官能霊媒師は朗読で祓う

あしゅ太郎

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凍える密室と止まない想い(2)

乾いた風が通り過ぎる、11月中旬。
夕暮れが近づき、リビングには静かな時間が流れていた。

「……今日、俺、誕生日なんですけど……」
湯気の立つ白湯を手に取った律が、ぽつりとつぶやく。

その隣で座っていた柚瑠が、肩をすくめるようにして小さく笑った。

「知ってるよ。……ほら、これ」
そう言って柚瑠が背中から差し出したのは、黒の手帳と万年筆。上品で落ち着いた色合い。律の名前が金文字で箔押しされていた。

「……これ、柚瑠さんが選んでくれたんですか?」
「うん。律って、よくメモとってるだろ?万年筆もしょっちゅうインク切らしてるし。実用的な方がいいかなって思ってさ」

「……すごく嬉しいです。ありがとうございます……」
律は恥ずかしそうに、でも本当に嬉しそうに笑って、手帳を大切そうに胸に抱える。

その様子を見て、柚瑠の目元が少しだけ和らいだ。

「……そんなに喜ぶとは思わなかった。あんまりプレゼントとか得意じゃないんだけどさ」

「すごく、気持ちが伝わってきました。……俺、柚瑠さんのこと、好きでよかったです」

ふいに真っ直ぐにそう言われて、柚瑠の手がわずかに止まる。
ふだん飄々としている彼のまつげが、かすかに揺れた。

「……ほんと、律って時々ずるいよね」

「えっ……な、なんか言いました……?」

「んーん、何にも」
柚瑠は笑ってごまかしながらも、視線だけは少し律を追いかけていた。

---

夜。
お風呂からあがった律がリビングに戻ると、柚瑠がエプロン姿でキッチンに立っていた。

テーブルには、律の好物ばかりが並んでいる。
シチューの香りが、ほかほかとあたたかく鼻をくすぐった。

「え……これ、全部柚瑠さんが……?」
「うん。律、いつも家のことやってくれてるし。今日は僕がやる番」

「……本当に、ありがとうございます……俺、こんなに嬉しいの、久しぶりです」
律は思わず駆け寄って、柚瑠の背中にふわりと腕をまわした。

「わっ、ちょっ……律、鍋熱いから危ないって」
「……すみません。でも……少しだけ、こうしててもいいですか」

「……しょうがないな」
そう言いながらも、柚瑠の手がそっと律の髪をなでる。

「律が笑ってると、僕もちょっとあったかくなるんだよ」

「……柚瑠さん、そういうの……反則です」

頬を赤らめながらも、律は照れくさそうに柚瑠を見上げる。
その眼差しに、柚瑠はふっと目を細めた。

「僕、気づいたかも。律のこと、見てるとさ……なんか、放っとけないんだよな」

「……それって、どういう……」

「ん?さあ?どういう意味だろうね」

柚瑠はふざけたように肩をすくめたが、目だけはやけに優しかった。
その夜、律の誕生日は、静かに、でもたしかに――ふたりの心をまたひとつ近づけたのだった。

---

「……柚瑠さん。冷凍庫、もう入りきらないんですけど……!」

初冬の朝、律の困ったような声が台所から響く。開け放たれた玄関には、大量の発泡スチロール箱。そして箱の中には、これでもかというほどの蟹。

「“お友達と食べてね”って、母からの伝言らしい。これはもう、宴の規模だな」

手紙を読みながら、柚瑠は微笑む。温かな声と表情はいつもどおり穏やかだけれど、そこに少しだけ律を気遣う気配が混じっていた。

「どう考えても……二人じゃ無理ですよ、これ……」

「なら、招待しよう。因幡と黒川、ちょうど暇してるんじゃないか?」

「……たしかに。あのふたりも蟹、好きそうですし……」

律が納得したようにうなずき、こうして急きょ“蟹パーティー”が開催されることになった。

---

その日の夕方、因幡歩人と黒川才斗が、寒風に頬を赤くしながら到着した。ダイニングには土鍋と、テーブルの中央に山盛りの蟹が鎮座している。

「マジでこんなに蟹あんの……?」

黒川が素で驚いた声を漏らし、柚瑠は小さく笑った。

「うちの実家、昔からこうなんだ。量も温かさも豪快でね」

「へぇ……てか、これ何人分だよ……」

「とりあえず、律と黒川はキッチンチームに任命。因幡と僕は準備組ってことで」

「はいはい、どうせ俺が料理係なんだろ?」

黒川は呆れたように肩をすくめながらも、すでに袖をまくり上げてやる気満々の様子。

「うん、黒川、器用だし手際もいいし……律と組むのも慣れてるだろうしな」

「ですね。……ってか、律くんとなら別にいいし」

どこか当然のような顔で言いながら、黒川は律の方をちらと見る。律は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐにふわりと笑って、

