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第六十七話【同調】前
しおりを挟む朝、目が覚めると隣に誰かがいる。それが当たり前の幸せのように思えるようになったのはいつからだろう。
その答えは本当に簡単な事なのに、つい考えてしまう。それほどまでに、満たされた気持ちになる。できれば、もう少しこの腕の中にいたいと思えるけど、そういう訳にはいかない。
力也はがっしり服を捕まえている手から逃れようと、服のボタンを外し、服はそのままにベッドから降りた。
「トーストでいいか」
食パンにベーコンとレタス、更にチーズを乗せ、トースターに入れる。焼けるのを待つ間に、卵を二つ割り、フライパンに落とす。ついでにオニオンスープの素をお湯に溶かす。
先ほどパンに挟んだレタスの芯の部分をそのまま、口にくわえムシャムシャしながら、卵を焼くと、皿に移す。
更に何枚かのレタスをちぎり、スティック状に切ったニンジンを刺した。
「こんなもんか」
また、残っていたニンジンを口にくわえ、食べながらテーブルに持って行く。ポリポリと口にくわえながらテーブルにできた物を置くと、その瞬間パシャッと音がした。
思わず、睨むように見れば、予想通りスマホのカメラをこちらに向けた冬真がいた。
「おはよう」
笑いを堪えきれず、口を押さえながらそう挨拶され、力也は口にくわえていたニンジンをそのまま食べるとムスッという顔をしながら冬真に向き直った。
「おはよう」
「せっかくの絶景だけど、これ、忘れ物」
そう言われ、先ほど脱皮のように置いてきた、服を見せられる。受け取り、何も羽織っていなかった上半身にシャツを羽織る。
「朝から誘惑すんなよ」
「離さなかったの冬真だろ。それより、そっちどうにかしてくれば?」
先ほどの仕返しに朝から構ってほしそうに存在を主張するそれを、指させば冬真は下を見て苦笑した。
「お前にどうにかしてほしいんだけど?」
「朝は忙しいんです」
冗談交じりのその言葉に、言い返し残りの朝ご飯をテーブルへ運ぶ。
「仕方ない、おかずは沢山あるし、そっち使うか」
意味ありげにスマホを降られると、おかずが何を指すのかすぐにわかる。今更恥ずかしがっても仕方ないが、気恥ずかしさを感じ目線をそらせば、冬真は笑いながらシャワーへと消えていった。
「まったく」
朝からセクハラを受けてしまったかのような気がしながら、もう一度パンをトースターにセットし、今度は服を大胆に着替え洗濯機に放り込む。
「力也・・・・・・」
洗濯機に服を放り込む時に風呂場から聞こえてきた声に、熱を持ち始めそうな体を押さえ、その場を離れる。
「時間がないのに」
そう言いながら、気分をごまかすようにチーズトーストを咥え、近くに置いてあったボストンバックを引き寄せる。
それほど荷物を持っていく訳じゃないが、忘れ物はなかったかと確認し、チャックを閉める。
「力也~、お前なんでまたそんな格好してんだよ」
「んっ?」
「んっ?じゃなくて」
まったくと言いながら、冬真は力也の服を持ってくると、手渡した。手渡された服を着ると、咥えていた食パンを食べ終わり、ズボンもはく。
「洗濯機回しといたけど、干す時間あるか?」
「多分?」
「なら後で干しといてやるよ」
「ありがとう」
「ついでに、暇なとき来て畳んでおくから」
「助かる」
そう力也は今日から二泊三日で泊まりがけの撮影が入っている。撮影自体は二日で終わるが、今回は宿泊場所兼撮影場所として神月が別荘を貸してくれている。
少しぐらいのんびりしても問題ないだろうという、孝仁の提案で長めにスケジュールを組まれていた。
「氷室さんが迎えに来てくれんだろ?」
「うん、ロケバスまで乗せててくれる」
「傑さんはくるんだっけ?」
「どうだろう、暇があったら顔を出すかもしれないけど、特に聞いてない」
聞いただけだったのだろう、冬真は相づちを打ちながら、自分の分のパンを咥え食べ始めた。
「お土産は?」
「ほしいけど、お前またラーメン買ってくる気じゃないだろうな」
「ダメだった?」
「だめってんじゃないけど」
前回何を思ってか、インスタントラーメンを買ってきた力也に、確認すれば不思議そうな顔をされた。別にラーメンが嫌なわけではないが、部屋に沢山あるのは、好きだからと言うわけではなくただ楽だったからで、土産にまで欲しいものではない。
「わざわざ買ってこなくていいから、写真でも撮ってこいよ」
「いつもそれ言うよな」
「わかってんならなんで撮ってこないんだよ」
言われるとわかっているのだから、素直に写真を撮ってくればいいのに、力也は毎度写真よりも物を優先していた。
「孝仁さんの写真とかやっぱり撮りにくいし」
「お前のだって言ってんだろ!」」
「え?」
散々説明してさすがにわかっていると思っていたのに、その反応は理解できてないように見えた。
