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1、寝グセは営業失格ですか!?
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「何だこのとりとめない羅列は! いつ、誰が、どこで、何をするか、サッパリ分からない。予測と行動、それに必要なものと所要時間を、時系列で整理しないと、読んだ相手に伝わらないし、後で自分が読み返しても分からんぞ。そんなじゃ行動できんだろ」
今年はこの食品メーカー「アサヅカフーズ」がのるかそるかの一大転機だ。
アサヅカフーズは長いこと業務用スープや調味料を中心に、地域に根付いた固い商売をしてきた零細企業だったが、業界再編の嵐に呑まれ、全国メーカーに押されてジワジワと取引額が減少していた。新しい商品が必要だった。かといって、工場のキャパが増える訳もない。そこで西川たち若手のPTが、業務用・個包装の惣菜シリーズ「Pro's キッチン」シリーズを開発した。同じく青息吐息の地元企業と手を組んで、他社の工場で生産・納入してもらい、アサヅカが営業を一手に引き受けるのだ。
「Pro'sキッチン」は取引先の卸の協力もあり、アサヅカ初のヒット商品となった。自社工場の増設なく新規の売上をプラスできた。古くからいる社員には、彼ら若手PTの動きを快く思っていないものもいたが、とにかく座して死を待つジリ貧状況から脱出できる可能性が見えた。
西川たち社長の命を受けた若手数名がPTを立ち上げている、ちょうどそのときに翔太は入社し、彼らが逆風の中新商品の発売まで漕ぎ着けたのを間近で見てきた。納入価が自社製造より上がって利幅が小さいこと、協力企業との関係維持などから、小ヒットで満足してはいられない。クリスマスや忘年会の季節に、いかに拡売できるか。
社命がかかっている。地方の一弱小メーカーから、食品商社へと生まれ変わるのだ。 PTの実質的リーダーである西川のためにも、営業の自分たちが数字を作らないと。翔太はそう思っていた。
西川は「分からない」と言いながら、翔太のイメージをよく拾い、翔太がやろうと思っていることの大枠は承認した上で、いくつもの項目についてすごいスピードで修正を指示した。
西川の厳しい指導が終わりを迎えた。嵐は終わった。
「あと、字が汚い。読めない。以上だ」
西川は翔太の下書きを机に放り出した。
翔太は西川の指導項目をメモし終え、机の上にふわりと放り出されたペーパーを回収して自席に戻った。
隣の席では内海が嵐の煽りを受けて震えていた。
「今日もすごかったですね。加藤さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。今週中に形にしたかったから、あのくらい言ってもらってよかったよ」
さすがにぐったりしながら翔太は笑った。四月に入社したばかりの内海は、OJT(On the Job Training 業務を通じての指導・育成のこと)を担当する原田と組んで仕事をしている。今回の作戦書も原田が中心に作成しているようだ。翔太はおととしの四月に入社してからずっと西川がOJT担当なので、あの調子には慣れっこだ。
「『今週』って、今日金曜日ですよ。どうして加藤さんってあんなに言われて平気なんですか? もともと打たれ強い性格?」
「どうかなあ。打たれ強くはないと思うけど。あのひとの指摘は全部妥当だよ。これを活かして練り直す」
先輩を励ましたいのか、慰めたいのか、内海は自分の抽斗からクッキーの小さな袋を取り出した。
「これ、あげます。脳みその栄養にしてください」
「おー、サンキュー」
翔太はクッキーの包装をペリッと破り、中身を口にくわえて新しいA4用紙を机に広げた。
残業の許可をもらった。この作戦書をある程度の形まで仕上げたい。