「じゃあ、俺たちは下ごしらえをするので、柚瑠さん達はテーブルの方を……」

律がそそくさと台所へ向かうと、黒川がさっそく手を洗いながら話しかけた。

「律くんって、マメだよな。柚瑠さんと暮らしてんのに、ちゃんとしてるってすげーと思うわ」

「え?あ、いや……柚瑠さんもやる時はやってくれますし……」

「ふーん……でも、律くんが回してる感あるよな、家のこと」

「そ、そうですか……?」

律が菜箸を握りしめながら視線を彷徨わせていると、後ろで黒川が鍋の火加減を見つつポツリ。

「……柚瑠さん、律くんのこと甘やかしてそう」

「えっ」

「なんか……うん、そんな空気」

その言葉に動揺した律が振り向こうとしたとき、不意に因幡が声をかけてきた。

「黒川、エプロンの後ろ、ほどけかけてるぞ。……ほら」

「っわ、先生、近っ……!」

因幡が手際よくエプロンの紐を結び直すと、黒川は耳まで赤くして口を尖らせた。

「……そういうの、家でやってくんね?」

「律たちの前だと照れるのか。可愛いな」

「……~~っ、からかってんだろ、マジで!」

ふたりのやり取りを目の当たりにして、律は思わず柚瑠の方を見る。

「……柚瑠さん。あの、黒川くんと因幡先生って……もしかして、その、付き合ってたり……しますか?」

「え?んー?どうかな、仲は良さそうだけど。黒川は人懐っこいし、因幡も案外面倒見がいいからな」

「そ、そう……なんですけど……」

曖昧な笑みで受け流されてしまい、律は言葉に詰まる。さっきから自然に距離の近いふたりを見て、胸のあたりがやけにそわそわしていた。

「それにしても、律は観察眼があるんだな。僕なんて、まったく気にしてなかったぞ」

「っ……そ、それは……っ」

「ふふ。顔、赤いな。律、もしかして照れてんのか?」

「ち、違いますっ!からかわないでください……!」

慌てて顔を背ける律の耳までが赤く染まっていて、柚瑠はその様子に首をかしげつつも、深くは追及せずに微笑んだ。

---

やがて蟹鍋も佳境に入り、テーブルでは因幡と柚瑠による蟹大食い対決が繰り広げられていた。

「……因幡、ほんとによく食べるな。これは意外だったな」

「柚瑠こそ、まったくペースが落ちないな……」

「この勝負、負けられないからな」

静かな火花を散らす二人をよそに、律と黒川はせっせと蟹の殻をむいては差し出す。

「……俺ら、給仕係みたいだな」

「……でも、なんだか楽しいですね、こういうの」

「うん、まぁ。律くんと一緒に何かやるの、嫌いじゃないし」

ぼそっと言った黒川の言葉に、律は少しだけ驚いて、それからふんわりと微笑んだ。

「……黒川くんって、時々素直ですよね」

「は!?そ、そんなことねーよ!」

「ふふ……じゃあ、さっきのは聞かなかったことにします」

「ちょ、律くん、それはズルいだろ……!」

---

食後、満腹になった四人はこたつに潜り込み、それぞれの湯のみを手に、ゆるやかな眠気に身を委ねていた。

「因幡たち、今日は泊まっていけよ」

「いいのか?」

「もちろん。布団、二組出しておくわ。……一緒でも構わないなら、だけど」

「……黒川は?」

因幡がそう尋ねると、黒川は一瞬視線を逸らしてから、気だるげに答える。

「俺は……どっちでも。別に、先生が一緒がいいなら、それで……」

「じゃあ、俺と一緒で」

「っ……わかったよ、もう……うるさいな……」

黒川は顔をわずかに赤らめながら、こたつの中で足を組み直した。そのやりとりを見ていた律は、湯のみを持ったまま完全に固まっていた。

「……柚瑠さん。やっぱり、あのふたりって、すごく……仲がいいというか……」

「ん?ああ、まぁ。黒川、ああ見えて懐くと可愛いから。因幡も……根が優しいしな」

「……そ、そうですけど……」

「律、また顔が赤くなってる。ふふっ、どうしたんだ?」

「っ……そ、そういうこと言わないでください……!」

律は恥ずかしさに耐えきれず、こたつの端に身を寄せて背を丸めた。その耳まで真っ赤になっているのを見て、柚瑠はきょとんとしながらも、笑みをこぼす。

「君が照れてると、なんだか僕まで嬉しくなる」

