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翔壱と修二編【きっかけ】前
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修二がパートナーを事故で失い、数年の月日がたった。パートナーを失った事で精神的に不安定になった修二の仮のDomを翔壱は今も続けている。
どのような人物でも演じる事ができると言われるほどの、演技力でグレアもコマンドも使うことができない翔壱はDomになりきりPlayをする。
それでも解消されない欲求は抑制剤などで抑え、カウンセラーの元に通い弟を支え続けている。
そんな兄の想いを申し訳なく思いながらも、修二はどうすることもできず、せめて兄の負担にならないようにその仕事を支えていた。
そんな互いにごまかすようないびつな偽りのDomとSubの関係は、ダイナミクスの世界でも珍しく、口外すれば奇異の目を向けられるだろう。
無論芸能人の兄にとっては、炎上するだろう内容だが今のところは仲の良い兄弟でごまかせている。
それでもいつどんな形でバレるかはわからない。翔壱は自分のことはいいと思っていた、問題はそれによって傷をえぐられてしまう修二だった。
今も、消えることなく心に残っている傷に世間は必ず切り込んでくるだろう。そうなってしまったら今度こそ弟を失うことになってしまうかもしれない、それが怖かった。
「調子はどうですか?」
「今のところ大丈夫です」
カウンセラーの質問に修二は答えた。修二の隣には翔壱が座り、話しを聞いている。
本来Subのカウンセリングをする場合、カウンセラーが許可をしないかぎり例えパートナーであっても一緒にいることはできないとされている。
しかし、翔壱と修二は必ず二人で受けていた。
「なら良かった。もし少しでも困ったことがあったらいつでも電話してください。前回お渡ししたDPVはいかがでした?」
「悪くなかったです。ですが・・・・・・」
「合わなかったですか」
「すみません」
「いえ、Playも色々ありますからね。また探しておきます」
DPVとはダイナミクスPlayビデオと言われるPlay不足を解消する疑似Playができるビデオの事だ。
ビデオの中身はDomが軽いコマンドを出していく物で、時間はあまり長くない。DPV野中でも成人向けは長くなっているが、修二が借りたのは短い物だった。
「抑制剤の効き目には変化ありませんか?」
「はい、大丈夫です」
医者で処方される物だけでなく、薬局で買うこともできる抑制剤は多くの種類がありカウンセラーはその手の相談にも乗ってくれる。
ランクや症状によって合う薬は違うが、今のところ修二は問題なく利いている。もし少しでも違和感を感じたら連絡して欲しいと念を押すように言われ、その日のカウンセリングを終えた。
「昼どうする?」
「力也が教えてくれたあの店にでも寄るか」
「そうだな」
二人の友人である力也が紹介してくれたのは、ダイナミクス専門のカフェバー【ガーデン】Playと食事両方を楽しめる店だ。
元々イベントなども行うバーだった店を買い取り改装したため、見た目はバーに近いが、中身はダイナミクスを持つ者達の交流と憩いの場所になっている。
最近はオーナーである彰のパートナーが料理教室で覚えた定食などを振る舞うおかげで、一人で訪れるSubやDomも増えているらしい。
ダイナミクス専門と言うと大体が出会いの場のような使われ方が多いが、ここは交流を目的とせずにSubが気楽に訪れることができる事を第一に考えている。
無論、Subが一人カウンターでのんびりしていると話しかけてくるDomもいるが、そのほとんどが友好的であり、危険はない人々ばかりだ。
とはいえ警戒心の強いSubたちは
なかなか店に寄りつかず、Sub達用には割引メニューまであるにも関わらず未だに穴場のままだ。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは」
店のドアを開け、中に入ればこの店のオーナーでもある彰が出迎えてくれた。いつもは彼のパートナーであるミキが出迎えてくれたのに珍しい事もあるのものだと、思っていると彰は何を言いたいかすぐに察したのだろう苦笑を浮べた。
「最近昼間はミキの定食狙いのお客さんが多くて、遂に奪われちゃったんですよ」
指を指しているキッチンの方を見れば、ミキが見たことのない男性と一緒に楽しそうに料理を作っていた。
「彼は?」
「昼間だけたまに入ってくれるバイトです。食事付きでSubのみと募集をかけたら丁度バイト先を探してたらしくてきてくれたんです」
ミキと仲良くしていても上機嫌な彰の様子でSubだとわかったが、ミキとは正反対の少し強面の男性だ。
