Hate or Fate?

たきかわ由里

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 初歩の初歩のやり方だけど、スピードを落としてから徐々に上げていくのが、結局は間違いがないやり方だ。何度も何度も繰り返して、少しずつBPM250に近付けていく。
 これをやってると、頭の中が無になるのが気持ちいい。ちょっとトランスしてるみたいな状態で、ひたすら正確に叩くこととスピードを上げていくことに集中する。
 ディスコードでのプレイで目指すのは、マイク・ポートノイだ。正確無比で、ダイナミックかつ繊細。簡単にマイクになれるとは思ってない。だから、俺はただただ練習する。
 俺は、同世代のドラマーの中では絶対に負けてないって確信してる。だけど俺は天才なんかじゃなくて、ただドラムが好きなだけの凡人だから、こうやって数をこなしていくしかナンバーワンを自称し続ける方法はないし、上へも行けない。練習して自分のスタイルを確立させていかなきゃ、俺自身がドラムを叩く意味はない。代わりのドラマーがいない存在になりたい。あいつじゃなきゃって言われたい。
 俺が中堅って言われる世代になったら、俺のフォロワーが出て来るといいよなって思う。俺みたいなドラムを叩きたい、なんて誰かが思ってくれたら、すげぇ嬉しい。
 BPMが250に乗る。
 そのまま、同じところをループさせて、手順と速さを体に覚えさせる。
 ノーミス。いい調子だ。
 いったん手を止めて、汗を拭く。後は前後の繋がりがスムーズに行くことを確かめないとな。
 その前に、ちょっとだけ休憩しよう。俺が練習バカだっつっても、無理は禁物だ。故障が何よりも怖い。体が資本だ。
 セットから立って、スタジオの隅に置いてあったペットボトルの水を飲む。動いた分は当たり前に疲れるし、喉も乾く。
 今日はこの曲で時間いっぱいやろう。残り時間はあとどれくらいだ。
 スマホを取ってみると、もう19時30分だ。あと1時間半。片付けを考えると、そこまでの時間はない。休んだら、ノンストップだな。
 ていうか、宵闇は何でLINEしてるヒマがあるんだ。
 暫く前に来てたらしい通知を見て呆れた。
 開いて見る。
「おつかれ、今何してる」
 って、これ定型文か? 大体毎日同じだぞ。まったく芸がない。
「レコーディング集中しろ」
 それだけ返して、スマホをバッグの上に放り投げる。今から終わるまで、お前は構えない。
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