今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生

文字の大きさ
37 / 58
6、味覚の戻る日

ふたたびの「肉じゃが」、そして四ヶ月ぶりの、米の飯

しおりを挟む
 夕食は、伸幸のリクエストで和食。

 米のメシに合う肉じゃががご所望だった。

 初めて伸幸が転がりこんできた日に作った献立。

 あのときより調味料がそろっているから、うまく作れる。

 つけあわせにはさっぱりとワカメとキュウリの酢のものを用意する。出汁を加えて、三杯酢は一度煮かえすと、とげとげしい酸味が飛んでまろやかになる。

 ついでに、冷蔵庫に残っていた小松菜と揚げをみそ汁にする。

 箸休めに、ナスを軽く漬けておいた。

 まあ、どちらにしても、煮かえした三杯酢が冷めるのを待ちながら、芋に火が通るまでぐつぐつ煮込むだけで、後は大した手間でもない。

 瞬は切れ味のよくないアルミの包丁で、手早くそれぞれの工程をやっつけた。

「手伝えることあるか?」

 伸幸が後ろから、瞬の肩に顎を載せてくる。

「ん。とくにないよ」

 瞬は自分の顔のすぐ横にあった伸幸の頬にチュッとキスをして、伸幸を追い払った。

「あ。皿出しておいて」

 伸幸は大人しく瞬から離れ、嬉しそうに「これでいい?」と出した皿を瞬に見せた。

「ああ、うん。それそれ。俺が呼んだら持ってきてね」

「はーい」

 伸幸はテーブルで、何か本を読みながら、瞬の作業が終わるのを待っている。

 夏の陽は長く、外はまだ明るい。

 今日はふたりで午前のうちに買い出しに出かけ、昼食は買ってきたパンで軽く済ませ、午後は手分けして掃除をした。狭いワンルームの掃除はひとりでやってもすぐ終わるが、伸幸がいてくれるので水回りを頼めてラクだった。

「上がったよー」

 瞬は湯気の立つ肉じゃがをテーブルに運んだ。

「じゃ、俺みそ汁よそうわ」

「あ、うん。ありがと。頼むわ」

 瞬がその他の皿をテーブルに運ぶ間、伸幸が椀に汁をよそう。

「保温は切ってたから、もうそんなに匂わないと思うんだけど……」

 伸幸が遠慮しいしい、自分のために茶碗によそった白米を持ってきた。

「いただきまーす」

 瞬は自分の作った料理に箸をつけた。

「…………」

「どうした? 瞬」

「……おいしい、かも」

 瞬は肉のうまみをよく吸ってほかほかしているジャガイモを味わった。ほのかに出汁の鰹節の香りがする。

 中火で炊いて、煮汁を飛ばすと、具材に味がよくしみる。百ぺんも二百ぺんもなぞった、ルーティンの作業だったが。

(それは、こういうことだったんだな……)

 昔、ちゃんと仕事をして、味見もできていた頃には、理解していただろうか。

 味覚があることが当たり前すぎて、「味わい」とは何なのか、本当には分かっていなかったかもしれない。

 瞬は数ヶ月ぶりの「味」に、しばらく無言で口を動かした。

「……瞬?」

 気づくと、伸幸がそんな瞬をのぞき込んでいた。

「伸幸さん、……味がする」

「瞬?」

「どれもうまいや。伸幸さんの言ってた通りだ。俺、料理、うまかったんだねえ」

 照れくさくなって、瞬は少し笑った。

 うまいのは当たり前だった。これが仕事だったのだ。

 十八の歳から、ずっと調理場で働いてきた。

 前の仕事を辞めた四ヶ月前まで。

「……瞬、これも少し、食べてみる?」

 伸幸は白米をほんの少し、小皿に盛ってきた。

「ええ? いいよー」

「いいから。イヤだったら出してもいいから。ちょっとだけ」

 瞬は鼻先に突きだされた小皿を、恐る恐る受けとった。

 注意深く、そのニオイをかいでみた。

 そんなにイヤな気はしない。

 瞬は箸の先で、白く光る米粒をほんの少しつまんで、口へ入れた。

 知っている、甘みだった。

 瞬がそれをこくりと飲みこむのを、伸幸はじっと見守っていた。

 伸幸が心配そうに見守ってくれてるのが何だか嬉しい。

 瞬はちょっと笑って、もうひと口、今度は普通のひと口分を食べてみた。

(大丈夫……大丈夫だ)

 もぐもぐと咀嚼して、瞬はそれを飲みこんだ。

「伸幸さん……」

 伸幸は箸を置き、大きな手で瞬の頭を撫でた。

「食べられたな。うまかったか?」

 瞬は何度もうなずいた。

「うん……うん。うまいよ。俺、食えたよ、米のメシ。四ヶ月ぶりにのどを通った」

 小さなテーブルをはさみ、ふたりの身体は抱きあいそうに近づいていた。

 瞬はまた少し照れくさくなって、身体を離した。

「伸幸さんの、おかげ、だな」

 向かいでは、伸幸がにこにこと笑って瞬を見ていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

処理中です...