「ここの前にも飲食店で働いていたらしく、料理の腕もあるし助かってるんですよ」
「そうか」
そんな二人の会話を聞きつつ、修二は店内の様子を見回した。昼時ということもあり店内に客はいるが相変わらず混んでいる訳ではない。チラチラとこちらに視線を送ってくるDomがいるが、ニコッと微笑むだけでその場からは動こうとしない。
「彰、ご案内」
「あ、そうだった。すみません、こちらへどうぞ」
案内係になれていない所為か、いつも通り話していた彰はミキにそう言われ慌てて二人を人目につきにくい奥のボックス席へ案内した。
俳優として名が売れている翔壱と諸事情をかかえた修二がくつろげるボックス席に案内すると、彰はメニューを置いた。
「ご注文が決まったら呼んでください」
「ああ」
他の客に邪魔されたくないという客の為に作られているこの席は入り口からも、お手洗いからも少し離れているが店内の声はこの店自体が地下の為それなりに聞こえる。
「随分メニュー増えたな」
「だな」
メニューを開くと前回はなかった定食関係や、軽食が増えていた。カフェに似つかわしくない料理もあり、今までは物足りなく感じていた修二もこれならば大丈夫そうだと思えた。
その反面、以前のカフェのメニューも残っており、中には明らかにペアで楽しむ物もあった。
「どれにする?」
「そうだな、この和風からあげ定食とかどうだ?」
「いいな」
修二が同意したことで、翔壱はベルを鳴らし彰を呼んだ。二人分の和風唐揚げ定食、一人は多めで頼みさらに追加で鳥のササミが入ったサラダも頼んだ。
少しして、注文した料理が運ばれてきた。多めにと頼んだからだろう、食べ応えがありそうな量をおいた彰はご飯と味噌汁のおかわりもできると伝えその場を去って行った。
「さて、するか修二Stay」【待て】
深呼吸して、自分はDomだと思い込み気分を切り替える。グレアを発せないながらも、名俳優の威厳と威圧感で弟である修二に対する。
「いいと言うまでそのままだ。いただきます」
「はい」
そう言うとまずは主人として翔壱が定食に箸をつけた。おいしそうに食べるその様子を修二はSubらしい瞳で大人しく見ている。
本来ならば外食でこのようなPlayをすることなく、普通に食べたいところだが、グレアが使えないUsualではPlayでSub性を満足させることは難しい。その為こうして機会をみつけ少しずつ解消している。
本物のDomからしたら真似事でしかないこんなPlayでも、ここならば何か言われる事もない。それが二人にとってはとても助かっている。
「修二、今日はこの後、事務所に寄らなくてはいけなくなった」
「なにかあったのか?」
「今度のドラマの原作を用意してあるらしいからもらいにいく」
「わかった」
マネージャーに届けて貰うこともできたが、今日は忙しいと言っていた為、持ってくるのが遅くなる可能性もある。それなら自分で取りに行ったほうが確実だと思えた。
「修二、Eat」【食べろ】
そろそろいいだろうと思い、翔壱は唐揚げを一つ摘まみ修二へ差し出した。“いただきます”と言った修二はそれを咥え、ゆっくりとかみしめる。
「うまいか?」
「はい、おいしいです」
兄弟同士だというのにコマンドに対する返事は必ずと言っていいほど、修二は敬語で返している。昔の癖か、Subの本能的なものかはわからないが、この反応が翔壱は好きではない。
たった一人の大事な弟がこの時は遠くに感じる。大事な身内を含め人を支配するという行為は翔壱の性質に合っているとは言えなかった。
それでもこれ以外に弟と生きていく方法がない。新しいDomを得るには修二は前のパートナーに捕らわれすぎていた。
(しかし、王華学校の関係者なら・・・・・・)
修二の傷も受け入れ、このいびつな関係を変えてくれるかもしれない。
冬真と出会い、この店を知ったことで翔壱もそう思うことができるようになってきた。それでも、あのような事があった後ではまだ踏み切れない。
パートナーを得た事で失ってしまった物と、失いかけた物はそれほど大きい。
いくらSubに理解があると言ってもそれにかけることはできない。
それでなくとも、翔壱は既に弟が誰かに支配される姿を受け付ける事ができなくなっていた。DPVや自分相手ならいいが、Domに支配される姿を受け入れられる気がしない。
「翔壱? もういらないのか?」
「いらないなんて言ってない。人のとろうとすんなよ」
箸が止まっているのに気づいたのだろう。不思議そうに尋ねられ、途端に幼い頃の事を思い出し笑いながらそう返す。
「とろうとなんかしてない」
「そうか? よく俺の分まで食べていただろ」
食べ物の取り合いをしていた頃の事を思いだし、そう言えば修二はバツが悪そうに視線をそらした。
