41 / 51
8、空っぽの部屋で、たったひとりで
8-4
しおりを挟む
行人はロッカーからコートを取り出して、スーツの上に羽織った。いつものコートなのに、重そうだ。自席からかばんをだるそうに取り上げ、「じゃ、行ってくる」とふたりに告げた。
「珍しいですね。あのふたりが同行営業なんて」
内海が声を潜めて翔太に言った。
「そうだよね。どこへ行くのかなあ」
翔太はハラハラした。
原田は行人に何をさせる積もりなのか。原田は体調の万全でない行人を思いやるような繊細さを、持ち合わせてない。
内海は答えた。
「秋津物産さんらしいですよ」
「ええっ!? 秋津さんなら、きらりんだって担当じゃない。何であのふたり?」
内海は首を傾げた。
「なんかあ、担当だけじゃなくて、その上も出てくる話だそうで。だからこちらも上長と同行するんだとか。なんつーか、カウンターパート?」
「へええ……。そういうのって、普通、クレーム対応のときとかじゃない? 何かあった? 秋津さんで」
「いいええ。さすがにそれなら、わたしの耳にも入るはずです」
「だよねえ」
ここで心配していても、何の足しにもならない。ならないが、やはり気になる。
法人営業では、額や規模が大きくなると、一担当社員では話が進まなくなることもある。とにかく上司が出ていけば、それで突破できるタイミングだ。もし原田が今そういう案件を受注しようとして、それで挨拶回りにかこつけて行人を連れ出したのだとしたら、原田のプライド的にはそれをあまり公言したくないかもしれない。
翔太は(自分は自分の仕事をしよう!)と気分を切り替え、内海を誘ってお互い今日回る先への挨拶品を車に積んだ。
雪が止み、積もった分が解けだして、運転しやすい道になった。路肩の排雪が少しずつ行き渡り、幹線道路が二車線回復したので渋滞がなくなった。翔太は今日回る先へ挨拶品を配り終え、思っていたより早く社に戻れた。書類を整理して日報を書くには、珍しく時間の余裕がある。集中して、来週からのスケジュールを組むことにした。
いつどこで誰と何をして、その次には……といった点を線につなげていく作業。翔太はそれがどうにも苦手だ。一方行人はこうしたことがとても得意で、自分には軽々とできることを、翔太がうんうん唸ってがんばっているのが、可愛くてしようがないらしい。だから、予定や段取りを組む作業では、行人はとりわけ翔太に冷たく当たる。行人に冷たくされても、その裏にある本当の感情を知っている翔太は平気だが、入社三年、そろそろ行人の手を煩わせず業務をこなせる自分になりたかった。
しばらく席を立たずに集中できるよう、翔太は手洗いを済ませ、飲みものも準備して取りかかろうと思った。翔太が手洗いから戻る途中、廊下の向こうから企画課のPTメンバーが駆け寄ってきた。
「加藤くん! おたくの西川係長は?」
「は?」
翔太が目をパチクリしていると、企画課のひとはこう続けた。
「今日十五時からPTの打ち合わせが入っているのに、いないんだよ。社用ケータイもつながらない。こんなことは初めてだ。何か仕事が入って抜けられなくても、必ず連絡をくれるひとなのに」
翔太も事態の重大さに気付いた。
「それは、確かにおかしいですね」
「だろ? 君なら彼の個人ケータイ知らないかい? ああ、いくら西川でも、社用ケータイを忘れて出ることもあるかな」
「いや、それはないです。係長の机の周りで着信音は鳴ってませんでした」
翔太は、行人の個人ケータイにかけてみると請け合って、自席に戻った。かけてみたが、出ない。翔太は次に、原田の社用ケータイにかけた。壁の時計は、十五時二十分を指している。
(はい、原田。おー加藤、どした?)
原田の呑気な応えに苛立ちながらも、翔太は口調は丁寧に「行人とはそのあとどうしたのか」を尋ねた。
(西川さんとは二社を一緒に回って、石山通りで下ろした)
「下ろした?」
(ああ。そう指示されたからな。言われた通りにしたぞ。っていうか、何だよ。何かあったのか?)