そう言って、柚瑠は律の方へそっと視線を向ける。けれど、その言葉が無自覚な優しさだと気づいているのは、きっと今のところ律だけだった。

こたつの中で、くすぐったいような沈黙が流れ、湯気と笑い声が柔らかく溶け合っていった。

---

その夜。こたつの余韻もすっかり落ち着き、家の中にはしんとした静けさが戻っていた。

「……寒くないかな」

律はふとそんなことを思い、台所で小さな湯たんぽを二つ準備する。お湯を注ぎ、タオルで包んで、ふわふわと両腕に抱えて客間の引き戸へと向かった。

「因幡さんたち、もう寝てるかな……そっと置いていこう」

そろりそろりと音を立てないように戸を開けた――その瞬間。

「……っ」

ふとんの中ではなく、その上。寄り添うふたりの姿がそこにあった。

因幡の手が黒川の頬に添えられ、そのまま静かに唇を重ねていた。

――ばちんっ!

律の頭の中で、なにかが真っ白に弾けた。

「っ……わ、わわわっ、すみませんっ、すみませんでしたーっ!!」

律は湯たんぽをバンッと布団の端に置くと、ほぼ反射的にその場を飛び出した。耳まで真っ赤、視界もほとんどぶれている。

廊下を駆け抜け、リビングへと逃げ込んだその先――

「律?」

「ひゃっ!?……あ、柚瑠さんっ……!!」

立っていたのは、カップを手にした柚瑠。ひょっとんした表情で、慌てふためく律を見て目を大きく見開く。

「ど、どうしたんだ!?顔真っ赤……えっ、なに、走ってきた?なんで!?火傷!?お湯こぼした!?え、違うの!?なんか見た!?怖いやつ!?虫!?」

「ちが……違いますけど、でも、でも、あの、黒川くんと因幡さんがっ……!そのっ……!!」

「うん……?どうしたの……?」

柚瑠がさらに近づこうとすると、律はぎゅっと顔を伏せて小さくなった。

「……な、なんでもないですっ……ほんとに、なんでも……っ!!」

「いや、なんでもなくはなさそうなんだけど……!?律、耳まで真っ赤だぞ!? なぁ、何があったんだ!? えっ、君がそんな顔するほどのことって何!?」

わたわたと柚瑠が詰め寄り、律はその場にしゃがみ込む勢いでうずくまった。

その夜、温度が高すぎる湯たんぽと、顔まで真っ赤な律と、それに混乱する柚瑠の声だけが、静まり返った家にひときわ響いていた。

---

……マジで死んだ方がマシだっての。

布団の中で、黒川は枕に顔を押し付けてごろごろと転がった。

「律くんに……見られた……っつーか、ガッツリ、だし……!」

「うん、見られたな。いいタイミングだったじゃん」

「どこが“いい”んですか!?マジで……っ、信じらんねぇ……!」

がばっと顔を上げて因幡を睨みつけるが、頬は熱のせいか真っ赤で、目元も潤んでいる。

「よりにもよって律くんだぞ?……あの子、絶対俺のこと、なんか“チョロい先輩”とか思ってるし……うわ、無理、恥ずかしすぎて死ぬ……っ」

「チョロいかどうかは知らんけど、可愛いとは思ってるんじゃねぇの」

「……っ、先生、からかってます?」

「いや、事実言っただけだって」

「クッソ……!なんで先生はそんな落ち着いてんだよ。マジ空気読めよ……」

「読んでるよ。“もうちょっとキスしてもいいかな”って空気だったしな」

「は!?どこにそんな空気ありました!?あの瞬間で、俺の中の全感情が“逃げろ”に切り替わったっつーの!」

黒川は思わず枕を掴んで因幡に投げつける。だがそれも、ひょいと因幡に受け止められてしまう。

「じゃあ……お前が恥ずかしがってるのがあんまりにも可愛くて、続きしたくなった、ってことにしとくか?」

「……先生、マジでそういうとこ、ずるいです……」

ぼそっと呟いて、黒川は布団を頭からかぶる。けれど、因幡が優しくその背中を撫でる手を、拒むことはなかった。

「……もう、今日は絶対出ねぇ……律くんと顔合わせたくねぇ……マジで……」

「じゃあ、ここでずっとお前のこと抱きしめてるわ」

「……勝手にしろです、もう……」

真っ赤な顔を隠すように、布団の奥に沈んでいく黒川と、そんな彼の中途半端な敬語と拗ね方を楽しむ因幡。
笑えるほど正反対のふたりの夜は、まだ終わりそうになかった。
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