「そんな昔の話し」
モゴモゴと食べ物を口にしながら言い訳のように言う姿は昔のままで、そんな修二の姿に翔壱は心からの笑い声を上げた。
どのような人物でも演じる事ができると言われるほどの、演技力でグレアもコマンドも使うことができない翔壱はDomになりきりPlayをする。
それでも解消されない欲求は抑制剤などで抑え、カウンセラーの元に通い弟を支え続けている。
そんな兄の想いを申し訳なく思いながらも、修二はどうすることもできず、せめて兄の負担にならないようにその仕事を支えていた。
そんな互いにごまかすようないびつな偽りのDomとSubの関係は、ダイナミクスの世界でも珍しく、口外すれば奇異の目を向けられるだろう。
無論芸能人の兄にとっては、炎上するだろう内容だが今のところは仲の良い兄弟でごまかせている。
それでもいつどんな形でバレるかはわからない。翔壱は自分のことはいいと思っていた、問題はそれによって傷をえぐられてしまう修二だった。
今も、消えることなく心に残っている傷に世間は必ず切り込んでくるだろう。そうなってしまったら今度こそ弟を失うことになってしまうかもしれない、それが怖かった。
「調子はどうですか?」
「今のところ大丈夫です」
カウンセラーの質問に修二は答えた。修二の隣には翔壱が座り、話しを聞いている。
本来Subのカウンセリングをする場合、カウンセラーが許可をしないかぎり例えパートナーであっても一緒にいることはできないとされている。
しかし、翔壱と修二は必ず二人で受けていた。
「なら良かった。もし少しでも困ったことがあったらいつでも電話してください。前回お渡ししたDPVはいかがでした?」
「悪くなかったです。ですが・・・・・・」
「合わなかったですか」
「すみません」
「いえ、Playも色々ありますからね。また探しておきます」
DPVとはダイナミクスPlayビデオと言われるPlay不足を解消する疑似Playができるビデオの事だ。
ビデオの中身はDomが軽いコマンドを出していく物で、時間はあまり長くない。DPV野中でも成人向けは長くなっているが、修二が借りたのは短い物だった。
「抑制剤の効き目には変化ありませんか?」
「はい、大丈夫です」
医者で処方される物だけでなく、薬局で買うこともできる抑制剤は多くの種類がありカウンセラーはその手の相談にも乗ってくれる。
ランクや症状によって合う薬は違うが、今のところ修二は問題なく利いている。もし少しでも違和感を感じたら連絡して欲しいと念を押すように言われ、その日のカウンセリングを終えた。
「昼どうする?」
「力也が教えてくれたあの店にでも寄るか」
「そうだな」
二人の友人である力也が紹介してくれたのは、ダイナミクス専門のカフェバー【ガーデン】Playと食事両方を楽しめる店だ。
元々イベントなども行うバーだった店を買い取り改装したため、見た目はバーに近いが、中身はダイナミクスを持つ者達の交流と憩いの場所になっている。
最近はオーナーである彰のパートナーが料理教室で覚えた定食などを振る舞うおかげで、一人で訪れるSubやDomも増えているらしい。
ダイナミクス専門と言うと大体が出会いの場のような使われ方が多いが、ここは交流を目的とせずにSubが気楽に訪れることができる事を第一に考えている。
無論、Subが一人カウンターでのんびりしていると話しかけてくるDomもいるが、そのほとんどが友好的であり、危険はない人々ばかりだ。
とはいえ警戒心の強いSubたちは
なかなか店に寄りつかず、Sub達用には割引メニューまであるにも関わらず未だに穴場のままだ。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは」
店のドアを開け、中に入ればこの店のオーナーでもある彰が出迎えてくれた。いつもは彼のパートナーであるミキが出迎えてくれたのに珍しい事もあるのものだと、思っていると彰は何を言いたいかすぐに察したのだろう苦笑を浮べた。
「最近昼間はミキの定食狙いのお客さんが多くて、遂に奪われちゃったんですよ」
指を指しているキッチンの方を見れば、ミキが見たことのない男性と一緒に楽しそうに料理を作っていた。
「彼は?」
「昼間だけたまに入ってくれるバイトです。食事付きでSubのみと募集をかけたら丁度バイト先を探してたらしくてきてくれたんです」
ミキと仲良くしていても上機嫌な彰の様子でSubだとわかったが、ミキとは正反対の少し強面の男性だ。
「ここの前にも飲食店で働いていたらしく、料理の腕もあるし助かってるんですよ」
「そうか」
そんな二人の会話を聞きつつ、修二は店内の様子を見回した。昼時ということもあり店内に客はいるが相変わらず混んでいる訳ではない。チラチラとこちらに視線を送ってくるDomがいるが、ニコッと微笑むだけでその場からは動こうとしない。
