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1、8月、駅で出会った子猫を救う――それと夏の記憶

羨ましかった、の、かな

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(そいつのことが、そんなに好きだった訳じゃないのに……)

 折に触れて思い出す「あいつ」。

 彼とは、高等部に上がって初めて同じクラスになった。

 誰かといるよりひとり本を読んでいることの多い貴広とは違って。

 いつも大勢の仲間に囲まれ、明るく笑っていた彼。

 貴広の苦手な数学がよくできて、かと言って文系科目も得意で、歴史なんて物語にしてよく教室の隅で語っていた。彼の講釈を聴けばそれだけで試験の点数が十点二十点上がるような気がしたものだ。

 部活でも活躍していた。確か、生物部だったか。放課後の廊下に、生徒たちと顧問の教師の笑い声が聞こえていた。

『夏休みの研究課題、一緒にやろう?』

 そんな彼が、いつも周りを囲んでいる友人たちではなく、貴広に手を差し伸べた。

 彼は研究パートナーとしても優秀だった。

(ただ、俺の持っていないもの、どれもこれもみんな持っているなあって)

 学校から近い彼の家に招待された。夏休みの彼の家には、研究職らしい優しげな父と、専業主婦のおっとりした母がいて、いつもしーんと静かなひとりきりの自分の家とはずいぶん違うとビックリした。

 貴広の両親はすでに離婚して、父はいつも海外、母も仕事で帰宅は遅い。

(……羨ましかった、の、かな)

「羨ましい」とひと言でくくってしまえない、いくつかの気持ち。

 そんな気持ちを抱えたまま、高等部の三年間を、彼と過ごした。彼の空き時間を分け与えてもらった。

 そして――――。


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