西川が通りすがりに日報を置いていった。先ほど翔太が提出した本日分の日報だ。
A4の日報用紙は係員が終業前に係長に提出し、係長は確認後コメントがあれば記入して係員にそれを返す。返ってきた日報は各自ファイリングする。
「あまり遅くなるなよ」
「はい」
先に帰る西川が肩越しに言葉をかけた。翔太は振り返らず声だけで返事した。
日報にはみどりのふせんがついていた。
係長からのコメント欄の横に、短い文字の書かれたみどりのふせん。
翔太はふせんをそっと剥がし、後で綴じようと日報を机の端に寄せた。
地下鉄駅から翔太の部屋までは、歩いて六、七分で着く。学生時代から住んでいる1LKだった。金がないのにワンルームを選ばなかったのは、地方の広い家で育った翔太が、寝るのと食うのは別の空間にしたかったからだ。
古い木造アパートの二階へコツコツと階段を上がっていくと、部屋に灯りが点っていた。翔太は最後の数段を駆けのぼり、勢いよく部屋のドアを開けた。
「ただいまー。わあ、何かいいにおい。ユキさん、今日のご飯はなんですか?」
翔太は靴を脱ぎながらそう訊いた。台所ではなにやら湯気が立っている。
「カワイイー!! ショウちゃん今『クンクン』したよね。なにその動き! 小動物みたいじゃん。超カワイイー!!」
おたまを放り投げて、カワイイカワイイと玄関の翔太の頬と髪ぐしゃぐしゃにする。翔太の息が止まった。
「ちょっと待って。待ってください。かばん置きますからちょっと待って」
攻撃をかわし、ようやく翔太は呼吸を整えた。スーツを脱ぎに奥の部屋へ行き、ついでに屈んで鏡をのぞいた。
「あーあ、ぐしゃぐしゃじゃないですか。朝の寝グセの比じゃないですよ。ユキさんが言ったんじゃないですか、髪型おかしいって」
「ショウちゃん! あれは反則だよー。朝からあんなにカワイイ格好して登場されたら、死んじゃうよ俺。カワイくてカワイくて、心臓止まりそうだった」
「……まあ、確かにあれは、ひよこみたいでした」
「ひよこー! なにそのカワイイイメージ。もう、ショウちゃんは何をしても、何を言っても、カワイすぎる。俺マジで死にそう」
西川行人が、長めの髪を揺らして悶絶しそうに喜んでいた。
今年はこの食品メーカー「アサヅカフーズ」がのるかそるかの一大転機だ。
アサヅカフーズは長いこと業務用スープや調味料を中心に、地域に根付いた固い商売をしてきた零細企業だったが、業界再編の嵐に呑まれ、全国メーカーに押されてジワジワと取引額が減少していた。新しい商品が必要だった。かといって、工場のキャパが増える訳もない。そこで西川たち若手のPTが、業務用・個包装の惣菜シリーズ「Pro's キッチン」シリーズを開発した。同じく青息吐息の地元企業と手を組んで、他社の工場で生産・納入してもらい、アサヅカが営業を一手に引き受けるのだ。
「Pro'sキッチン」は取引先の卸の協力もあり、アサヅカ初のヒット商品となった。自社工場の増設なく新規の売上をプラスできた。古くからいる社員には、彼ら若手PTの動きを快く思っていないものもいたが、とにかく座して死を待つジリ貧状況から脱出できる可能性が見えた。
西川たち社長の命を受けた若手数名がPTを立ち上げている、ちょうどそのときに翔太は入社し、彼らが逆風の中新商品の発売まで漕ぎ着けたのを間近で見てきた。納入価が自社製造より上がって利幅が小さいこと、協力企業との関係維持などから、小ヒットで満足してはいられない。クリスマスや忘年会の季節に、いかに拡売できるか。
社命がかかっている。地方の一弱小メーカーから、食品商社へと生まれ変わるのだ。 PTの実質的リーダーである西川のためにも、営業の自分たちが数字を作らないと。翔太はそう思っていた。
西川は「分からない」と言いながら、翔太のイメージをよく拾い、翔太がやろうと思っていることの大枠は承認した上で、いくつもの項目についてすごいスピードで修正を指示した。
