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繋いだ手の、その先へ(2)
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12月25日。
外は冷たい風が吹いているのに、カラオケの個室の中は妙にぬくぬくと暖かかった。
壁に反響するのは、桔平の全力の歌声。選曲はなぜか讃美歌『ハレルヤ』。
「ハァ~レ~ルゥ~ヤァァ~~……!」
声はデカいが、音程はあやしい。どこか遠くへ飛んでいる。
翠心は向かいのソファに座り、いちごとチョコソースの盛られた巨大パフェを黙々とすくっていた。
「……まじで、音痴治んねーな。才能あるわ」
「お前な、感動の余韻に水差すなよ」
「自分で歌っといて何言ってんだよ」
翠心が笑いながらスプーンをくるくる回す。
ディスプレイに「採点65点」と表示されるのを横目に、桔平は得意げに腕を組んだ。
「でも、僕としては満足だな。昨日の舞台も、今の歌も」
「お前、それ同列で語んなよ……」
ソファにもたれて、ふう、と息を吐いた翠心の視線が、窓の外に向く。
イルミネーションが街を彩っているのがちらりと見えた。
「……俺らの、演劇人生……終わっちゃったなぁ」
ぽつんと、そんな言葉が漏れる。
ひとつの季節が、確かに終わった感覚があった。
「けどさ」
桔平が、足をぶらぶらさせながら言う。
「僕は、やりきったと思ってる。悔いは、ねーかな」
その声には、不思議と迷いがなかった。
翠心は手を止め、ちょっとだけ驚いたように桔平を見た。
「……お前のそういうとこ、ほんと見習いたいわ」
「だろ? ありがと!」
にかっと笑う桔平。
翠心は思わず吹き出した。
こんな風に、くだらないことで笑い合えるのも、もう数えきれないくらい繰り返した日常だ。
けれど──
ふと、桔平の顔から笑みが引いた。
「あのさ」
ちょっとだけ真面目な声になって、視線を翠心に向ける。
「無理にでも、お前を演劇部に入れて……本当に、よかったって思ってる」
翠心は少し驚いた顔をしたあと、すぐに苦笑した。
「……あの時はぶん殴ってやろうかと思ったけどな」
「知ってる。マジで怖かった」
「でもさ、今では──お前と、演劇ができて楽しかったよ」
そう言って、翠心はパフェの最後のひとすくいを口に運んだ。
桔平は、照れたように鼻をこすりながら、軽く肩をすくめる。
「僕も。……ありがとな、翠心」
静かな音楽が流れ出す。
次の曲は未入力のまま、しばらく画面が明かりを灯していた。
それでもふたりは、何も言わずにその時間を味わっていた。
──昨日の舞台は終わった。
けれど、彼らの物語はまだ続いていく。
カラオケの空間に、冬の午後の陽が優しく差し込んでいた。
---
春休み、風がやわらかくなった午後。
いつものように、ふたりは並んで歩いていた。近所の小さな公園。桜の蕾は、まだ硬い。
「……いよいよ、引っ越しか」
桔平がぽつりと言う。手には缶コーヒー。
翠心はペットボトルの紅茶を口元に運びながら、少しだけ視線を逸らす。
「うん、もうすぐだな。……東京、遠いよな」
「遠いな。でも、お前ならすぐ友達できるだろ」
「そっちこそ。……演劇の強い大学行くんだろ? 役者仲間、すぐできるよ」
会話はいつも通り。でも、どこかぎこちない“間”ができていた。
ふたりの進路が別れるのは、もう決まっていたこと。
それを責めるでも、惜しむでもない。ただ、それでも──。
「なあ、翠心」
ベンチに並んで座ったとき、桔平が口を開いた。
その声はどこか緊張を帯びていた。
「……僕さ、お前のこと、ずっと好きだった」
翠心が紅茶のペットボトルを握ったまま、ぴくりと動きを止めた。
数秒の沈黙。桜の枝が風に揺れる音が、やけに耳につく。
「……ずっとって、いつから?」
「わかんね。たぶん、気づいたら。演劇始めて、お前が本気で悩んで、泣いて、でも立ち上がってさ……」
桔平は、唇をかみしめた。
「いつのまにか、目で追ってた。……でも、幼なじみだし、お前の方が絶対先に演劇やめると思ってたし。僕なんかじゃ、って思ってた」
翠心は何も言わなかった。ただ、目を伏せたまま、指先でスマホを握りしめていた。
ふと──
その画面に、LINEの通知がひとつポン、と浮かび上がった。
《玲依》「今日、ありがとう。また話せて嬉しかった……!」
桔平の視線が、思わずその画面に止まる。
翠心はすぐにスマホを伏せたが、もう遅かった。
一瞬、時間が止まったようだった。
「……玲依って、久賀女の?」
「……うん」
翠心が答えるその声は、ほんの少しだけ揺れていた。
「……最近、連絡取ってんの?」
「ちょっとだけ。県大会のあと、向こうから来て……なんか、たまに話す」
「そっか……」
桔平は笑った。いつもの調子で、軽く流すように。
「別に、ダメとは言ってねぇよ」
「うん……わかってる」
それ以上、言葉は続かなかった。
沈黙が、ふたりのあいだに降りてくる。
風がまた、桜の枝を揺らす。
やがて、桔平が立ち上がる。
「……ごめん。今日は帰るわ。引っ越し準備もあるし」
「……うん」
「またな」
「またね」
背を向けた桔平の足取りは、いつもより少しだけ重かった。
その背を見送りながら、翠心はそっとつぶやいた。
「……なんで、今じゃないんだよ、桔平……」
スマホの画面を見つめながら、ひとり、桜のまだ咲かない公園で立ち尽くす。
──春は、もうすぐそこだった。
でも、心にはまだ、冬の影が残っていた。
外は冷たい風が吹いているのに、カラオケの個室の中は妙にぬくぬくと暖かかった。
壁に反響するのは、桔平の全力の歌声。選曲はなぜか讃美歌『ハレルヤ』。
「ハァ~レ~ルゥ~ヤァァ~~……!」
声はデカいが、音程はあやしい。どこか遠くへ飛んでいる。
翠心は向かいのソファに座り、いちごとチョコソースの盛られた巨大パフェを黙々とすくっていた。
「……まじで、音痴治んねーな。才能あるわ」
「お前な、感動の余韻に水差すなよ」
「自分で歌っといて何言ってんだよ」
翠心が笑いながらスプーンをくるくる回す。
ディスプレイに「採点65点」と表示されるのを横目に、桔平は得意げに腕を組んだ。
「でも、僕としては満足だな。昨日の舞台も、今の歌も」
「お前、それ同列で語んなよ……」
ソファにもたれて、ふう、と息を吐いた翠心の視線が、窓の外に向く。
イルミネーションが街を彩っているのがちらりと見えた。
「……俺らの、演劇人生……終わっちゃったなぁ」
ぽつんと、そんな言葉が漏れる。
ひとつの季節が、確かに終わった感覚があった。
「けどさ」
桔平が、足をぶらぶらさせながら言う。
「僕は、やりきったと思ってる。悔いは、ねーかな」
その声には、不思議と迷いがなかった。
翠心は手を止め、ちょっとだけ驚いたように桔平を見た。
「……お前のそういうとこ、ほんと見習いたいわ」
「だろ? ありがと!」
にかっと笑う桔平。
翠心は思わず吹き出した。
こんな風に、くだらないことで笑い合えるのも、もう数えきれないくらい繰り返した日常だ。
けれど──
ふと、桔平の顔から笑みが引いた。
「あのさ」
ちょっとだけ真面目な声になって、視線を翠心に向ける。
「無理にでも、お前を演劇部に入れて……本当に、よかったって思ってる」
翠心は少し驚いた顔をしたあと、すぐに苦笑した。
「……あの時はぶん殴ってやろうかと思ったけどな」
「知ってる。マジで怖かった」
「でもさ、今では──お前と、演劇ができて楽しかったよ」
そう言って、翠心はパフェの最後のひとすくいを口に運んだ。
桔平は、照れたように鼻をこすりながら、軽く肩をすくめる。
「僕も。……ありがとな、翠心」
静かな音楽が流れ出す。
次の曲は未入力のまま、しばらく画面が明かりを灯していた。
それでもふたりは、何も言わずにその時間を味わっていた。
──昨日の舞台は終わった。
けれど、彼らの物語はまだ続いていく。
カラオケの空間に、冬の午後の陽が優しく差し込んでいた。
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春休み、風がやわらかくなった午後。
いつものように、ふたりは並んで歩いていた。近所の小さな公園。桜の蕾は、まだ硬い。
「……いよいよ、引っ越しか」
桔平がぽつりと言う。手には缶コーヒー。
翠心はペットボトルの紅茶を口元に運びながら、少しだけ視線を逸らす。
「うん、もうすぐだな。……東京、遠いよな」
「遠いな。でも、お前ならすぐ友達できるだろ」
「そっちこそ。……演劇の強い大学行くんだろ? 役者仲間、すぐできるよ」
会話はいつも通り。でも、どこかぎこちない“間”ができていた。
ふたりの進路が別れるのは、もう決まっていたこと。
それを責めるでも、惜しむでもない。ただ、それでも──。
「なあ、翠心」
ベンチに並んで座ったとき、桔平が口を開いた。
その声はどこか緊張を帯びていた。
「……僕さ、お前のこと、ずっと好きだった」
翠心が紅茶のペットボトルを握ったまま、ぴくりと動きを止めた。
数秒の沈黙。桜の枝が風に揺れる音が、やけに耳につく。
「……ずっとって、いつから?」
「わかんね。たぶん、気づいたら。演劇始めて、お前が本気で悩んで、泣いて、でも立ち上がってさ……」
桔平は、唇をかみしめた。
「いつのまにか、目で追ってた。……でも、幼なじみだし、お前の方が絶対先に演劇やめると思ってたし。僕なんかじゃ、って思ってた」
翠心は何も言わなかった。ただ、目を伏せたまま、指先でスマホを握りしめていた。
ふと──
その画面に、LINEの通知がひとつポン、と浮かび上がった。
《玲依》「今日、ありがとう。また話せて嬉しかった……!」
桔平の視線が、思わずその画面に止まる。
翠心はすぐにスマホを伏せたが、もう遅かった。
一瞬、時間が止まったようだった。
「……玲依って、久賀女の?」
「……うん」
翠心が答えるその声は、ほんの少しだけ揺れていた。
「……最近、連絡取ってんの?」
「ちょっとだけ。県大会のあと、向こうから来て……なんか、たまに話す」
「そっか……」
桔平は笑った。いつもの調子で、軽く流すように。
「別に、ダメとは言ってねぇよ」
「うん……わかってる」
それ以上、言葉は続かなかった。
沈黙が、ふたりのあいだに降りてくる。
風がまた、桜の枝を揺らす。
やがて、桔平が立ち上がる。
「……ごめん。今日は帰るわ。引っ越し準備もあるし」
「……うん」
「またな」
「またね」
背を向けた桔平の足取りは、いつもより少しだけ重かった。
その背を見送りながら、翠心はそっとつぶやいた。
「……なんで、今じゃないんだよ、桔平……」
スマホの画面を見つめながら、ひとり、桜のまだ咲かない公園で立ち尽くす。
──春は、もうすぐそこだった。
でも、心にはまだ、冬の影が残っていた。
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