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3、彷徨

守りたい――この危うい子猫を

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「俺?」

 貴広は驚いた。

「ああ。あの日、あんた俺をここに連れてきたじゃん。撮られてたんだよ、あんたが俺をタクシーに放りこむところ」

「はあ」

 写真を撮られたからって、それが何か? 合意だったし、成人同士だし、そもそも何もしてないし。ただ泊めてやっただけで。

「分かんないなあんたも。脅されたんだよ。『純にバラされたくなきゃ』って」

「えぇ……」

 脅迫とは。ついに本物の犯罪が出てきた。

「俺も正直、海斗なんかに相談しちゃうって点で、純が相当ヤバイって気づいたし。そこへあんたとのそんな写真見せられたら、あいつどんなに狂っちゃうんだろうって怖くなって」

「『そんな写真』……。俺、何もしてないのに」

「はは。まあ、童貞の想像力ってことで」

 想像力というより嫉妬だろう。そのセリフを貴広は飲みこんだ。

「そんでさ。海斗に言われたんだ。『泊まるところを探してるんなら、俺の兄貴のところへ行けよ』って」

 バカな話だ。そんな誘い聞く必要はない。いくら脅されたからって。

 だが。貴広は考えた。海斗とかいうワルは、良平が言うことを聞かないと、幼なじみのそのコに喋るだろう。

 そんな写真を見せられて、そのコがどんな反応をするか。自身は、良平への恋慕に無自覚なのだから性質タチが悪い。

 さらに地元の友人たちに吹聴されるかもしれない。

 それだけは絶対に避けなければ。

 貴広は自分の志向をひとに知られたことはない。

 たまにマイノリティの集まる店へ行くことはあっても、職場で、近所で、学校関係の友人たちで、そんな話題が出たことはなかった。

 まだまだ偏見が残る。知られれば何かと面倒なので、そうならないよう常に注意を払ってきた。

 だが、その秘密を守り通せたのは、単純に運がよかっただけだとも知っている。

 良平は何も悪いことをしていない。未成年が酒を出す店に入っただけだ。常習ならともかく、普通は「ごめん」で済む話だろう。なのに。

 そこから家に居づらくなり、気になってたコと揉め、寝床を得るために自分を危険に晒し、そして。

 ついに脅迫までされて。

 貴広の脳裏に、かつて仕事で行った異国の裏路地が蘇る。現採組に慌てて引き戻された治安の悪い界隈に、びっしり貼りつくストリートチルドレン。彼らの一部はとろんとした目をして、昼でも街路に丸くなっていた。

 数は少なくても、ひとの目に触れなくても、日本にだってそういう危険はあるかもしれない。

 良平を、そんな世界に堕としたくない。

 守りたい。

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