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【 父親 】和
キャラ紹介小説・前編【小スカ BL風味】
しおりを挟む「それじゃあ、お父さん行ってくるね!」
手にしたゴミ袋を一度玄関の前に置き、一ノ瀬 和はリビングに振り返って声をかけた。
パタパタと規則正しい音でノートパソコンをタイピングしていた大学生の長男――光毅が少し視線を上げて「行ってらっしゃい」と素っ気なく返事をする。中学の反抗期以降はずっとこの調子であるが、会話のときに作業の手を止めてちゃんと視線を向ける習慣はずっと変わらない。
「龍毅、もう出るよね?お弁当持った?忘れ物ない?体操服とか宿題とか……」
「親父……ハァ。そいつ中三だぞ、ほっとけよ」
光毅が顔を上げて呆れたように言う。
「あはは…龍毅はお父さんに似てうっかりさんだから。ね」
「……お弁当…ある」
今年中学三年に進級した三男――龍毅はぼそりと呟くと、手に持った弁当箱――ボンゴのようなやたら大きいやつ――をマイペースに少し掲げて、長身から和を見下ろした。
「それじゃあ途中までお父さんと行こうか」
「おい龍毅、ごみ捨てくらいお前もやれ」
「…………」
兄からの指摘に返事をする代わりに、龍毅がゆっくりゴミ袋の1つを手にして靴を履く。
「デカい図体して軽そうな袋1個って何だよ。どっちも持てよ」
光毅が長男モードで立ち上がりかけたのを遮るように残ったゴミ袋を拾い上げ、和は朗らかに手を振って言った。
「すぐそこだから大丈夫!光毅も気を付けていくんだよ」
「…お兄ちゃん……バイバイ」
「…ったく……龍毅、寄り道すんなよ」
小さな一軒家の短いアプローチを出ると、閑静な住宅街は爽やかな朝の日差しで、心地良さから和は身体を伸ばして大きく息を吐いた。
一ノ瀬家は今日も順調だ。
「あら、一ノ瀬さんおはよう!」
「あっ山野さん!おはようございます。昨日のお漬物すごく美味しかったですよ!」
一ノ瀬家の3軒隣の山野とはよく料理をお裾分けし合う仲で、2人は慣れたように一緒に歩き出した。山野の重そうなゴミ袋を和がそっと奪い「意外と力持ちなんです、僕」と少し照れたように笑う。
そのような和の純朴さや、年齢の割に若々しく、細身で青年のような雰囲気のある風貌は近所でも密かに(いや、堂々と?)人気だ。本人はそのことに気が付いていないが。
和の近所付き合いも良好だと言えるだろう。
和が会社に出勤するなり、数人の同僚たちが集まってきた。みな真剣な目を向けているが、和はいつも通りに朗らかな笑顔を見せる。
「みんなおはようございます」
「一ノ瀬課長!昨日大丈夫でした?!」
「え?なになに?昨日って何かあったかな?」
一斉に詰め寄られながらも、和は呑気に微笑みながら鞄――年季が入っているが丁寧に手入れされている――を自分のデスクに置いた。
「昨日お前が直帰で対応した、K-Mart店長のクレームだよ!めっちゃくちゃキレてただろ」
すぐ傍のデスクでコーヒーを片手に、和の同僚であり中学生のころからの親友の真崎 尚道が、半ば呆れたように横から言葉を投げかけた。
「あ、真崎おはよ。もう来てたの?昨日はバーに行くとか言ってたから、もっとギリギリに来るのかなって思ってた」
「そんなことより一ノ瀬さん、無事解決したの?すごいキレてたでしょ、佐藤さん」
和は予想外の言葉に目を丸くする。
「え?キレてるって…怒ってたかってこと?佐藤さんは怒ってないよ、困ってただけ。一緒に解決策を考えて、思ったより早く済んだから子供の話で盛り上がっちゃって……佐藤さんの息子さんね、うちの光毅と誕生日1日違いだったの。偶然だよね」
「いやいや……佐藤さんって昔クレームで社長まで呼び出した人ですよ?!」
「そうなんだ!社長と仲がいいのかな?」
和のトンチンカンな返答に一同が顔を見合わせる中、真崎がプッと吹き出して豪快に笑う。長身の真崎が和の肩に腕を回すと、腕の重さで和が一瞬ふらついた。
