35 / 51
7、もうちょっとだけ、夢を見させて
7-5
しおりを挟む
食事が終わり、ホテルの売店を冷やかして、リゾートホテルの長い廊下をふたりで歩いた。売店には翔太たちと同じような男性ふたり連れもいて、売店のひとの振る舞いも自然だった。変にひと目を気にして身体を離したり、ここではしなくていいようだった。
売店で、翔太はウミガメを象ったぬいぐるみを発見した。何色かのウミガメを見ているうちに、その中の一体と目が合ってしまった。翔太はしばらく固まったあと、そっと陳列棚からその一体を取り上げた。ぬいぐるみを大事に両手で捧げ持ち、じっと見つめているその姿を見て、行人が背後で震えていた。
「ショウちゃん……!!」
店頭のこと、行人は叫び出したいのを必死にこらえている。
「え? 何。何ですかユキさん。俺、またヘンなことしてました?」
行人は勢いよく首を振った。
「ヘンじゃないよショウちゃん……!」
行人は一歩近づいて、翔太の肩越しにぬいぐるみを見た。
「ショウちゃん、そのコのこと、気に入ったの?」
「へ?」
翔太は自分が何をしていたか気付き、慌ててぬいぐるみを棚に戻した。
「いや、別にこれは」
行人はくすりと笑って、翔太が棚に戻したウミガメを手に取った。
「いいんだよ。ショウちゃんはショウちゃんのしたいようにして」
「……はあ」
行人はぬいぐるみを持ってレジへ向かった。
「このコは連れて帰ろう。沖縄のお土産だよ」
先に廊下へ出て待っていた翔太に、行人は「はい」と笑ってぬいぐるみを手渡した。
「ありがとう……ございます……」
翔太は子供のようにぬいぐるみを胸に抱き、行人に礼を言った。
行人は笑って翔太の頭をポンと撫で、ゆっくりと廊下を歩き出した。
(ええーーっ。どうしよう。ユキさん、いつにも増して優しい)
翔太は胸に抱いたぬいぐるみの手触りを確かめた。
(これ、たとえば菜摘ちゃんに話したら、グーで殴られそうに幸せだよね)
ずっと独りで生きていくんだと思っていた。誰にも顧みられることなく、社会の隅で、普通のひとを装って生きていくのだと覚悟していた。なのに。
行人の背中が、目の前にある。
(幸せ……)
翔太は胸のぬいぐるみを抱きしめた。
(俺、今、ホントに幸せだ)
「ユキさん、俺……」
「ん? 何?」
エントランスのロビーでは、宿に戻ってきたグループがフロントで賑やかにやり取りしている。ロビー脇のラウンジには、キレイな色のカクテルが載った案内ボード。
「俺は、ユキさんに何ができますか?」
「どういうこと?」
「……俺、できること、何にもなくて」
翔太は下を向いた。
「ユキさんは俺にこんなにしてくれるのに、俺、何にも返せないじゃないですか。だから……」
「返すって、何を」
「ユキさんに、こんなに優しくしてもらって、いいのかなって……」
「ショウちゃん……」
「前にユキさん、社長に言ってたでしょ? 『係長職から外してくれ』って。俺、つまんない人間だし、要領悪いし、物忘れも多いし、育てようのないダメ部下じゃないですか。だから、ユキさんには申し訳なくて。俺なんかの面倒を看させられるんじゃあ、係長職なんてやってられないんだろうなって」
「ショウちゃん、俺のこと、どう思ってるの?」
「尊敬してますよ」
翔太は歩きながらそう言った。気付くと隣に行人はいなかった。翔太は振り返った。数歩後ろで、行人は立ち止まっていた。
「ユキさん? どうかしましたか?」
翔太は声をかけた。行人は首を振った。
「何でもない」
廊下の間接照明のせいか、行人の表情はよく見えなかった。
「んん……」
部屋に戻ってカギをかけるなり、行人は翔太の唇にキスをした。翔太は一瞬驚いたが、抵抗せずに口を開いた。翔太は買ってもらったばかりのぬいぐるみを床に落とさないよう、注意深く抱え直した。
行人が唇を離した。翔太の大好きな行人の瞳が、翔太をのぞき込んでいた。
「ショウちゃん、一緒にお風呂入ろうか」
「え……」
翔太が答えに詰まっていると、行人は気をつかったのか翔太に尋ねた。
「お風呂は嫌? じゃあ、どうしたい? ショウちゃんのしたいようにしてあげる」
「ユキさん……」
翔太は立ちふさがる行人の身体を避けて、机の上にぬいぐるみをそっと置いた。行人は冷蔵庫から水を取り出し、ぐびりと飲んだ。
「ごめんな。俺、重いよな」
行人はペットボトルを持ったまま、バーカウンターに向かって言った。
「ユキさん」
「嫌になったら言ってくれ。そうでもないと、俺、止まらないから」
翔太は振り返った。
「ユキさん!?」
恥ずかしくて、照れくさくて、行人の腕から逃げていた。だが、嫌になったことなど一度もない。翔太は――。
「嫌になんかなりません。だって、俺……」
行人は手にしたペットボトルから目を上げない。翔太は行人のシャツの背中をキュッと握った。握った指が少し震えた。
「今日は俺、ユキさんにいっぱい抱かれたいです。支度、しますから、待っててください。済んだら呼びますから」
恥ずかしくて恥ずかしくて、でも翔太はがんばってこれだけ言った。行人は翔太のそう言った声も震えているのに気付いたか、ようやく振り返って翔太の腰に腕を回した。翔太は行人の頬に軽く唇を触れ、風呂場に入った。
(恥ずかしい……。でも俺、ちゃんとできた?)