「ああ、絶景とかか。たしか、見晴らしのいい渓谷行くから撮ってくる」
「お前、もうそれ天然通り越して、わざとだろ」
力也が気にいた景色に興味がないわけではないし、十分知りたいとは思うが、できるなら力也が映っている写真がほしい。
自分がいない場所の力也を手に入れる機会を逃したくはない。
「お前の気に入った景色も知りたいし、その時のお前の写真もほしいんだよ」
「冬真いっぱい俺の写真持ってるじゃん」
いつかチラッと見せて貰っただけでも、スマホのフォルダーには沢山の写真があった。自分では覚えのないものも沢山合ったが、どれをみても写真に残しておきたいほど変った物ではないと思えた。
「景色違うだけだし、別にいいじゃん」
「そういう問題じゃねぇんだよ。ブレてても、はみ出ててもいいから、撮って来いよ。命令」
「はーい」
そう言うと満足そうにした冬真は、不意に鳴った洗濯機のエラー音に呼ばれ、なんだろうと見に行ってしまった。
その背中をみつつ、力也は苦笑を浮かべ、近くに置いてあった冬真から貰った鳥のぬいぐるみを引き寄せた。
「ラーメンがダメならカレーにしようかと思ったのに、欲張りなご主人様だよな」
笑いながら、鳥のぬいぐるみに話しかける。さすがにこれだけ撮られているのだから、質より量なのかなとは思っているが、自分の写真を大量に撮らなくてはならない、こっちの気持ちも考えてほしい。
「フォルダーが自分の写真ばっかとか、自分大好きみたいじゃん」
(実際は違うのに)
とはいえ、そんなこと冬真に言ったらなら交換とか言われそうな気もする。
(別に冬真の写真がいらないって訳でもないんだけど・・・・・・)
そもそも写真を撮らない派の力也ではその良さもわからない、写真だけで満たされるほど、単純ではない。反応を見たくて煽るような写真を送ったことはあるが、それだけだ。
「なんで目を離す度にかわいいことしてんだ?」
不意に耳元で話しかけられ、思わず耳を押さえると、そこに楽しそうな笑みを浮かべる冬真がいた。
(これだけ見てんのに、まだまだでてくんだよな)
力也が何をするか、何を見ているか、何を話しているか、日々目を配りその度に惹かれているのに、こうして目を離せばまた新しい魅力を見せる。
飽きないというのはこういうことか。いや、飽きないと言うよりも、もっと欲しくなるし知りたくなる。
かっこいい姿も可愛い姿も、ふとした時に見える色気も、この前の画面の向こうの天然感満載の姿も全てに価値がある。
なんなら、力也が興味を持った物も冬真にとっては特別な物とも言える。
いま、力也が抱きしめている鳥のぬいぐるみも、自分の家に居たときよりも生き生きして見える。かなり力強く、抱きしめられ形を変えていてもだ。
「なんだよ」
見られていたことが恥ずかしかったのか、鳥のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、睨んでくるその表情も可愛い。
「別に? それより時間大丈夫か?」
「まだもう少し大丈夫・・・・・・あっ」
チラリと時計を見た力也から、鳥のぬいぐるみを奪うと横によけた。
毎日会っているわけじゃない、たった三日手の届かないところに行くだけだ。そうわかっていても、この消失感は拭えない。
ぬいぐるみを奪われ、警戒の視線を送る力也ににっこりと笑い、唇を近づけた。
「んっ」
もう出かけなくちゃならないのに、冬真の顔が近づき、キスをされた。行ってらっしゃいのキスよりは熱を持った深いキスを。
冬真がする深いキスは、時に鼻まで覆い、呼吸をしづらくさせる。キスの時瞳も閉じないし、閉じさせてもくれないから、至近距離の瞳はしっかりと俺を捕らえる。
感じろと言ってくるその瞳に、次第に頭がうまく回らなくなる。キスが好きだと思えるようになったのは冬真の所為だろう。
今日もダメだとわかっているのに、力が抜け、全てを明け渡したくなる。
(時間ないのに)
「よし、これでいいかな」
ぼんやりしていた力也は、その言葉で、はっと意識を覚醒した。なにがよし、なのかと思い見てみれば上着の胸元が下げられていることに気づく。
「あー!」
よく見れば、しっかりと肌に存在感を示すキスマークがつけられていた。
「お前の事だからすぐ消えるし大丈夫だって」
悪びれる様子のない、冬真をもう一度睨みながら服を整える。
「部屋は孝仁さんと一緒なんだろ?」
「うん、二人部屋だから」
「そっか、じゃあ孝仁さんにもよろしく」
そう言ってまた冬真は手招きをした。こんな不意打ちをされてもそうして呼ばれれば、すぐに寄ってしまう事に若干呆れるが、これはどうしようもない。
「気をつけろよ?」
「うん」
そっと額にキスをされ、愛情のグレアに包まれ、力也は満たされるのを感じた。
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