「さすが一ノ瀬だな!ド天然すぎて佐藤さんも怒るのバカバカしくなったんじゃねぇか?」
真崎ハツラツとした明るい言葉に、温かい笑いが広がる。
「そういう裏のない対応がクレーマーの心に響くのかもねぇ」
「一ノ瀬課長らしいですね」
「なに?クレーマーっていつの話?」
和がきょとんとすると、また笑いが広がる。
彼の世界はいつも優しい。
昼過ぎ、和は外回りの準備で必要なものをかばんにまとめていた。
「外回りか?」
「あ、真崎。そう、社長の知り合いの平野会長だよ。部長がお前なら1人でも大丈夫だって…」
「責任重大じゃん。ハハ、お前変なこと言うなよ。ちゃんとトイレ行ったか?」
「ええ?変なことなんて言わないよ!トイレは…忘れてたけど……」
恥ずかしそうに声を小さくする和の少し赤くなった顔を、一瞬まぶしそうに目を細める真崎の心情には、和はもう長い間ずっと、気付いていない。
「気をつけろよ~、一ノ瀬。またあの時みたいに――」
「や、やめてよ…!大丈夫だよ!」
するとスマホが鳴る。着信は、春から寮で生活している次男の剛毅からだ。
手にしていた資料をほとんど投げ捨てるように、和はスマホの画面をスライドする。
「剛毅?どうしたの?」
和が穏やかに問いかけると、ややあってスマホから細く震える声が届く。
『…………お父…さん……俺……』
「うん、どうしたの?」
和はいっそう声を柔らかくして言った。
電話先で剛毅が息を飲むように言葉を詰まらせているのが伝わる。和には剛毅の状態が目に見えるようで、こういう時は胸が苦しくなるのだ。
『…ごめ、ん……俺……気分……悪く…て…………』
「大丈夫、すぐ行けるよ。剛毅、今どこかな?」
『…駅の…………南口……路地、のとこ……』
「じゃあ10分あれば行けるね。会えるまでお父さんと話してようか」
和の声はいつも通り朗らかながら、手元では手早く荷物をまとめている。
通話の途中、和が視線を送ると、真崎は珍しく真面目な顔でうなずいた。
和が一人で子供を見てきた期間を傍で支え続けた真崎には、何が起こっているのか理解できていた。和がすぐにでも駆けつけるべき状況だと言うことも。
彼の「任せとけ」という力強い声を背中で聞きながら、和は駅に向かって走り出した。
結局、和が全てを解決して会社に戻ったのは空がオレンジ色に染まりだした頃だった。
オフィスに入るなり、普段は和のミスに優しく苦笑いを浮かべる営業部長が、低い声で「一ノ瀬」と言った。
「……はい…」
和がおずおずと部長の前まで行くと、部長が腕を組んでワークチェアの背もたれにもたれ掛かる。妙に静まり返ったオフィスに響くギシッと椅子の軋む音が、和の胸にも重く響く。
「座れ。分かってるな?」
「……遅くなってしまい、申し訳――」
「そうじゃないだろ!」
部長が、資料が乱雑に広がるデスクに、力強く手を振り下ろした。
和が子供のようにビクッと肩を震わせる。
戸惑いながら和は「申し訳ありません…」と小さく言った。
「今日のアポがどれだけ重要だったか分かるか?何故それをお前に任せたか分かるか?」
「……課長だから…ですか…?」
「お前だからだ、一ノ瀬。課長にしてもそうだ。お前だから、任せた。それがどういう意味か、お前は分かってるのか?」
「あの………部長の……ご期待に沿えず、すみません……」
和の的外れな謝罪の言葉に、部長が目頭を抑えて一瞬顔を伏せた。
その様子で、自分がまた間違えたのだと和は気が付いたが、部長の言葉の真意を読み取りきれずにいた。
ただ、和は知っていた。部長の瞳に映る仄暗い色が“失望”であることを。
20年前――光毅を授かった和が、実家を勘当されたときに父が見せたものと、それは同じ色だった。
「一ノ瀬……お前が無責任に、何の権限もない真崎に丸投げした平野会長の案件が、会社にとってどれだけ重要か理解してるのか?」
「は、はい……ですから、真崎だったら僕……私より優秀なので…平野会長にもご納得いただけると……」