行人の望むことをしてやれただろうか。行人を悦ばせることを。
バスタブに湯を張りながら、翔太は身を清めた。
翔太は風呂場から顔だけ出して行人を呼んだ。
「ユキさん……来て」
「んー」
行人は翔太をバスタブに浸からせて、翔太の髪をシャンプーした。ふんふんと鼻歌を歌いながら、嬉しそうに翔太のお世話をする。翔太はくすぐったい気持ちで、行人のしたいようにさせていた。行人の指が心地よかった。
「ショウちゃん」
「何ですか?」
「俺ね、ショウちゃんのこと、大好き」
翔太の肩がぴくりと震えた。
「感じる? バスルームでこんなこと言われて」
行人は笑いを含んだ声で言った。
「ユキさん……」
「でも、ホントだから」
行人はシャワーの水栓を捻って、翔太の髪の泡を流した。
「って、知ってるか。俺、これまで何度も言ったもんな。さ、いいかな」
行人はシャワーを止めてタオルで翔太の髪を軽く拭いた。
「ユキさん」
売店で、翔太はウミガメを象ったぬいぐるみを発見した。何色かのウミガメを見ているうちに、その中の一体と目が合ってしまった。翔太はしばらく固まったあと、そっと陳列棚からその一体を取り上げた。ぬいぐるみを大事に両手で捧げ持ち、じっと見つめているその姿を見て、行人が背後で震えていた。
「ショウちゃん……!!」
店頭のこと、行人は叫び出したいのを必死にこらえている。
「え? 何。何ですかユキさん。俺、またヘンなことしてました?」
行人は勢いよく首を振った。
「ヘンじゃないよショウちゃん……!」
行人は一歩近づいて、翔太の肩越しにぬいぐるみを見た。
「ショウちゃん、そのコのこと、気に入ったの?」
「へ?」
翔太は自分が何をしていたか気付き、慌ててぬいぐるみを棚に戻した。
「いや、別にこれは」
行人はくすりと笑って、翔太が棚に戻したウミガメを手に取った。
「いいんだよ。ショウちゃんはショウちゃんのしたいようにして」
「……はあ」
行人はぬいぐるみを持ってレジへ向かった。
「このコは連れて帰ろう。沖縄のお土産だよ」
先に廊下へ出て待っていた翔太に、行人は「はい」と笑ってぬいぐるみを手渡した。
「ありがとう……ございます……」
翔太は子供のようにぬいぐるみを胸に抱き、行人に礼を言った。
行人は笑って翔太の頭をポンと撫で、ゆっくりと廊下を歩き出した。
(ええーーっ。どうしよう。ユキさん、いつにも増して優しい)
翔太は胸に抱いたぬいぐるみの手触りを確かめた。
(これ、たとえば菜摘ちゃんに話したら、グーで殴られそうに幸せだよね)
ずっと独りで生きていくんだと思っていた。誰にも顧みられることなく、社会の隅で、普通のひとを装って生きていくのだと覚悟していた。なのに。
行人の背中が、目の前にある。
(幸せ……)
翔太は胸のぬいぐるみを抱きしめた。
(俺、今、ホントに幸せだ)
「ユキさん、俺……」
「ん? 何?」
エントランスのロビーでは、宿に戻ってきたグループがフロントで賑やかにやり取りしている。ロビー脇のラウンジには、キレイな色のカクテルが載った案内ボード。
「俺は、ユキさんに何ができますか?」
「どういうこと?」
「……俺、できること、何にもなくて」
翔太は下を向いた。
「ユキさんは俺にこんなにしてくれるのに、俺、何にも返せないじゃないですか。だから……」
「返すって、何を」
「ユキさんに、こんなに優しくしてもらって、いいのかなって……」
「ショウちゃん……」
