この恋は、曰く付き

あしゅ太郎

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温泉ロゴのTシャツと恋心(3)

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昼下がりのゆるい時間。客足が少し落ち着いたタイミングで、番台に立っていた碧生の前に、いつもの“サングラス&帽子の常連さん”が現れる。

中辻 蓮華。
だが、碧生にはまだ“変装した人気ユニットの片割れ”とは気づかれていない。

「……こんにちは」

蓮華がぽつりと声をかける。
以前よりほんの少しだけ、声が柔らかくなっていた。

「いらっしゃいませ~。いつもありがとうございます」

穏やかな笑顔で応える碧生に、蓮華はそっと小さな紙袋を差し出した。
中には、きな粉がまぶされた素朴な和三盆のお菓子が、いくつか。

「これ……こないだのライブのお礼。あと、いつも頑張ってるから、ってことで」

「え、あ……僕に、ですか?」

思わず目を丸くする碧生。
差し出された袋を両手で大事そうに受け取りながら、ちょっとだけ首を傾げた。

「ありがとうございます……こういうの、嬉しいです」

そのときの笑顔が、あまりに無邪気で、素直で。
蓮華は目の奥がくすぐられるような感覚に、思わず視線を逸らしてしまった。

(うわ……やば。可愛い……)

こっそりと唇の端を上げて、帽子のつばを深くかぶる。
平静を装って施設内へと足を運ぶ背中は、どこか浮かれているようでもあった。

---

その日の休憩中、控室のソファでお茶を飲みながら、碧生はふと、机の上に置かれた小さな紙袋を見つめた。

「あの人、最近しょっちゅう差し入れくれるなぁ……」

ふと笑って呟く。

「前は黒糖キャンディーで、今日は和三盆……」

どこか照れくさそうに眉を下げながら、ぽりっとひとつ口に放る。

「うま……」

一瞬黙って味わい、それからぽつりと。

「……最近、餌付けされてんだよなー、俺」

苦笑混じりにそう呟きながらも、頬が少しゆるんでいるのは自覚があった。

いつもは人に尽くす側の自分が、差し出されるやさしさに戸惑って、でも心地よくて。

(……あの人、どんな人なんだろう)

思わず、変装の奥の表情を想像しそうになって、碧生は自分の頬を軽く叩いた。


---

一方、湯に浸かりながら、蓮華はほぐれる体とは裏腹に、やたらと高鳴る鼓動を持て余していた。

「……次は、何持ってこうかな」

湯気の向こうに浮かんだ笑顔を思い出しながら、小さく鼻先を湯に沈める蓮華だった。

---

「これ……いつも差し入れ、ありがとうございます」

そう言って、碧生はそっと手提げ袋を差し出した。
差し入れの常連“帽子とサングラスのあの人”――蓮華は、ぱちりと瞬きをして受け取る。

「……え? 俺に?」

「はい。大したものじゃないんですけど……うちのオリジナルTシャツなんです。ロゴ入りの。
肌触り、けっこう良いって評判なんで、部屋着にでもどうぞ」

言いながら、少し照れくさそうに笑う碧生。

蓮華はほんの一瞬、固まってから――目元を緩めた。

「……ありがとう。そういうの、めっちゃ嬉しいわ」

帽子の下の口元が、ゆるく綻ぶ。
“この子、ほんまに優しすぎるやろ……”と胸の奥がじんわりと熱くなるのを、見せないように視線を下げた。

---

数日後。
休日、斎の部屋に来ていた碧生は、お菓子片手に人の部屋で寛いでいた。

斎はノートPCで、いつものようにYouTubeを開いていた。

「……お、始まってる」

『れんれん弾き語りチャンネル』――そうタイトルされた動画には、少し俯き加減の青年がアコースティックギターを抱えて座っていた。
柔らかな関西弁と、飾らない語り口で、ファンから密かに人気を集めている。

「えー今日はリクエストが多かったんで、ちょっと切ない系のカバー曲を」

静かに音を鳴らし始めたその人の胸元には、見覚えのある――ロゴ入りのTシャツが。

(……あれ?)

斎は、隣のソファで飲み物を飲んでいた碧生に声をかける。

「なあ、碧生。あのTシャツ、お前んとこのロゴ入ってね?」

「え?」

碧生が画面をのぞき込む。
そこには、はっきりと“湯の花温泉”の丸いロゴと、ゆるキャラの温泉マークが。

「……うわ、マジだ」

目を見開きかけた碧生だったが――次の瞬間には、自分で小さく首を振った。

「……でも、さすがに違うか。たまたま似たやつかも。
こんな……人気ある人が、うちのロゴなんて着るわけないし」

そう言いながらも、なんとなく頬が少し赤い。
まさか、あの変装常連と、画面の中の人気弾き語り配信者が同一人物だなんて。

でも、そのTシャツを照れくさそうに着ながら歌う姿に、
どこか見覚えがあるような、胸がくすぐったくなるような――不思議な感覚が、碧生の中でふわりと芽生えていた。

---

ギターの音がPCのスピーカーからふわりと流れ続ける中、
碧生はまだその“温泉ロゴTシャツ”が気になって、時折画面をちらちらと見ていた。

その様子に気づいた斎は、マグカップを手にしながら何気なく口を開いた。

「……あ、そういやさ。俺、最近けっこう“デッド・ブーケ”の月詩と会ってるよ」

「……へ?」

碧生が振り返る。
目が思いきり丸くなっていた。

「いや、あのライブのチケットも、実は本人からもらったやつでさ」

「ほ、ほんにんって……月詩さん、から?」

「うん。呪物の話でちょっと縁があって。最初はただのオタクだと思ってたんだけど……気づいたらちょくちょく呼び出されてて。
この前なんて“俺の歌、斎だけに聞かせたる”とか言ってきて……なんなんだよあいつ、甘すぎだろ」

ぶつぶつと文句をこぼすように語る斎だったが、どこか顔が赤い。

一方で、話を聞いていた碧生は、その手に持っていたマグカップをそっと置いた。
目を伏せ、ぽつりと呟く。

「……月詩さんが、そんなこと言うの……初めて聞いたかも」

「え?」

「いや、普段のインタビューとかMCだと、めっちゃ飄々としてるっていうか。軽口は多いけど、人に対してそこまで甘くするイメージ、俺はないな……」

少しだけ、眉を下げて考え込むような顔の碧生。
そして――ふと、斎の顔を見る。

「斎って、もしかして……月詩さんに、特別扱いされてない?」

「はあ!? ないない! 俺なんか、いつもからかわれてるし!」

「……でも、俺だったらそんなセリフ、絶対言ってもらえないと思うし」

笑いながらそう言った碧生の表情には、ほんの少し、羨望が滲んでいた。

斎は慌てて言い返そうとするが、言葉が出ない。
だって思い返せば――

“俺の歌、斎だけに聞かせたる”
“また来週も、うち来てな?”

あれは、あの月詩が――
ステージの上でクールに佇む、“デッド・ブーケ”の神坂月詩が、自分だけに向けてくれた声だった。

(……まさか、とは思うけど)

斎の胸の奥が、ゆっくりとざわめいた。

PCの画面では、Tシャツを着た蓮華が最後のコードを響かせ、そっとカメラに笑みを向けていた。
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