「一ノ瀬、そういう事じゃない。お前は何も理解してない……結果的に真崎が上手くやったとしても、それは結果だ。もしうまくいかなければその責任は誰が取る?お前で取り切れるのか?私は、お前が抜けた事情も知らないで責任だけを取らされるのか?」
部長のその言葉に和は俯いていた顔をハッと上げた。
「そこまで……考えていませんでした……」
「そうだろうな。……お前は真っすぐで優しい。だが、その方法を間違えればその優しさはただの無責任でしかない。お前にとってこの会社は、家業を継げる時までの腰掛けなのか?」
部長の最後の問いかけに、和はドキリと心臓が跳ねた。
和はいつでも、誰にでも同じように、真摯でいた。そのつもりだった。
「腰掛けなんて……!僕は……会社のことも、部長のことも……蔑ろにするつもりは…」
「なら、正しいやり方を覚えろ。分からないなら私に聞け。会社はお前と家族のためにあるわけじゃないぞ」
「…はい……」
「もういい、今日は帰れ。明日、私と一緒に平野会長に謝罪に行くぞ。……お前がちゃんと頭下げて、誠意見せろよ」
「……申し訳ありませんでした…」
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彼は和が入社してきた18歳の時からずっと上司として、和を見守り、指導してきたのだから。
夕方の帰路を歩く和は、いつもの鞄が少しだけ重く感じられていた。
それでも和は進み続ける。やるべきことはまだ山積みだ。
いつまでも使い慣れないスマホを取り出して、光毅にメッセージを送った。
――今日は早く帰れるから、ゆっくりしてて。光毅の好きな親子丼にしよう。材料買って帰るよ。いつも家事、ありがとう。
メッセージが送信完了を告げた瞬間を待っていたように着信が入る。
和の住む緑ヶ丘町内会の班長からだ。
「こんばんは、下田さん!一ノ瀬です」
『あ、一ノ瀬さん?今、お仕事中だったかしら』
「いえ…帰宅中でしたよ。どうしたんですか?」
『まあ!ちょうどよかった!』
班長の下田の声が明るく弾む。
和はあまり深く考えなかったが、下田の話は“自分の代わりに面倒な家の町内会費を集金してきてほしい”というものだった。
和にとって頼み事は、出来るか出来ないか、の2択であり、出来る頼みごとを断る選択肢はあまり持たない。
「今日中ですよね、大丈夫ですよ。集金が終わったら、まっすぐ下田さんのお宅に伺いますね」
『さすが!若い人はフットワークが違うわぁ!…… あ、そうそう、一ノ瀬さん』
少し声のトーンを落として下田が言った。
『あなた、毎朝門のところでお花にお水あげてるでしょ? あれね、プランターの底から溢れた水が道路まで流れてきてるわよ。冬だったら夜に凍ると滑って危ないし、見た目もちょっと……ね」
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『奥様も出て行かれてて大変だと思うけど、よろしくね。それじゃあ私、20時はお風呂に入ってるから1時間は出られないから…』
通話がプツリと切れると、受話器から規則正しい電子音が鳴り響く。
それを聞きながら和は「花、みんな嫌だったのかな…」と、ぽつりと呟いた。
急いで終わらせた買い物袋が今日は嫌に重たい。
それでも和は歩みを止めない。
自分を支えてくれる、家族のため…親友のため…信頼してくれる上司のため――
ふとポケットでスマホが震え、和は通知を確認する。
剛毅から一件のメッセージが届いていた。
――父さん、今日はごめん。いつも迷惑かけてごめん
短い文字を読み終えた和の歩幅は次第に狭まり、ついにはその場に立ち止まった。
「…………違うよ、剛毅……お父さん、迷惑なんて…少しも…」
和の独り言は、夕方の喧騒に溶け込んで消えていく。
夕暮れ時の賑やかないつもの道で、和は迷子になってしまったように、胸が少しだけ苦しくなった。
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