「前にユキさん、社長に言ってたでしょ? 『係長職から外してくれ』って。俺、つまんない人間だし、要領悪いし、物忘れも多いし、育てようのないダメ部下じゃないですか。だから、ユキさんには申し訳なくて。俺なんかの面倒を看させられるんじゃあ、係長職なんてやってられないんだろうなって」
「ショウちゃん、俺のこと、どう思ってるの?」
「尊敬してますよ」
翔太は歩きながらそう言った。気付くと隣に行人はいなかった。翔太は振り返った。数歩後ろで、行人は立ち止まっていた。
「ユキさん? どうかしましたか?」
翔太は声をかけた。行人は首を振った。
「何でもない」
廊下の間接照明のせいか、行人の表情はよく見えなかった。
「んん……」
部屋に戻ってカギをかけるなり、行人は翔太の唇にキスをした。翔太は一瞬驚いたが、抵抗せずに口を開いた。翔太は買ってもらったばかりのぬいぐるみを床に落とさないよう、注意深く抱え直した。
行人が唇を離した。翔太の大好きな行人の瞳が、翔太をのぞき込んでいた。
「ショウちゃん、一緒にお風呂入ろうか」
「え……」
翔太が答えに詰まっていると、行人は気をつかったのか翔太に尋ねた。
「お風呂は嫌? じゃあ、どうしたい? ショウちゃんのしたいようにしてあげる」
「ユキさん……」
翔太は立ちふさがる行人の身体を避けて、机の上にぬいぐるみをそっと置いた。行人は冷蔵庫から水を取り出し、ぐびりと飲んだ。
「ごめんな。俺、重いよな」
行人はペットボトルを持ったまま、バーカウンターに向かって言った。
「ユキさん」
「嫌になったら言ってくれ。そうでもないと、俺、止まらないから」
翔太は振り返った。
「ユキさん!?」
恥ずかしくて、照れくさくて、行人の腕から逃げていた。だが、嫌になったことなど一度もない。翔太は――。
「嫌になんかなりません。だって、俺……」
行人は手にしたペットボトルから目を上げない。翔太は行人のシャツの背中をキュッと握った。握った指が少し震えた。
「今日は俺、ユキさんにいっぱい抱かれたいです。支度、しますから、待っててください。済んだら呼びますから」
恥ずかしくて恥ずかしくて、でも翔太はがんばってこれだけ言った。行人は翔太のそう言った声も震えているのに気付いたか、ようやく振り返って翔太の腰に腕を回した。翔太は行人の頬に軽く唇を触れ、風呂場に入った。
(恥ずかしい……。でも俺、ちゃんとできた?)
行人の望むことをしてやれただろうか。行人を悦ばせることを。
バスタブに湯を張りながら、翔太は身を清めた。
翔太は風呂場から顔だけ出して行人を呼んだ。
「ユキさん……来て」
「んー」
行人は翔太をバスタブに浸からせて、翔太の髪をシャンプーした。ふんふんと鼻歌を歌いながら、嬉しそうに翔太のお世話をする。翔太はくすぐったい気持ちで、行人のしたいようにさせていた。行人の指が心地よかった。
「ショウちゃん」
「何ですか?」
「俺ね、ショウちゃんのこと、大好き」
翔太の肩がぴくりと震えた。
「感じる? バスルームでこんなこと言われて」
行人は笑いを含んだ声で言った。
「ユキさん……」
「でも、ホントだから」
行人はシャワーの水栓を捻って、翔太の髪の泡を流した。
「って、知ってるか。俺、これまで何度も言ったもんな。さ、いいかな」
行人はシャワーを止めてタオルで翔太の髪を軽く拭いた。
「ユキさん」
13
あなたにおすすめの小説
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる