ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生

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7、もうちょっとだけ、夢を見させて

7-4

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「ショウちゃん……、あれは、反則だよ」
 行人が苦情を言った。翔太はかすれた声で小さく訊いた。
「何がですか?」
 行人は抗議するように翔太の腰を揺らした。
「運転中にあんなこと言ったりして」
「……ああ」
「俺をあんまり弄ばないでくれよ」
(弄ぶ?)
 翔太は唇を噛んで、そして言った。
「ユキさんは……嫌ですか? ああいうの」
 行人はまた翔太の腰を、さっきより強く揺さぶった。
「違うでしょ。嫌だったら今こんなことしてないよ。そうじゃなくて、俺がショウちゃんにあんなセリフ言われて、平気でいられる訳ないってこと」
 行人はふざけて翔太の額に自分の額をコンとぶつけた。翔太もくすくす笑って行人の肩に回した腕に力を込めた。
 翔太は片腕を行人の首から外して、ゆるゆると行人の身体を下へと撫でた。足の付け根に指を這わせたとき、行人はすっと腰を引いた。
「ユキさん?」
 拒否、された?
 どうして……?
 こんなことは初めてだった。行人は自分の腹の下に触れた翔太の手をつかみ、優しく握った。
「今はいい。あとに取っとく。今夜は俺、ショウちゃんを寝かさないから」
 行人は翔太のまぶたの上でチュッと唇を鳴らし、ベッドから出た。
「外はまだ明るいよ。ショウちゃん、夕食の前に、ちょっと外へ出てみようか」 

 海辺のリゾートホテルだった。周囲には海とサトウキビ畑が広がるのみ。さわさわと風が頬を撫でていく。風が冷たくないなんて、さすが南国だ。
 ホテルの屋外プールを抜けると、その向こうはビーチだった。数組の客が同じように散策している。はしゃぐ子供もいるし、男性グループもいる。サンダルを履いてくればよかったと翔太は思った。スニーカーに砂が入る。行人がその様子に目ざとく気付いた。
「砂、入っちゃった?」
「ええ」
「靴脱いじゃいなよ。はい」
 行人は翔太の前に膝をついた。翔太は迷った。「ほら早く」と行人に促され、恐る恐る行人の肩に手をかけた。片足を靴から抜き出そうとしたとき、行人が手早く翔太のスニーカーとソックスを脱がせた。もう片方も同じようにした。
「ほら、これで大丈夫。安心してその辺走っておいで」
 行人は笑った。翔太は照れくさくて下を向いた。
「その辺って……。犬じゃないんですから」
 行人は嬉しそうに「あはは……」と笑った。
 ガジュマルの大木の下で、海からの風に吹かれた。見上げると、北国から出たことのない翔太にそれは奇景だった。どこからどこまでが木としての個体か、区切りがよく分からない。翔太の育った地域に、こんな植物はないものだ。
「すごいですね……」
「うん。神サマの木だってよ」
「神サマ?」
「うん。人間を見守ってるんだって」
 ホントかどうか分からない行人の言葉も、翔太の耳には美しい物語に聴こえる。翔太は隣の行人の顔を見た。
(ユキさん……)
 行人は翔太の脱いだ靴を大事に抱えて言った。
「そろそろ戻ろっか。もうすぐ夕食だ」
 翔太は「はい」と答え、こくりとうなずいた。

 沖縄料理は初めてだったが、翔太の好みを完璧に把握している行人が、いつものように絶妙のバランスで注文してくれていた。
「カンパーイ」
 オリオンビールで乾杯すると、最初のひと皿がやってきた。
「ユキさん、これ何ですか?」
 肉は肉だろうが、いわゆる筋肉ではない。色はこんがりきつね色で、ツヤツヤとゼラチン質が細く刻まれている。
「食ってみ」
「はい、いただきます」
 翔太はプルプルを口に入れた。見た目よりコリコリと歯応えがある。添えられたキュウリとの対比もいい。
「うまーい。軟骨ですね。豚……ですよね、沖縄ですもんね。えー、どこだろ」
 翔太も随分食品に詳しくなったものだ。行人は「当ててみ」と笑っている。
「えー、降参です。どこですか」
「耳。中華料理の前菜にもあるよな」
「へええ。うまいもんですね。ビールが進みそう」
 翔太はそう言ってビールをひと口飲んだ。
 ホテル内にはレストランがいくつかあり、一夜目はその中で地元料理の店を選んだ。ホテルの外に食べに出る選択肢もあるが、レンタカーで出れば酒はダメだし、タクシーに乗って数キロ行くのも面倒だしで、まずはホテル内でのんびり食事することにしたのだ。翔太は店内を見回した。家族連れが数組、後は若めのカップル、定年後らしい夫婦連れ。
「明日はどこ行こっか」
 行人が言った。
「俺、水族館行ってみたいです」
「ああ、いいね。じゃあ、明日はまず水族館まで行って、景色のよさそうなとこに寄りながら、ゆっくり戻ってこよう」
 翔太は豆腐料理に手を伸ばしながら言った。
「……ユキさんは? どこに行きたいですか?」
「俺?」
 行人は意外そうに目を丸くした。翔太はうなずいて、行人の答えを待った。
「そうだなあ。どっかの昼でソーキそば食いたいな」
「それだけですか?」
「うーん。俺らふたりだと、職場に土産買ってくってのもナンだし。だから買いものとかも別にいいしなあ」
 翔太は不思議に思って訊いた。
「じゃあ、ユキさん、どうして『沖縄行こう』なんて思ったんですか?」
 行人はビールのコップを傾けて、そして言った。
「ショウちゃんの水着姿、可愛いかなと思って」
「え」
「それと、暖かいところでショウちゃんを独り占めしたかったのと、ショウちゃんがあちこち見て喜んでるのを見たかったのと」
 行人は楽しそうに指折り数える。翔太はその指を軽く握って遮った。
「分かりました。分かりましたから。もう止めて」
 翔太の頬が熱くなる。行人が不服そうに唇をとがらせた。
「何だよう。訊くから答えたんじゃん」
 恥ずかしい……。翔太はチャンプルーをぐわっと口に放り込んだ。
 札幌からこれだけ離れれば、知り合いに見られる心配なく、外を歩ける。行人と付き合っていることは、できれば仕事関係のひとには知られたくない。さっきホテルの周りを歩いてみて、かなりリラックスできる場所だと分かった。誘ってくれた行人には、感謝だ。
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