ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生

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1、寝グセは営業失格ですか!?

1ー3

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 狭い部屋は、床置きのテーブルを置けばいっぱいだ。床が固いので、テーブルの下には一応ラグを敷いてある。部屋着に着替えた翔太は、行人の配膳を手伝ってテーブルについた。行人はテーブルの角をはさんで、翔太の隣に座る。
「直した作戦書、ユキさんの机の上に置いときました。明日見てください」
「あー、はいはい。明日ねー」
 行人は興味なさそうに雑に答えた。
 翔太は心の中で独りごちた。
(ホントこのひと、プライベートでは仕事の話しないな)
 行人はものすごく仕事ができるが、可愛げがないほど引きずらない。会社を出て仕事の話をすることはほぼない。
 翔太は行人の作ったカレイの煮付けをつついて言った。
「今日はきららちゃん、かわいそうに、ビビりまくりでしたよ」
「きららちゃん?」
 行人は箸を止めた。
 翔太はもぐもぐと口を動かしながら、合間に答えた。
「そうですよ。朝の俺の寝グセに始まって、午後は午後で作戦書のダメ出し」
 翔太は思い出しておかしそうに笑った。
「ユキさん、きららちゃんのこと、牽制しまくりでしたよね。彼女が俺の髪直してくれようとしたの、慌てて止めて」
 あれ、ちょっと嬉しかったな。翔太はそう言ってまた笑った。行人はムスッとして、茶碗を持ったまま翔太に背を向けた。翔太は箸を置いて、行人の背中に触れた。
「ごめんなさいユキさん、気に障りました?」
 糊のかかったYシャツだ。行人はシャツの袖をまくり上げ、エプロンをその上にかけている。
「なんで」
「え?」
 行人は向こうを向いたまま、ぶっきらぼうに言った。
「なんで『きららちゃん』は『ちゃん』付けで、俺のコトは『さん』なの?」
 翔太は行人の背から手を離した。
「だって、それは……。ユキさんは俺の上司で、俺、尊敬してて、だから」
 翔太は目を伏せた。行人は振り返った。
「『尊敬』なんて、俺、欲しくないよ」
 ゆっくりとそう言った行人は、どんな表情をしているのか。おそるおそる翔太は顔を上げた。行人は笑っていた。
「もー、カワイイから許す! さっきの『嬉しかった』もキュン死しそうだった」
 翔太が何を言っても、何をしても、『カワイイカワイイ』と行人は喜ぶ。会社では、必死にそれを隠しているのだ。つれない、冷たい、厳しい行人の反応はすべて、本当の感情のカモフラージュだった。初めはそんな行人の態度に傷ついたりもしたが、今ではそんな行人のことを翔太は、
(どちらかっていうと、ユキさんの方が可愛いじゃん)
と思っている。内海に心配されるほど行人にガンガン責められても、翔太が別に堪えていないのはそのためだ。会社で行人が翔太に厳しくするのは、カワイイー! ときゃあきゃあ転げ回るのと同義なのだ。
 食事が済んで、行人は食器を洗い、その横で翔太は湯を沸かした。ふたりは酒を飲まないので、食後の飲みものはもっぱらお茶だ。お湯が沸くのを待つ間、翔太は水切りカゴに積まれた食器を拭き、食器棚に片付けた。ひとりでいるときは、こんな風にその場ですぐ片付けることはしない。水切りカゴに伏せられた、前の食事で使った食器の上に積み上げて放置か、最悪テーブルの上に置いたままにしていることもある。行人がサクサク片付ける派なので、彼がいるときだけ、翔太もつられて片付けてしまう。
 やかんがピーと鳴った。食器棚から茶葉を取り出そうとした翔太を、行人は止めた。
「ちょっと待ってショウちゃん。そういえば、なんかお茶もらってきたんだった」
「どこから?」
 行人は部屋の隅に置いた自分のかばんから、手のひら大のアルミのパックを取り出した。
「モリノーさん」
「モリノーさん?」
 モリノーは地元の食品卸で、翔太の担当社だ。
「うん。モリノーの常務が今日ウチの社長に会いにきて。年末に向けて、『Pro'sキッチン』のラインナップ強化するんだけど、製造を引き受けたがってる食品メーカーの社長さん紹介するって、連れてきてくれたんだよね。普通に担当の村上さんだったらショウちゃんに引き継いじゃうけど、今日はPTがらみだったから」
 翔太は行人からアルミパックを受け取った。
「へえ……、デカい話ですね」
 新商品開発PTのメンバーとはいえ、係長が本来社長案件である取引交渉に呼ばれていくなんて。PT全員が呼ばれた訳ではない筈だ。行人の社内での存在感の大きさを感じる。
「デカくもないよ。地方の零細企業は、協働しないと生き延びられないってことでしょ」
 興味もなさそうに行人はサラッと言い切った。
「で、お土産って訳じゃないんだけど、モリノーさんの新規取り扱い商品になるかもって。今みんなに試飲してもらって、感想を集めて正式に扱うかどうか決めるって」
 有機栽培のなんとかだって。淹れてみて。行人は翔太にそう言った。
 お茶は紅茶のようでそうでなく、ウーロン茶のようでそうでなく、何かの果物の香りがするようでよく分からない。
 行人は複雑な顔で翔太に訊いた。
「……ショウちゃん、おいしい?」
 翔太も正直に答えた。
「うーん。まずくはないけど、おいしいかと訊かれると返事に困る味ですね」
 ふたりはテーブルの上でカップを抱え、顔を見合わせた。
「せめてパッケージに何か書いてあるといいんですけどね。何のお茶か分かって飲めば、『ああ、そうかな』って味なのかもしれない。お客さんはパッケージを見て分かって買うから、問題ないかもしれませんね」
 アルミパックには、開発ナンバーらしき数字を書いたシールが貼ってあるのみだ。
「ごめん、ショウちゃん。常務は何とかって説明してった。俺が忘れちゃったの」
「ユキさん、興味ないことにはホント興味ないですもんね」
 翔太は苦笑した。このキッパリしたところが、翔太には羨ましい。一旦仕事のスイッチが入ると、ものすごく有能なところとセットで。
 カップから出る湯気が、行人の睫毛を揺らす。
「じゃあショウちゃん、次村上さんに会ったとき、感想言っといてよ」
「はい。『ビミョーな味でした』って言っときます」
 長い睫毛。クセのないストレートな髪の行人は、睫毛も同じように真っ直ぐだ。行人が翔太の視線に気付いて目を上げた。
「ショウちゃん」
 呟くように翔太の名を呼び、行人はカップを握る翔太の指に触れた。行人の細くて長い指。行人の顔が近づいてくる。
「ん……」
 キスは不思議なお茶の味だった。
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