「彰、ご案内」
「あ、そうだった。すみません、こちらへどうぞ」
案内係になれていない所為か、いつも通り話していた彰はミキにそう言われ慌てて二人を人目につきにくい奥のボックス席へ案内した。
俳優として名が売れている翔壱と諸事情をかかえた修二がくつろげるボックス席に案内すると、彰はメニューを置いた。
「ご注文が決まったら呼んでください」
「ああ」
他の客に邪魔されたくないという客の為に作られているこの席は入り口からも、お手洗いからも少し離れているが店内の声はこの店自体が地下の為それなりに聞こえる。
「随分メニュー増えたな」
「だな」
メニューを開くと前回はなかった定食関係や、軽食が増えていた。カフェに似つかわしくない料理もあり、今までは物足りなく感じていた修二もこれならば大丈夫そうだと思えた。
その反面、以前のカフェのメニューも残っており、中には明らかにペアで楽しむ物もあった。
「どれにする?」
「そうだな、この和風からあげ定食とかどうだ?」
「いいな」
修二が同意したことで、翔壱はベルを鳴らし彰を呼んだ。二人分の和風唐揚げ定食、一人は多めで頼みさらに追加で鳥のササミが入ったサラダも頼んだ。
少しして、注文した料理が運ばれてきた。多めにと頼んだからだろう、食べ応えがありそうな量をおいた彰はご飯と味噌汁のおかわりもできると伝えその場を去って行った。
「さて、するか修二Stay」【待て】
深呼吸して、自分はDomだと思い込み気分を切り替える。グレアを発せないながらも、名俳優の威厳と威圧感で弟である修二に対する。
「いいと言うまでそのままだ。いただきます」
「はい」
そう言うとまずは主人として翔壱が定食に箸をつけた。おいしそうに食べるその様子を修二はSubらしい瞳で大人しく見ている。
本来ならば外食でこのようなPlayをすることなく、普通に食べたいところだが、グレアが使えないUsualではPlayでSub性を満足させることは難しい。その為こうして機会をみつけ少しずつ解消している。
本物のDomからしたら真似事でしかないこんなPlayでも、ここならば何か言われる事もない。それが二人にとってはとても助かっている。
「修二、今日はこの後、事務所に寄らなくてはいけなくなった」
「なにかあったのか?」
「今度のドラマの原作を用意してあるらしいからもらいにいく」
「わかった」
マネージャーに届けて貰うこともできたが、今日は忙しいと言っていた為、持ってくるのが遅くなる可能性もある。それなら自分で取りに行ったほうが確実だと思えた。
「修二、Eat」【食べろ】
そろそろいいだろうと思い、翔壱は唐揚げを一つ摘まみ修二へ差し出した。“いただきます”と言った修二はそれを咥え、ゆっくりとかみしめる。
「うまいか?」
「はい、おいしいです」
兄弟同士だというのにコマンドに対する返事は必ずと言っていいほど、修二は敬語で返している。昔の癖か、Subの本能的なものかはわからないが、この反応が翔壱は好きではない。
たった一人の大事な弟がこの時は遠くに感じる。大事な身内を含め人を支配するという行為は翔壱の性質に合っているとは言えなかった。
それでもこれ以外に弟と生きていく方法がない。新しいDomを得るには修二は前のパートナーに捕らわれすぎていた。
(しかし、王華学校の関係者なら・・・・・・)
修二の傷も受け入れ、このいびつな関係を変えてくれるかもしれない。
冬真と出会い、この店を知ったことで翔壱もそう思うことができるようになってきた。それでも、あのような事があった後ではまだ踏み切れない。
パートナーを得た事で失ってしまった物と、失いかけた物はそれほど大きい。
いくらSubに理解があると言ってもそれにかけることはできない。
それでなくとも、翔壱は既に弟が誰かに支配される姿を受け付ける事ができなくなっていた。DPVや自分相手ならいいが、Domに支配される姿を受け入れられる気がしない。
「翔壱? もういらないのか?」
「いらないなんて言ってない。人のとろうとすんなよ」
箸が止まっているのに気づいたのだろう。不思議そうに尋ねられ、途端に幼い頃の事を思い出し笑いながらそう返す。
「とろうとなんかしてない」
「そうか? よく俺の分まで食べていただろ」
食べ物の取り合いをしていた頃の事を思いだし、そう言えば修二はバツが悪そうに視線をそらした。
「そんな昔の話し」
モゴモゴと食べ物を口にしながら言い訳のように言う姿は昔のままで、そんな修二の姿に翔壱は心からの笑い声を上げた。
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