西川の厳しい指導が終わりを迎えた。嵐は終わった。
「あと、字が汚い。読めない。以上だ」
西川は翔太の下書きを机に放り出した。
翔太は西川の指導項目をメモし終え、机の上にふわりと放り出されたペーパーを回収して自席に戻った。
隣の席では内海が嵐の煽りを受けて震えていた。
「今日もすごかったですね。加藤さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。今週中に形にしたかったから、あのくらい言ってもらってよかったよ」
さすがにぐったりしながら翔太は笑った。四月に入社したばかりの内海は、OJT(On the Job Training 業務を通じての指導・育成のこと)を担当する原田と組んで仕事をしている。今回の作戦書も原田が中心に作成しているようだ。翔太はおととしの四月に入社してからずっと西川がOJT担当なので、あの調子には慣れっこだ。
「『今週』って、今日金曜日ですよ。どうして加藤さんってあんなに言われて平気なんですか? もともと打たれ強い性格?」
「どうかなあ。打たれ強くはないと思うけど。あのひとの指摘は全部妥当だよ。これを活かして練り直す」
先輩を励ましたいのか、慰めたいのか、内海は自分の抽斗からクッキーの小さな袋を取り出した。
「これ、あげます。脳みその栄養にしてください」
「おー、サンキュー」
翔太はクッキーの包装をペリッと破り、中身を口にくわえて新しいA4用紙を机に広げた。
残業の許可をもらった。この作戦書をある程度の形まで仕上げたい。
西川が通りすがりに日報を置いていった。先ほど翔太が提出した本日分の日報だ。
A4の日報用紙は係員が終業前に係長に提出し、係長は確認後コメントがあれば記入して係員にそれを返す。返ってきた日報は各自ファイリングする。
「あまり遅くなるなよ」
「はい」
先に帰る西川が肩越しに言葉をかけた。翔太は振り返らず声だけで返事した。
日報にはみどりのふせんがついていた。
係長からのコメント欄の横に、短い文字の書かれたみどりのふせん。
翔太はふせんをそっと剥がし、後で綴じようと日報を机の端に寄せた。
地下鉄駅から翔太の部屋までは、歩いて六、七分で着く。学生時代から住んでいる1LKだった。金がないのにワンルームを選ばなかったのは、地方の広い家で育った翔太が、寝るのと食うのは別の空間にしたかったからだ。
古い木造アパートの二階へコツコツと階段を上がっていくと、部屋に灯りが点っていた。翔太は最後の数段を駆けのぼり、勢いよく部屋のドアを開けた。
「ただいまー。わあ、何かいいにおい。ユキさん、今日のご飯はなんですか?」
翔太は靴を脱ぎながらそう訊いた。台所ではなにやら湯気が立っている。
「カワイイー!! ショウちゃん今『クンクン』したよね。なにその動き! 小動物みたいじゃん。超カワイイー!!」
おたまを放り投げて、カワイイカワイイと玄関の翔太の頬と髪ぐしゃぐしゃにする。翔太の息が止まった。
「ちょっと待って。待ってください。かばん置きますからちょっと待って」
攻撃をかわし、ようやく翔太は呼吸を整えた。スーツを脱ぎに奥の部屋へ行き、ついでに屈んで鏡をのぞいた。
「あーあ、ぐしゃぐしゃじゃないですか。朝の寝グセの比じゃないですよ。ユキさんが言ったんじゃないですか、髪型おかしいって」
「ショウちゃん! あれは反則だよー。朝からあんなにカワイイ格好して登場されたら、死んじゃうよ俺。カワイくてカワイくて、心臓止まりそうだった」
「……まあ、確かにあれは、ひよこみたいでした」
「ひよこー! なにそのカワイイイメージ。もう、ショウちゃんは何をしても、何を言っても、カワイすぎる。俺マジで死にそう」
西川行人が、長めの髪を揺らして悶絶しそうに喜んでいた。
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