「いえ」
翔太は原田に礼を言って急ぎ通話を切った。
あの熱で、街なかでひとり車を降りて、行人は何をしているのだろうか。念のため入れておいたLINEも一向に既読が付かない。
(ユキさん……どこにいるんですか)
翔太は机で頭を抱えた。今朝の行人の様子、昨日からの様子が思い出される。明らかに体調が悪そうで、熱があって、翔太を見上げる瞳も焦点が合ってなくて……。
机の上で電話が鳴った。翔太はビクリと身体を起こした。総務から内線だった。受話器の向こうから、甲高い声が事態を告げた。
(市立病院から、西川係長が事故に遭って運び込まれたって連絡が……)
そのとき同時に、部屋の奥の課長席から、課長の村木が手に受話器を持って立ち上がった。
「西川くんが事故だって!」
翔太は総務から詳細を聞き、受話器を置いた。村木課長がドスドスと早足で歩いてきた。
「とりあえず加藤くん、病院へ行ってくれないか」
「珍しいですね。あのふたりが同行営業なんて」
内海が声を潜めて翔太に言った。
「そうだよね。どこへ行くのかなあ」
翔太はハラハラした。
原田は行人に何をさせる積もりなのか。原田は体調の万全でない行人を思いやるような繊細さを、持ち合わせてない。
内海は答えた。
「秋津物産さんらしいですよ」
「ええっ!? 秋津さんなら、きらりんだって担当じゃない。何であのふたり?」
内海は首を傾げた。
「なんかあ、担当だけじゃなくて、その上も出てくる話だそうで。だからこちらも上長と同行するんだとか。なんつーか、カウンターパート?」
「へええ……。そういうのって、普通、クレーム対応のときとかじゃない? 何かあった? 秋津さんで」
「いいええ。さすがにそれなら、わたしの耳にも入るはずです」
「だよねえ」
ここで心配していても、何の足しにもならない。ならないが、やはり気になる。
法人営業では、額や規模が大きくなると、一担当社員では話が進まなくなることもある。とにかく上司が出ていけば、それで突破できるタイミングだ。もし原田が今そういう案件を受注しようとして、それで挨拶回りにかこつけて行人を連れ出したのだとしたら、原田のプライド的にはそれをあまり公言したくないかもしれない。
翔太は(自分は自分の仕事をしよう!)と気分を切り替え、内海を誘ってお互い今日回る先への挨拶品を車に積んだ。
雪が止み、積もった分が解けだして、運転しやすい道になった。路肩の排雪が少しずつ行き渡り、幹線道路が二車線回復したので渋滞がなくなった。翔太は今日回る先へ挨拶品を配り終え、思っていたより早く社に戻れた。書類を整理して日報を書くには、珍しく時間の余裕がある。集中して、来週からのスケジュールを組むことにした。
いつどこで誰と何をして、その次には……といった点を線につなげていく作業。翔太はそれがどうにも苦手だ。一方行人はこうしたことがとても得意で、自分には軽々とできることを、翔太がうんうん唸ってがんばっているのが、可愛くてしようがないらしい。だから、予定や段取りを組む作業では、行人はとりわけ翔太に冷たく当たる。行人に冷たくされても、その裏にある本当の感情を知っている翔太は平気だが、入社三年、そろそろ行人の手を煩わせず業務をこなせる自分になりたかった。
しばらく席を立たずに集中できるよう、翔太は手洗いを済ませ、飲みものも準備して取りかかろうと思った。翔太が手洗いから戻る途中、廊下の向こうから企画課のPTメンバーが駆け寄ってきた。
「加藤くん! おたくの西川係長は?」
「は?」
翔太が目をパチクリしていると、企画課のひとはこう続けた。
「今日十五時からPTの打ち合わせが入っているのに、いないんだよ。社用ケータイもつながらない。こんなことは初めてだ。何か仕事が入って抜けられなくても、必ず連絡をくれるひとなのに」
翔太も事態の重大さに気付いた。
「それは、確かにおかしいですね」
「だろ? 君なら彼の個人ケータイ知らないかい? ああ、いくら西川でも、社用ケータイを忘れて出ることもあるかな」
「いや、それはないです。係長の机の周りで着信音は鳴ってませんでした」
翔太は、行人の個人ケータイにかけてみると請け合って、自席に戻った。かけてみたが、出ない。翔太は次に、原田の社用ケータイにかけた。壁の時計は、十五時二十分を指している。
(はい、原田。おー加藤、どした?)
原田の呑気な応えに苛立ちながらも、翔太は口調は丁寧に「行人とはそのあとどうしたのか」を尋ねた。
(西川さんとは二社を一緒に回って、石山通りで下ろした)
「下ろした?」
(ああ。そう指示されたからな。言われた通りにしたぞ。っていうか、何だよ。何かあったのか?)
「いえ」
翔太は原田に礼を言って急ぎ通話を切った。
あの熱で、街なかでひとり車を降りて、行人は何をしているのだろうか。念のため入れておいたLINEも一向に既読が付かない。
(ユキさん……どこにいるんですか)
翔太は机で頭を抱えた。今朝の行人の様子、昨日からの様子が思い出される。明らかに体調が悪そうで、熱があって、翔太を見上げる瞳も焦点が合ってなくて……。
机の上で電話が鳴った。翔太はビクリと身体を起こした。総務から内線だった。受話器の向こうから、甲高い声が事態を告げた。
(市立病院から、西川係長が事故に遭って運び込まれたって連絡が……)
そのとき同時に、部屋の奥の課長席から、課長の村木が手に受話器を持って立ち上がった。
「西川くんが事故だって!」
翔太は総務から詳細を聞き、受話器を置いた。村木課長がドスドスと早足で歩いてきた。
「とりあえず加藤くん、病院へ行ってくれないか」
14
あなたにおすすめの小説
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる