。

未完成にして、子供を演じた。

お肌の曲がり角はもう過ぎているのに。

独りでいる時の自分が大人なのか子供なのか分からない。

でも、親といると子供を演じてしまう。会社にいると、大人を演じなければならない。

子供を持つとまた違うのかとも思う。何者でもない自分に深いため息をついた。

目に見えないため息は湯船の水面によって可視化された。

人の心もこんな風に見えたら、どんなに楽なことか。

指先一つで流れてくる罵詈雑言ばかりが見えてくるのだろうか。

夢や希望なんて言葉は予測変換の後ろ側で腕を組んでいる。

憂鬱や嫌いなんて言葉がピストルの音も聞かず、走り出す世界になるんだろう。

銃声のない世界が私は好きだ。

声や言葉もまるで銃のように感じることがある。

声や言葉が愛と平和を示すこともある。

声や言葉で知性が分かり、声や言葉で人間力が測られる。


「春奈ー、いつまで入ってんの?」

「すぐ出るー」いらないことまで考えていると、時間を忘れて指先がシワシワになってしまっていた。部屋着に着替えて、倒れるように寝た。


月一回の土曜出勤の朝は少し辛い。



いつもと違う通勤路。いつもと違う社内の雰囲気。出社して直ぐ、立見常務から声が掛かった。

「春奈さん、おはよう」

「おはようございます」

「それで、社長のご様子はどうだった?」

「はい、恐らくは過労による疲れじゃないかってところでした。昨日は点滴を打ってもらってます。ただ、体型は直さないとっていうところでした」

「良かった。もしものことがあったらって思うとついね。体型はね、脂肪が一度ついちゃうと中々落とすのが難しくなってくるからね。社長の体調については、問題ないってことで朝礼で話しておくよ」

「ご迷惑おかけしました。よろしくお願いします」

「いえいえ。でも、お大事にしてくださいね」

一礼をして、自席に着いた。

そして朝礼の時間となり、土曜日も優しい挨拶から始まる。
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